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第七十三話 占術師の住処にて


 俺たちは、クレアのお婆さんが待つ家へと急いだ。

 別に急ぐ理由も無いのだが、妙にクレアが急かしてくる。


 クレアに手を引かれたまま、一軒のレンガ造りの家へ辿り着いた。

 極々普通の二階建て家屋だ。

 普通と言っても、こちらの世界基準でだが。


「ただいまー! お婆ちゃん、アキトさんたちを連れて来たよー!」


 クレアに案内され、二階の一室へ。

 黄昏の占術師こと、アレア婆さんは、籐で出来た椅子へゆったりと腰かけ、俺たちも孫であるかのように微笑みかけてくれた。

 白髪を後ろでひとつにまとめ、痩せた身体をゆったりとしたローブに包んでいる。

 老婆とは言うが、枯れた印象は無い。

 むしろ、上品なご婦人と言った風情だ。

 若かりし頃は、さぞや美人でモテたことだろう。


「アキトちゃんたち、良く来てくれましたね、ささ、私に良く顔を見せておくれ」

「「「「アキトちゃん」」」」


 ブフーと女性陣が一斉に吹き出した。

 俺が一番恥ずかしいわ!

 それにしても一度会っただけなのに、随分と親し気なお婆ちゃんだな。


 アレア婆ちゃんは俺の顔を両手で挟み、じぃっと目を見つめてくる。

 俺も負けじと見返す。

 クレアと同じ茶色の瞳が、俺の内面までを見透かそうとしている。

 あるいは、俺が孫娘に相応しいか見定めているのだろうか。

 婆ちゃんの顔に険しさは無い。

 ただただ、穏やかだ。

 口元には笑みさえ浮かんでいる。

 なんだか、俺も昔はお婆ちゃんっ子だったことを思い出してしまうな。


「クレア、紙とペンを取って頂戴な」

「はいはーい」


 受け取った紙に、サラサラと何事かを書き込む婆ちゃん。

 書き終えると筒状に丸め、蠟燭の蝋で封をして印を押した。


「ああ、別に特別なものではないの、ただ、何か困ったときにはこれの事を思い出して。普段は荷物の中にでもいれておきなさい」

「は、はぁ」


 俺は書簡を受け取ると、言われた通りに荷物の中に入れた。

 いったい何なんだろう。


 婆ちゃんは俺の疑問な顔も意に介さず、今度はフランたちの顔を一人一人じっと見ていた。

 もしやとは思うが、これが黄昏の占術師の占い方法なのだろうか。

 人相占いと思えば納得できる。


「お婆ちゃん、アキトさんたちを占わなくていいの?」

「これは占いと違ったんかーーーーい!」

「きゃっ」


 クレアの言葉に、思わず全力で突っ込んじまったじゃねぇか。

 じゃあ今までのは何だったの!?


「ああ、これはまぁ、お婆ちゃんの親愛の証って言うか……趣味って言うか……」

「……面白いお婆ちゃんだな」

「あはは……そうです、ね」


 でもまぁ、一時は戦闘不能になるほど精神力を使ってしまったらしいが、こうして元気なところを見るに、やはり只者ではないのだろう。

 シャニィのほっぺを、ムニムニして遊ぶお婆さんを見ながらそう思った。

 纏わせている空気が、一般人のそれとは違うのだ。

 二十歳の娘にも、数百歳を生きた魔女のようにも感じる。

 目には映らぬが、彼女が体験したこれまでの多岐に渡る戦いと、それによって積み重ねられた経験値に裏打ちされた自信のようなものが見えて、俺は何故か恐ろしくなった。

 その精神は、達人の域を越え、最早仙人レベルに達しているだろう。


「さてさて、じゃあ占ってみようかしらね」


 婆ちゃんはゴソゴソと水晶玉を取り出した。

 なんだかビチョビチョしている。

 形もおかしい。

 異様に歪だ。


「あぁ、これは氷だったね、今日は少し暑いからねぇ」


 俺たちは盛大にずっこけた。

 そのギャグ、何代にも渡ってやってるの!?

 初見でクレアもやってたよ!


「なんでクレアまでずっこけてんだよ」

「コケてあげないと、お婆ちゃんスネるんですよぅ……」


 うわ、お茶目だが、めんどくさい婆さんだな。

 アレア婆ちゃんは、今度こそ水晶玉を取り出すと両手で掲げ持った。

 そして、背骨をポキポキ鳴らしながら限界まで海老反りになると、えぇぇー!?


 パリーン!


 渾身の力で床に水晶玉を叩き付けたのだ。

 なにやってんのこの婆ちゃんは!


