第六十七話 耳長族と嘆きの門
俺たちの前に現れたのは、エルフっぽい種族の女性が四人。
いずれも小柄で、美人だ。
美人と言ったのは、正直なところ彼女たちの年齢が、見た目では推し量ることが出来なかったからである。
少女にも、大人にも見えるのだ。
全員貧乳なのが、余計に拍車をかけていた。
それ故、可愛いと言わずに美人と表現したのである。
どちらにせよ、美しい事に変わりはない。
「貴方がたはここで何をしているのですか?」
金髪のストーレトヘアに、花の髪飾りを付けた女性が話しかけてきた。
どうやら、リーダー格のようである。
ここは無難な返答をしておこう。
勘ぐられても面倒だしな。
「俺たちは、嘆きの門を目指す冒険者です。あまりにも森が深くて、ここで休憩していました」
「まぁ! 嘆きの門を! それは失礼をいたしました。私たちはこの森を守護する耳長族です。現在、この森には怪物避けに、迷宮化の術をかけておりました」
なるほど……道理でいくら歩いても進んだ気がしなかったわけだ……
「ところで、先程からとても良い香りがしていますけれど……我々は、思わず香りに誘われて来てしまったのです」
「あ、良かったら食べませんか? まだまだあるっすよ」
気を利かせたルカが、耳長族の女性たちに、うどんをよそってあげていた。
くんくんと香りを楽しんだあと、パクリと食べる女性たち。
突然、全員が後ろへ倒れた。
「だ、大丈夫っすか!?」
「大丈夫です、ただ、あまりにも美味しくて失神しかけただけです」
「ええっ!? そんなに!?」
この人たち、普段何食ってんだろ?
細身の身体からは考えられないほど食べまくった女性たちは、満足そうにお腹をさすっていた。
「ご馳走様でした。ルカさんと言ったかしら、貴女は素晴らしい腕をもっていらっしゃいますね。食べ物にそれほど執着のない、我々耳長族をここまで満足させるなんて……」
「い、いやー、そこまで褒められると照れるっすねー」
「貴女に最高の感謝を込めて、この弓を差し上げますわ。それと、すぐに迷宮化を解除いたします」
「あ、ありがとうございます……」
手渡された長弓を、まじまじと見つめるルカ。
青々とした光沢を放っている。
木製なのか、金属製なのかも解らない。
「その弓は、我々が育てた木で出来ております。弓へ加工する際に、耳長族にしか使えない術を施してあるのですよ」
ほぇー、と感嘆の声をあげたルカが、自分の矢筒から矢を取り出し、弓につがえようとした。
「いいえ、最早その弓を持つ者に、矢は必要ありません。射る構えを取れば、矢は生成されるのです」
なにそれすごい!!
ルカが構えを取ると、緑色に輝く矢が現れた。
ピッと手を離すと、とんでもない速度で空の彼方へ消えて行く。
「うわわわ! すごいっすねこれ!! ほんとに貰っちゃっていいんすか!?」
すごいなんてもんじゃないだろ。
そんなすげぇマジックアイテム、俺も欲しいわ!
「我々の親愛の証として、是非受け取ってください」
俺たちは、耳長族の女性たちに、何度も礼を言って森の奥へと歩き出した。
先程とは打って変わって、非常に歩きやすい。
まるで、森の草木が避けてくれているかのようであった。
二時間も坂道を登っただろうか、それらしき構造物を発見した。
とは言え、パッと見は石造りだが、地下鉄駅へ降りる階段みたいだ。
しまったな。
耳長族に嘆きの門の特徴を聞いておくんだった。
しかし、目ぼしい物がこれしか無い以上、降りてみるしかあるまい。
俺たちは、ダンジョン探索の準備をして降りて行く。
思った以上に、階段が続いていた。
こりゃ相当深いぞ。
そういや、闇の邪竜と戦闘になった場所は地下だったな。
何が出るかも解らない緊張感で、女性陣も無言である。
辛気臭いのは性に合わん。
俺はルカに軽く話しかけた。
「レナは置いてきちゃって良かったのか? 一人じゃ寂しいだろうに」
「そーっすねー。でも、大丈夫じゃないかな、アカデミーの人たちも優しかったですし」
「「「えぇーー!? あれが!?」」」
フラン、シャニィ、ミリアが揃って不満の声を上げる。
