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第六十六話 っす少女の絶品料理


 港町へ到着すると、エリィ号は出航準備で大わらわだった。

 一足先にアンジェラ船長がこちらへ到着して指揮を執っていたからか、すぐにでも出航出来そうである。


 前回と同じく、俺たちは馬車ごと乗船した。

 甲板には、物資であろう、樽が満載されていた。

 俺の姿を確認したアンジェラ船長が、すかさず声をかけてくる。


「我が勇者様。もう少々で出発出来ます」

「そうですか、流石アンジェラ船長ですね。実に手際が良い。素敵です」


 俺の誉め言葉に、船長は雄大な胸を揺らしながら狼狽していた。

 火が出そうなほど真っ赤な顔で、目を白黒させている。

 何だか意外な一面を見たようで、とても可愛らしく感じた。

 もしかしたら、こう見えて純情なのかもしれない。


「お、お褒めいちゃだき、光栄でしゅ!」


 盛大に噛んだ。


「我が勇者様のお役に立てるのならば、私は何でもいたします」


 唇の端から血が垂れているけど、痛くないのだろうか。

 あちこちにいた船員から、出航準備完了の声が上がると、急に顔つきがキリッとする船長であった。


「ハードボード! 出航だ!」


 こうして俺たちは、また再び海の人となったわけだ。


 うーん、海風が気持ちいい。

 天気も上々、順風満帆。

 俺たちは暫くの間、流れて行く大海原の景色を楽しんだあと船室に戻ろうとした。


 ちょっとした事件は、そこで起こった。


 甲板に並べてある樽のひとつが、触れてもいないのにゴトリと動いたのだ。


「ひぃ!?」


 気付いたフランが、小さく悲鳴をあげて俺にしがみつく。


「な、なにあれ? ……お化け?」

「この世界のお化けは随分活発なんだな」


 アンデッドもお化けに入るのだろうかと、俺は全然関係ない事が気になってしまった。

 どうせ小型の怪物でも紛れ込んだのだろうと思っていたのだが……


 ゴトゴトゴトッ


 活発ってレベルじゃねーぞ!


 ゴドンッ……ゴロゴロ……


 勢いよく倒れた樽から、人間が転がり出てきた!


「ぷはー! やっと出られたっすー!」


 黒髪の三つ編み。

 鳶色のくりくりとした瞳。

 控えめな胸。

 可愛らしい、街娘の服。

 そして快活さを絵に描いたような笑顔。


「えぇー!? ルカ!?」

「はいっす! へへー、密航しちゃいましたー」


 キュートに笑う女の子は、元奴隷少女のルカであった。


「どうしてここにいるんだ?」


 俺の当然な質問に、何故か頬を染めてモジモジするルカ。

 ちらちらと俺の顔を見上げている。

 何かを察知した女性陣の眉が、急激に上がって行った。

 俺も嫌な予感しかしない。


「それはですねー……はっきり言っちゃうっす! アキトさんに一目惚れしました!! 愛してます!! 助けてくれた時のアキトさんの姿……格好良すぎっすよー……あぁ、私の運命の人……」


 ホワンとハートマークを目に浮かべながら俺を見つめる。

 いや、そんなに見つめられても。


「アーキートー!」

「どんだけ浮気するんですか! アキトさんは今日からホモです!」

「…がーん、また恋敵が増えた…」

「どこへ行っても、アキトはアキトねぇ」

「そこがアキトさんのすごいところなんですよっ」

「我が勇者様は、私の忠告を聞いて頂けぬと申されますか……」


「待て待て! 不可抗力だろ! 俺は何もしてねぇー!!」


 やっぱ、こっちへきてから色々おかしい。

 急にモテ始めるの逆に怖い!


