第六十五話 王女と交わした約束
あれから、飛ぶように時間が過ぎた。
聖騎士団の調査によって、大臣の屋敷の庭から相当数の人骨が発見されるに至り、もはや大臣親子の処刑は免れぬだろうと専らの噂だった。
その他にも、数々の不正や奴隷商人との繋がりなど、全てが暴かれた。
これにより捕縛された人数は、四百を優に超えると言う。
多くの要人も投獄されたことにより、王宮内では一時混乱も生じたが、シャルロット姫やアラン団長の尽力もあって、崩壊までには至らなかった。
シャルロット姫は、自らがまだ幼い為に高官たちが慢心したのだと考え、宰相を置くことを決裁した。
その宰相に就任したのが、何と、ラスターである。
聞けば、彼は王族の一人だと言うのだ。
道理で、立ち居振る舞いが洗練されているとは思っていた。
当然、彼は俺たちとの旅を強く望んでいた。
しかし、シャルロット姫たっての希望でもあり、聖騎士王レインが戻るまでと言う条件付きで、渋々引き受けたようだ。
優しく、強いラスターならば、きっとこの国も良い方向へ導かれるだろう。
方向音痴だから、迷走しないといいけどな。
そして、俺たちだが、シャルの意向で、大々的に勇者であると公表すると同時に、莫大な褒賞と最高峰の叙勲を受けた。
それが、恒久名誉大聖騎士である。
これを受けた者は、王に次ぐ権限、つまりこの国ですらも動かせる立場になると言うのだ。
俺は、そんなものは要らないと断ったのだが、シャルが泣いて駄々をこねるので仕方なく受けることにした。
お陰で、今や国中がお祭り騒ぎである。
レナとルカの姉妹は、再会を喜び合い、お互いの無事を確認すると大泣きしていた。
俺たちも思わず貰い泣きしてしまうほどだ。
ルカと共に助け出された奴隷少女たちは、流石に城で保護できる人数では無かった。
ところが、アカデミーの方で、全て引き取ると言う話が飛び出してきたのだ。
聞けばアカデミーは、孤児院のような施設でもあると言う。
本気で謎な施設だな!
「そういやお前、アカデミーにいたって言ってたけど、実家とかに顔を出さなくていいのか?」
何やら、もっちゃもっちゃと食べているフランに聞いてみた。
「……へ? ……もぐもぐ……ごくん。あー、アハハ。私、実家とかないんだー」
「ん? そうか、悪い。嫌な事を思い出させちまったな」
「あ、違う違う、孤児とかじゃなくてね。何て言えばいいんだろ、気付いたら王都にいたの」
「は?」
「うーん、それより前の事が思い出せないって言うか」
「記憶喪失か?」
「うんうん、それそれ」
自分の事なのに随分と雑だな!
なんてこった。
そんな事実が今更露見するとは……
でも事実を知ったからって、フランが急に何か変わるわけでもないしな。
フランはフランのままでいい。
そうかー、きっと過去に辛い事があって記憶を無くしたとかなんだろうなぁ。
もしくは、強く頭を打って、アホの子になっちゃったとかな。
よーし、いつもより優しくしてあげよう。
俺はそっとフランを抱き寄せて、背中を軽くポンポンしてやった。
「な、なに? どうしたのアキト。普通に嬉しいんですけど……」
「いいんだ。俺がこうしてやりたいだけだ、お前には俺がいるからな」
「うん? よくわかんないけどありがとう、大好き! エヘヘ」
そうだ、シャニィとミリアはどうだろう。
親兄弟がいるなら、会いに行ったほうがいいんじゃないだろうか。
そう思い立った俺は、それとなく二人に聞いてみた。
しかし、やんわりと話を逸らされてしまう。
なんだろう。
何か違和感があるけど、立ち入った話でもあるしな。
言い難い事もそりゃあるか。
さて、国周りの事は大体何とかなった。
ここからは、先を考えねば。
色々あって、聞きそびれていたが、シャルから父である聖騎士王レインの行方を確かめよう。
恒久名誉大聖騎士の威光は絶大だった。
有力者と謁見中のシャルであったが、俺の来訪と知るや、全ての謁見を取り止めにしてしまったのだ。
シャルが何かしたわけではない。
謁見希望の者たちが率先して帰って行ったのだ。
ついでに大事な要件でもあるし、シャルと二人きりにしてもらった。
「アキトー! 助かったのじゃー! わたくしはもう疲れて疲れて……」
俺の首筋に、ピョンとしがみついてくるシャル姫。
