第七十一話 葛藤、そして宣戦布告
シャトル発射の勢いは凄まじく、俺たちはGによってシートへ押さえつけられた。
窓の左側にはモニターがあり、今飛び立ったばかりの星が映し出されている。
どこから見ても、俺たちの知っている月と大差ない星が、みるみる小さくなっていく。
その代わりに窓から見える、かつて青かった惑星がどんどん近付いてくる。
施設の警報は、災厄の浸食が深刻化したと言っていたな。
いよいよ災厄が本気を出し始めたのか。
それとも、橘博士と聖騎士王レインが持ち去ったと思われる、何かのせいなのか。
いずれにせよ、世界の危機が目前に迫っていることに変わりはない。
惑星の半分以上を侵した黒い靄を睨みつける。
『大気圏突入準備。自動制御モードへ移行します。百八十度回頭』
機械音声と共に、シャトルは左へ回った。
窓から見えるものが、先程の月っぽい星になる。
「!?」
その月が、真っ黒になっていた。
完全に靄で覆われてしまったようだ。
こりゃ、ギリギリだったな。
ん? なんだあれ?
遠目だが、箱状の物体がいくつも飛んでいた。
どうやらシャトルのようだが、無人だったのに自動で発射でもされたのだろうか?
その無人のシャトル群も、俺たちと同じように回頭していた。
やはり自動で大気圏へ突入するのだろう。
『角度良好。速度良好。各部チェック完了。耐熱シールド展開。最終姿勢制御完了。大気圏突入中は一時的に通信が遮断されます。……突入開始』
振動が始まった。
窓の外が赤く染まっていく。
大気との摩擦だ。
くそ、無重量を体験する暇も無かったな。
念願の宇宙へ出たって言うのに、なんと実り無き短い滞在だったか。
振動が強まって行く。
船体はきっと高温の炎に包まれているはずだ。
隣のフランが、ギュッと俺の手を握ってくる。
怖いのだろう。
俺も握り返してやった。
恐怖の数十秒が過ぎ、唐突に振動が止む。
窓の外は青空。
そして暗黒の靄。
『大気圏突入完了。各部再チェック。完了。百八十度回頭。着陸準備。適正地形探索開始』
着陸……?
どこに!?
そもそも、これってどこに向かってんの!?
「アキト! あれ何!?」
今度はなんだ!
「な、なんだありゃ……!」
フランが指さす窓の外、地形が良く解らないが、どこかの大陸のど真ん中。
そこに、真っ黒な塊がある。
だめだ、大きさが想像つかない。
数十キロメートル???
百キロ???
落ち着け、いや、見るな。
見ているだけで、何故か気が狂いそうになる。
もう、直感で解る。
疑う余地などない。
あれが、あれこそが、『災厄』だ。
見ろ、あの闇の塊から放たれる靄が、暗雲のように空を覆っていく様を!
無理だ!
あんなもんに勝てるはずがねぇだろ!
逃げたい!
たとえ戦争中でも俺たちの世界の方がマシだ!
俺が頭を抱えて葛藤していると、皆が俺に抱き着いてきた。
全員、あまりの恐怖に震えている。
くそ、俺はこの子たちを守るんじゃなかったのか!
世界を救うと言われる、勇者じゃなかったのか!
どうすりゃいいんだ!
どうすりゃあれに勝てるんだ!?
『地形適合。着陸開始』
無機質な声が聞こえると同時に、落下速度が緩やかになるのを感じた。
『搭乗員は着陸の衝撃に備えてください。……着陸完了。大気成分チェック。完了。お疲れ様でした』
機械はいいよな。
こんな時でも落ち着いていられて。
着陸完了って言われても、降りる気にすらなれない。
お先真っ暗とは、こう言う事を言うのだろう。
俺は大きな溜息をついて、うなだれるしかなかった。
だが、神は俺が絶望する暇を与えてはくれなかったようだ。
「…あれ…? …あれって、第三の街…」
「そうですっ! 第三の街が燃えていますよっ!」
シャニィとミリアの声に、ふっと脳裏にエリィとクレアの笑顔が浮かんだ。
畜生、見捨てるわけにはいかねぇだろうが!
笑う膝に気合を入れて立ち上がる。
「行こう! 救えるだけでも救おう!」
俺の決意が伝わったのか、皆も呼応してくれた。
道が前にしか無いってんなら、突っ走ってやらぁ!
シャトルのハッチから躍り出て、一気に駆け出した。
確かに街が燃えている。
あれは、怪物たちなのだろうか?