-------------------------------------------------------------------------------


 ひょんなことから旅の道連れが増えてしまったものの、風は俺たちを誘うように吹いていた。


 途中、何度か海に生息する怪物に襲われたが、小競り合い程度で済んだ。

 被害と言えば、俺を庇ったアンジェラ船長の服が齧られ、その凶悪とも言える胸が露出してしまったことである。

 俺を含む男性乗組員全員が、股間を押さえて戦闘不能になるほどの衝撃的な事件だった。

 船自体が、一時操舵不能に陥る事態にまで発展した。

 散々俺たちを罵った女性陣が、怪物を片付けてくれなければ今頃どうなっていたことか。


 意外だったのはルカである。

 弓の腕前が半端ではないのだ。

 次々と船をよじ登ってくるマーマンみたいな魚人を、片っ端から射貫いていた。

 全て額に命中させてしまう、その精度たるや。

 海千山千の船員たちも、目を丸くするほどだった。


「元々は猟師でしたからね! ずっと山で暮らすうちにこうなってたっす!」


 と言うのが、ルカの談である。

 猟師の家系だったが、幼いころに急病で両親を亡くし、そのまま妹のレナと山で猟師をしていたそうだ。

 捕らえた獲物の皮や肉を売りに、王都へ赴いたところを奴隷商人に攫われたと言う。

 攫われてから、日は浅かったために、レナ共々死ぬほどの拷問をされなかったのは幸いだろう。

 ガレスの趣味は、只々少女を切り裂く事だったらしく、性的な拷問は無かったようだ。


「なので、私は処女っすよ! 安心してくださいね!」


 謎の主張をされてもなぁ、何に安心すれば良いのやら。


「それに、私が得意なのは、弓よりも料理っす!」


 豪語するルカであったが、これがまた口だけでは無かった。

 この船の料理人は、はっきり言って一流だ。

 だが、ルカの料理は見た目の派手さこそないものの、味がとにかく良いのだ。

 とんでもなく俺好みなのは、まるで和食のような味わいだからだろうか。

 ヤヨイとリッカもそう感じたのだろう、懐かしさすら感じるその味に、無言でガッついていた。

 和の国バンザイ。


 それにしても、ルカすげぇよ……嫁にしてぇ……


 そんな賑やかな旅路も、数日で終わりを告げた。

 俺たちは現在、嘆きの門があると言う島の沖合に停泊していた。


 港などないこの島へは、ここからボートで上陸するしかないのだ。

 最低限の荷物だけを持ち、武具に身を固める。


 アンジェラ船長には、船に残ってもらう事にした。

 数日程ここで停泊するには、やはり指揮官が船にいなければなるまい。


「残念です……どこまでもお供をしたかったのですが……」


 ぶるんと、胸を震わせて頭をさげる船長。

 正直連れて行きたいが、俺たちの帰る場所を守ってもらわないとな。


 ボートに乗り込み、いざ出発と言う時、


「待ってー! 待ってくださいー!」


 背中に大荷物を担いだルカが、全速力でボートへ飛び込んで来た。


「なっ、お前、危険だから船で待ってろって言っただろ!」

「何言ってんすか! 私は勇者様の専属料理番っすよ! 私が居なくて誰が料理をするっすか! アキトさんも、私と、料理を愛してるって言ってくれたじゃないっすか!」


 何か変な発言も聞こえたような気もするが、俺たちは、ぐうの音も出なかった。

 皆、ルカの料理にやられていたのである。

 よく見れば、ルカの背中には弓と矢筒、中華鍋のようなデカい金属鍋、そして食材が満載されていると思われるリュックを背負っていた。

 更に、どこから引っ張り出してきたのか、軽そうな革鎧を身に着けている。


 やばい、ルカの料理を思い出すだけで腹が減る。


「ええい! わかったわかった! 今度こそ出発!」



 去って行くボートと、送ってくれた船員に手を振る。

 俺たちは、島へと上陸したのだ。


 遠景ではわからなかったが、近くで見ると鬱蒼とした森の広がる島であった。

 シャルロット姫の話では、この島の中心部に嘆きの門があると言う。


 俺は気合を入れて歩き出した。


 暫く歩いただけで、ヘトヘトになってしまう。

 密林とも言えるこの森は、樹木が密集しすぎていて、非常に歩きにくいのだ。

 