アカデミーとは、いったいどんな施設なんだ。
謎は深まるばかりである。
緊張感が完全に抜けた俺たちは、ペチャクチャしながら階段を降り切った。
既にピクニック気分である。
階段下は下りの通路になっており、暫く歩くとだだっ広い空間に出た。
太陽光も無いのに、割と明るい。
遠方に巨大な鉄扉。
巨大な生物が暴れ回った痕跡。
ここだ。
俺たちが、かつて邪竜と戦った場所。
こうして見ると、なんだか遠い昔の事に感じるなぁ。
だが、今回はその先へ進まねばならない。
巨大な鉄扉を目指して歩き出す。
目前まで来ると、扉の巨大さを嫌でも感じる。
十メートルはありそうだ。
人一人が、なんとか通れそうな程度に開いている。
きっと、橘博士と聖騎士王レインが入って行ったのだろう。
彼らはこの先で何を見たのか。
未だ戻らぬ訳とは、何なのだろうか。
俺は意を決して踏み出した。
内部も広い空間であった。
松明すら要らない程度に明るい。
「げ」
見たことあるよこれ……
円状に並べられた石。
中央に建つ石碑。
何度も何度も、これのせいで酷い目にあった。
そう、転移の門である。
「これって私の出番? 出番?」
フランが上目遣いで、俺の顔を見ている。
なんで嬉しそうなんだよ……
「認めたくはないが、そうなるな」
しかし、ここからはどこへ飛ばされるのだろうか。
まさかとは思うが、俺たちの世界へと繋がっているんじゃあるまいな。
今あちらに戻ったところで、俺たちに出来ることは無さそうだ。
国同士の戦争に、どう干渉しろと言うのか。
こちらの災厄を先に潰さない事には、あちらは救えないと言うのが俺たちの総意である。
出来るだけ、人間を死なせずに何とかしたい。
別に良い子ちゃんぶって言ってる訳じゃないぞ。
どうしようもないカスなら、死んで当然と思っている。
世の中には、生かしておいてはいけない存在と言うのが少なからず居るのだ。
「よし、フラン。頼んだぞ」
「かしこまりぃー」
ぴゅーんと中央の石柱に走って行くフラン。
ちょこまか走るその姿は、小動物を彷彿とさせる。
それを見つめるリッカの鼻の下が、数倍に伸びていた。
待つほども無く、門は起動を始めた。
円全体が輝き、中央上空に黒い球体が生成されていく。
いつも通りだ。
ふわりと俺たちの身体が浮かびあがる。
「なっ、なんすかこれーーー!?」
「あー、ルカは初めてか。これから俺たちは別の場所へ飛ばされるのさ、ハッハッハ」
「なんでそんなに落ち着いてんすかー! いやあぁー!」
クルクルと回転する身体を制御出来ず、パンツを見せまくるルカであった。
うむ、眼福。
他の連中は慣れたもんで、しっかりスカートを押さえてやがる。
チッ。
そんな中、シャニィだけがまるで俺に中身を見せつけるように、スカートをまくっていた。
痴女か!
いや、見たいけども!
間も無く、目の前が真っ暗になって、俺たちは球体へ吸い込まれた。
ポイ、と異空間から乱暴に地面へ放り出される。
俺の頭部にかかる、異様な圧力と体重。
顔と視界が柔らかなもので塞がれていた。
ぎゃー!
俺の顔面に騎乗位してるのは誰だ!
苦しい!
けど、なんか興奮する!!
「ちょ、ちょっとアキト! そんなに顔を動かされたら……あっ、あぁっ、んんっ!」
フランか! このアホっ子め!
面白ぇ、こうしてやるわ!
フランのすべすべもっちり太ももをがっしりとホールドして、顔を押し付けるように左右に振る。
「あっ、あっ、やっ、ダメッ、そこはっ、あああぁっ!」
「「「「やめんかー!!」」」」
女性陣に総出で突っ込まれた。
ヤヨイとシャニィの手によってグッタリとしたフランが、俺の顔から引きずり降ろされていった。
俺はむくりと起き、辺りを見回す。
なんだここは……
荒涼とした風景が広がっている。
起伏はあるものの、見渡す限り灰色の荒れ地だけしかない。
草木の一本も見えないのは何故だろうか。
空は真っ暗なのに、太陽は大地を照らしている。
雲の姿は無い。
辺りを確認していたリッカが、信じられないような事を言い出す。
「……これは……まるで月面にいるみたいね……」
月ぃ!!??