 パラパラと辺りに破片が飛び散る。


「これが私の占い方なのよ、割れた欠片で未来を見るの」

「はた迷惑!」


 駄目だ、突っ込まざるを得ない。


「毎度これなんで、すぐに水晶玉が無くなっちゃうんですよ……本当は普通に占える癖に……」


 クレアが深々と溜息をついた。

 これじゃ確かに、いくつあっても足りなくなるわな。


「これはこれは」


 婆ちゃんは破片を眺めながら何度も頷いていた。

 全てを見通すかのような目がキラリと光る。

 そして柔和だった婆ちゃんの顔が、キリリと引き締まった。


「アキトちゃん」

「はい」

「フランちゃんと共に、東へ向かいなさい。そこで、待っている御方がいますよ」

「はぁ、わかりました」


 微妙に抽象的だが、クレアの婆ちゃんが言うのならば間違いはあるまい。

 チャリチャリと、箒で水晶の欠片を掃除するクレアの横顔を見る。

 なんだかんだで、クレアの占いも当たっていたしな。


「そう言えば、お婆ちゃんが言ってた災厄の事に関して話があるって、結局何だったんですか?」


 おっ、フランにしては冴えた質問だ。

 そのことをすっかり忘れてたぞ。

 アレア婆さんは椅子に座り直し、シャニィに手招きをしてその膝に乗せた。


 解る。

 シャニィを膝に乗せる気持ち、すごく解る。

 幼女は抱っこしてナンボだよな。


「……え? そんな事言ったかしら?」


 ボケてんのか婆さん!!

 それとも、クレアが嘘を言ったのか?

 グリンと首を回し、クレアを睨む。


「ひっ! 野獣の目! きっと今夜、私はアキトさんにケダモノのように犯されるんだわ! 嫌がる私を何度も何度も……! でも、私は抗う事も出来ずに段々と快楽に堕ちて行って……! イヤン! アキトさんのエッチ! するならもっと甘々な感じでお願いしますぅ!」

「犯すかっ!!」


 なんなんだ、この一家は!

 振り回されっぱなしじゃないか。

 腰をくねらせながら、まだイヤンイヤンと妄想しているクレアが恨めしい。


 だが、一応の指針は頂いた。

 それに向かって邁進するのみだ。

 どうにかしてあのクソ災厄を倒さねぇとな。


「クレアや、嫁入り前の娘がはしたないですよ。そう言うのは結婚してからおやりなさい。それと、アキトちゃんや」

「はい?」

「くれぐれもクレアのことを頼みましたよ」

「はぁ……は? 何か誤解があるようですが、俺はクレアと結婚するなんて一言も……」

「ゲヘン! ゴッホン! ゲヘンゲヘン!!」


 物凄い音量の咳払いで、俺の言葉はかき消された。

 犯人は勿論、クレアである。


「そうだ! お婆ちゃん! アキトさんたちと一緒に夕食を食べようよ!」

「あら、それはとても良い考えね。じゃあ、準備をしなくちゃ。久しぶりに気合が入りそうね。若い子はたくさん食べるから」

「うんうん、私も手伝うからね! さ、行こう!」

「あ、良かったら私も手伝うっすよー」

「そう? なら、二人にお願いするわね」


 クレアがあまりにもわざとらしかったが、婆ちゃんとルカはノリノリで部屋を出て行ってしまった。

 飯に関してはルカが伴った以上、美味い事は保証されたが、クレアの奴はどうにも解せん。

 大方、俺と結婚することになったとか言う妄想をお婆ちゃんに話してしまい、普通に信じられちゃったってところだろう。

 アホな奴め。


「んー、こりゃ出発は明日、だな。フランたちも疲れただろ? 今日はゆっくりしようか」

「わーい! アキトも疲れたでしょ? 膝枕する?」


 パンパンスパーン!

 自分の膝を叩きまくって猛アピールするフラン。

 さっさと来いや、と言わんばかりだ。

 前回、馬車の中で膝枕したのが気に入ったらしい。


「アホかっ、さすがに人様の家でイチャイチャする度胸は無いぞ」

「えぇー! 別に気にしないのにー!」

「俺が気にするの!」

「変態の癖に、変なところだけ真面目なんだからー」

「うっさいわ」


「じゃあ、アキトさん、私が肩を揉んであげますよ。良かったら他にも色々揉みますよ」


 今度はヤヨイか。


「俺、鎧着てるけど……」

「……チッ、脱げよ……」

「チッ!?」


 なんだかヤヨイの暗黒面を見てしまった気分だ。

 逆らったら後が怖そうだし、俺は鎧を脱いで好きにさせる事にした。

 椅子に座る俺の身体中を、嬉々として揉みまくるヤヨイ。

 時々敏感な部分に触るのはやめてくれ。


 あー、ほら見ろ。

 女子全員の目の色が変わったじゃないか。

 よってたかって揉まれまくる。

 何のプレイなんだこれは。


「アキトさーん、みなさーん、夕飯の準備が出来まし……王様!?」


 俺たちを呼びに来た、クレアとルカの目が驚愕に見開かれる。

 二人の目には、侍女たちにかしずかれる王のように見えたらしい。

 解らんでもない。

 だが、そんな目で見ないでくれよ。

 俺はされるがままなんだ。



 その後、俺たちは夜遅くまで楽しく飲み食いし、アレア婆ちゃんの御厚意で一泊させてもらう事になったのであった。

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