全身が真っ黒な靄に包まれていて、人か怪物かも判別すらできない。
災厄の靄の影響で、狂暴化してしまっているそいつらが、街の壁を取り囲んで攻め立てていた。
一部は内部へも入り込んでいるようだ。
シャトルが降りたのは、街の西側の大平原らしい。
つまり見えているのは西門か。
その西門で、怪物を入れさせまいと奮闘している者たちが見え隠れしていた。
「フラン、雑魚どもを蹴散らしてくれ!」
「かしこまりぃ!」
走りながら詠唱を始めるフラン。
頼もしくなったもんだ。
すぐさま数発の火球が、壁に群がる群れを消し飛ばしていく。
よし、だいぶ減った。
行ける。
俺は黒剣を振るいながら、前への突進を止めない。
一振りで数体を両断しながら進む。
後ろでは、女性陣の奮闘。
シャニィとヤヨイの剛腕がうなる。
リッカの細剣が急所を貫く。
ミリアの結界が全員を守る。
ルカの矢が次々に屠って行く。
フランの術が辺りを焼き払う。
最早、門は目の前だ。
「アキトさん!? アキトさんじゃないですか!」
門から俺を呼ぶ男の声。
うわ、見たことある奴だ。
なんだっけ。
えーと、そうだ! チンピラ勇者のあいつだ!
「おお! タツミか!」
「タクミです!!」
タクミは前のめりにずっこけていた。
盗賊風の少女がタクミを助け起こしている。
「SRのカボスもいるじゃないか!」
「ライムですぅ!!」
ふたり揃ってずっこけている。
そうだった、ライムだったな。
柑橘系のイメージと、たわわなおっぱいしか記憶に残ってなかった。
「すまんすまん。加勢しに来てくれたのか?」
「そうです! 急に怪物たちが暴走を始めて、俺たちが住んでたところも壊滅しちまったんですよ! そんで、第三の街もやばいって聞いて」
「そうか、大変だったな。それで、ここの人たちはどうなったか解るか?」
俺は、尚も襲い掛かってくる怪物たちを斬り捨てながら聞く。
「うひゃ! 流石ですねアキトさん! 前よりメチャメチャ強くなってるじゃないですか! あ、街の人はそこそこ無事ですよ。領主親子も生きています。ただ、黄昏の占術師って婆さんが、精神力枯渇で戦闘不能になったらしいです」
む、クレアのお婆さんか。
そいつは、ちと心配だな。
「しっかし、こりゃいったいどう言う事なんですかねぇ。急に災厄が本気を出したみたいになって……この世の終わりがもう来たって感じですよっ、と」
寄って来た一匹に、とどめを刺しながらタクミは言う。
ほう、こいつはアホだけど、意外とバカじゃないな。
俺たちの世界から来た人間は、災厄に対して少し敏感になるのだろうか。
「俺もお前と同意見だ。災厄の野郎も、のっぴきならない状況になったんだろうな」
「なるほど、つまり、災厄も恐れる何かがあったってことなんですかね」
「かもしれんな。よし、西門はもう大丈夫だろう。他はどうなってる?」
「北は片付けてあります。東は俺たちが行きますんで、アキトさんは南をお願いします」
「オーケー、任せろ」
「さっすが!」
タクミたちは、俺たちに手を振りながら東門へ向かって行った。
多少不安は残るが、あいつだって腐ってもSRの当選者だ、きっと何とかするだろう。
こちらでの生活も長そうだしな。
俺たちも急ごう。
「みんな、外側から南門を解放するぞ。フラン、まだいけるか?」
「もっちろん!」
「お前が頼みの綱だ、頼んだぞ」
「エヘヘ、がんばる!」
前衛の俺たちが、後衛のフランたちをガードしつつ群れに突入する。
この先何があるか解らない。
フランの精神力は、今や俺たちの生命線だ。
俺は近付けさせじと、剣を大きく振り回す。
「どけ! 雑魚ども!!」
訳も解らず蹴散らされて行く怪物たち。
南門にだいぶ接近した。
そろそろ頃合いだろう。
「フラン!」
「行くよー!」
ドゴォォン
複数の火球が怪物たちを飛散させた。
街の内部から巻き起こる歓声の渦。
門を守る兵士や冒険者たちの勢いが増す。
群れを押し返し始めたのだ。
いいぞ。
残った奴らは任せろ!
そう、俺の頭上に「奥義使用可能」の文字が浮かんでいたのだ。
剣を腰溜めに構える。
紅きオーラが剣と俺とを包み込んだ。
「奥義! 紅晦日!!」
俺は、目にも止まらぬ速度で剣を横へ薙いだ。
剣閃が、紅い三日月状の衝撃波となって、大木をも両断しながら群れを一直線に貫いて行く。
地面に着弾した紅きオーラは、上空へ立ち昇り、拡散した。
それは紅い桜吹雪となって舞い踊り、残った怪物どもを穿ったのだ。
最早、立っている怪物は一匹も居ない。
ドオオオと、街から地面を揺るがせるほどの勝鬨が聞こえて来た。
なんかこんな事が前にもあったな。
俺たちは無事を確かめ合ってから、街へと歩き出す。
どうやら、タクミたちの向かった東門も片が付いたらしい。
まるで街自体が、歓喜の声をあげているようである。
だが、まだ何も終わっちゃいない。
むしろこれこそが、俺から災厄へ対する宣戦布告の狼煙となるのであった。