そう、俺はすっかり、姫に懐かれていた。
「そうか、謁見希望者も以前より増えたもんなぁ」
「増えたなんてものじゃないのじゃ! わたくしの一日が、謁見だけで終わってしまうのじゃぞ! 政務はもうラスター宰相に任せておるからまだマシじゃがの」
「お、ラスターも頑張ってるな」
「のう、アキトー」
「どうした、そんな甘えん坊な声出して」
「頑張っているわたくしに、ご褒美が欲しいのじゃ」
「わかったよ、どうすればいい?」
「まずは頭を撫でるのじゃー」
「よしよし、シャルは良い子だな」
「くふふ、じゃあ次は、キスをするのじゃ!」
「おいおい、いくらなんでもそりゃまずいだろ。ほっぺでいいか?」
「だーめっ! なのじゃっ!」
「しょうがないわがままお姫さまだなぁ」
「ん……んっ……ンフフー、いけない事をしている気分なのじゃ」
実際いけない事なんだが、と思ったものの、可愛いシャルのために黙っておく。
いかん、その可愛いシャル姫に気を取られて、完全に本題を忘れていた。
俺はシャルを抱きかかえたまま椅子に座り、小さな身体を膝に乗せた。
「なぁ、シャル。お父上はどこへ行ったのか、聞いてないか?」
「ううーん、闇の邪竜を倒して一度帰国した後、再び嘆きの門へと旅立ったのじゃが、蒼の騎士タチバナ殿共々、未だ連絡はないのじゃ……門の中へ入るとは言っていたがの」
「うーむ、いきなり情報収集が頓挫したな……いっそ俺たちも嘆きの門へもう一度行ってみるか」
「!? アキトは嘆きの門へ行ったことがあると言うのか!?」
そうか、シャルは詳細を聞かされてはいなかったのか。
俺は、強制転移で嘆きの門へ放り出された事、そこで出会った橘博士と聖騎士王レインの事、彼らと共に闇のドラゴンを倒した事などを語って聞かせた。
キラキラした目で聞き入るシャル。
そういや、冒険譚好きだったな。
「流石アキトなのじゃ! お父様を差し置いて、邪竜を倒してしまうとはの! 格好良いのー!」
別に差し置いたわけではないのだが、シャルが楽しそうだからそれでいいか。
「嘆きの門ってどこにあるんだ?」
「船でいくしかないのじゃ。数日あれば、門の有る島へ行けると聞いたがの」
「ふむふむ」
こりゃあ、アンジェラ船長にもう一肌脱いでもらうしかないな。
いや、エロい意味で無く。
いやいや、エロくても一向に構わんが。
思わず、たわわなお乳が脳裏に浮かぶ。
「アキト……」
「ん?」
エロい妄想がバレたかな?
「やっぱり、わたくしを伴侶にして欲しいのじゃ……アキト以上に好きになれる男なんて、この世にいないのじゃ……アキトがいなくなったら、わたくしは……ぐすっ」
「こらこら、泣くなよ」
「……だってぇ……」
「わかった、災厄を滅して帰って来られたら、な」
「本当か……? 約束じゃぞ?」
「おう、約束だ」
「ならば、その時を楽しみに待ってるのじゃ……」
泣く子にゃ勝てぬわな。
俺はシャルと別れた後、アンジェラ船長に件の話をした。
そして彼女は、快く引き受けてくれたのだ。
「我が勇者様がお望みとあらば、どこへなりと参る所存です。ただ、女遊びはほどほどにしてくださると嬉しいのですが」
「!!?? な、なんのことですかねぇ!」
クク、と微かに笑う船長。
こりゃ俺の動揺も完全に読まれているな。
シャルとの一件ですら筒抜けと見るべきだろう。
これだから女は恐ろしい。
更に時は経ち、エリィ号の準備も整い、出立の朝が来た。
大騒ぎになると困るので、勇者らしからぬ静かな旅立ちとなった。
昨晩のうちに、シャルロット姫、アラン団長、ラスター宰相とは別れを済ませておいた。
ボロボロ泣くシャルに、俺だけでなく、フランたちも大いに後ろ髪を引かれる思いだった。
そして今、レナが見送りに来てくれた。
だが、ルカの姿は無い。
「アキトお兄ちゃん。気を付けて行って来てね。ずっと待ってるから!」
「ああ、任せとけ。来てないみたいだけど、ルカにもよろしくな!」
「う、うん、伝えておくね」
俺はレナに手を振って、馬車を出発させた。
レナも大きく手を振っている。
徐々に小さくなっていく城のテラスに、シャルの姿が見えた。
泣きながらこちらを見ているようだ。
俺はシャルにも見えるように、片腕を空高く突き上げるのだった。