 それほど大きくない島のはずなのに、ちっとも進んだ気がしない。

 それでも、黒剣で草木を薙ぎ払いながら歩く。

 剣も不本意な使われ方に、不平を漏らしているように感じた。

 鉈くらい持って来れば良かったな。


 太陽が中天に差し掛かる頃、下草の生えた少し広い空間を見つけた。

 バテた俺たちは、そこで休憩することにする。


「時間も丁度いいので、お昼にしないっすか?」


 疲労と空腹の俺たちは、ルカの提案に一も二もなく賛同した。

 早速、ルカが準備を始める。

 リュックから、金属の板を引っ張り出し、広げた。

 それは、コの字型になり、その上に鍋を乗せる。

 携帯出来る、かまどであった。

 マジかよ便利!

 俺が伐採してきた枯れ木を薪にして、湯を沸かす。


 続いて、平たい大きな石を土台にし、その上に薄い板を乗せ、根菜類をナイフで刻み始めた。

 まな板なのそれ!?


 ルカは楽し気に鼻歌を口ずさみながら、鍋に野菜と、何かの茸を鍋に入れる。

 俺たちは最早、固唾を飲んで、ルカの挙動を見守ることしか出来なかった。

 いったい、何が作り上げられるのだろうか。


「今朝仕込んでおいたんですよー」


 と、パン生地を取り出し、まな板の上で、器用に薄く伸ばしていく。

 更に何度か畳んで、それを細切りにしていった。


 あれ? これって……


 薄く切った干し肉も鍋に投入。

 浮いてくる灰汁を丁寧に取り除く。


 実に楽しそうに、調理をするルカ。

 料理人にでもなるべきなのではないだろうか。


 ペースト状の調味料を入れて、煮立たせないように火を調整する。


「これはですねー、お豆さんを発酵させた調味料なんすよー」


 言いながら味見をするルカ。

 俺たちの喉までゴクリと鳴ってしまう。


 細切りにされたパン生地を、ほぐしながら鍋に投入。

 鍋に蓋をして、数分待つ。


 まじかよ……これってアレだろ?

 俺は、ヤヨイとリッカに目配せすると、うんうんとふたりは頷いた。


 辺り一面に、良い香りが漂う。

 やばい、匂いまでアレだ!


「これで完成っす! さぁ、よそいますよー!」


 美味しそうな湯気を纏った料理が、器に盛られる。


 これはいかん! 

 思い立った俺はナイフを借りて、木の枝を全力で削り始める。

 こんなに素晴らしい料理は、フォークでなんか食えるか!


 俺は即席の箸を人数分作り上げた。

 フランたちは俺たちと暮らしていたこともあるし、普通に使えるはずだ。


 ホカホカの器を受け取った俺は、そっと一口すすってみた。

 全身に衝撃が走る。


「うあぁあああ! 美味い!!」


 驚いたことに、何と、味噌の味っぽい!

 麺ももっちりしていて、のどごしも滑らか!


 そう、これは、まごう事無き……けんちんうどんだ!!


 マジかよ……なんだこの再現率……嗚呼、幸せだ……


 俺、ヤヨイ、リッカは感動のあまり涙を流してしまう。

 和食の国の人だもんな。


「美味いー、美味いよー」

「そ、そんなにっすか……? パンに飽きたレナに、よく作ってあげてた料理なんですけど……」


 泣きながら食べてる俺たちに、若干引いてるルカだった。


「でも、喜んでもらえて、すっごく嬉しいっす! やっぱり愛する人に作るとなると、気合入るっすねー!」


 夢中で食べてる俺を見て、幸せそうに笑うルカに、何だか俺まで嬉しくなってくる。



 ガサリ


 森から茂みの動く音がした。


 しまった! 油断してた!


 うどんに夢中で、周囲の警戒を怠っていた。

 気配は複数。

 ん? こりゃ、怪物の気配ではないぞ。


 茂みから現れたのは、小柄な人影。

 ピンと尖った耳。



 そう、それはたぶん、エルフであった。


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