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第六十四話 我の怒りを受けてみよ!


 最早、正体を隠す必要もなくなった。

 俺は黒い武具に身を固め、パーティー全員で大臣の邸宅へと向かった。


 後事はアラン団長と、二日酔いから復帰したラスターに任せてある。

 もし俺たちに何かあった場合は、聖騎士団が動いてくれるそうだ。


 出がけに、アンジェラ船長の部下から貰った情報通り、ダレス邸の前には見張りがいた。

 レナが逃げ出し、死体も見つからないことで、ダレス大臣か息子のガレスが警戒していると見て良いだろう。


 強引に正面突破してもいいのだが、大臣親子に逃げられると困るな。


 俺たちは一度足を止め、作戦の確認を行う。


「まず、見張りはなるべく静かに倒す。そして、屋敷の内部へ入った後は、上の大臣を捕獲する隊と、地下のガレスを捕獲する隊に別れる。ここまではいいな? 上階は広いと聞いたから、身軽な者のほうが良いだろう。ヤヨイ、シャニィ、アンジェラ船長、頼んだぞ。地下は怪我人が多そうだし、奴隷たちの癒しはフラン、ミリア、そしてガレス討伐はリッカと俺で行く」


 全員が確認し、頷いた。


「みんな、くれぐれも無茶はしないでくれよ。じゃ、作戦開始だ」


 増速支援をかけたシャニィが、先陣を切って動きだす。

 見張りの横を、黒い塊となってすり抜けた。

 何事かと振り返った見張りの首筋を、すかさず打つヤヨイ。

 くたりと気絶した見張りが座り込む。


 阿吽の呼吸だ。

 見ている俺の方が気持ちいい。


 シャニィが屋敷の扉を開け、こちらに合図をよこした。


「俺たちもいくぞ」


 屋敷へ駆け込む。

 ここからはスピードがものを言う。


 屋敷の内部は、以前訪れたことがあると言う、アラン団長から聞き出しておいた。

 地下への階段も把握済みだ。


 二階の階段へ向かうヤヨイたちに、頑張れよと、親指を立てる。

 ニコッと笑って返す、三人の頼もしいこと、可愛いこと。


 地下階段付近にいた数人の見張りを、素早く張り倒し、一気に階段を駆け下りる。

 石造りの通路のあちこちに、鉄格子入りの扉が付いていた。

 レナが言っていた牢屋とはこれだろう。

 中を覗くと、年端も行かぬ少女たちが怯えたように、隅で固まっていた。


 どの子も傷だらけである。

 沸々と湧いてくる怒りを堪えながら、俺は先を急ぐ。

 

 それにしても、この牢屋の数。

 クソ息子はいったいどれだけの少女を────

 

 通路の床も、乾いた血液で黒く染まっていた。

 よく見れば、真新しい血痕も大量に付着している。


 俺は怒りで暴走寸前だった。

 無意識に剣を抜いていたのが証拠だ。


 そんな俺のマントを、そっとつまむフラン。


「アキト、落ち着いて。怒りに身を任せちゃだめ」


 そうだったな。

 俺が落ち着かないでどうする。


「ありがとな、フラン」

「うん」


 フランの顔を見ていると、昂った怒りが小さくなっていった。


「ここね」


 リッカが行き止まりの頑丈そうな扉を調べる。

 どうやら鍵がかかっているようだ。

 しかし、隙間から灯りが漏れている。

 内部からは、複数の気配も感じた。


 男どもの下卑た笑い声と、少女たちの苦悶の呻き。

 連続する金属音。


 そして絶叫。


 ガキッ


 俺は無言で、剣を扉の鍵穴へ突き立てていた。

 鎮まったはずの怒りが、全身をうねるように蠢く。


 一撃で鍵の壊れた扉を、脚で蹴り飛ばす。

 扉は蝶番ごと千切れ、内部にいた男を巻き込んで吹っ飛んでいった。


 俺は、中の光景を見た途端、目の前が真っ赤になるのを感じた。


 様々な拷問器具に乗せられた少女たち。

 嬉々として柔肌に剣を突き刺す男。


 血まみれの床。

 

 今まさに、黒髪の少女へ剣を刺そうとしていたガレス。

 その顔は恍惚に歪み、返り血で染まっていたが、俺たちの姿を見るや、醜悪な形相へと変貌した。

 お楽しみを邪魔するなと言わんばかりだ。


「なんだ貴様らは!? 見張りはどうしたんだ!!」

「……テメェ……やりすぎだろ……」

「うるさいぞ! 俺が大臣ダレスの息子である、ガレスと知っての事か!? ……ん? 貴様はシャルロットの傍にいた……何者だ!?」


「我が名はアキト……勇者アキトである! その身を以って、我が名を刻むが良い!」


 俺は怒りで魔王モードへと切り替わっていた。

 瞬時にガレスとの距離を詰める。


「ゆ、勇者ぁ……!? うわぁ! 来るなぁ!」


 だらしなく叫んだガレスが、細剣を振り回す。

 俺はその全てを搔い潜り、ガレスの顔面へ剣の柄を叩き込んだ。

 鼻の骨が砕ける手応え。

 二撃目のストレートは、ガレスの口元に当たった。

 全て砕かれた歯の破片を撒き散らしながら、吹っ飛んで壁に激突した。


「ヒイイイィィ!!」


 他の男どもから湧き上がる悲鳴。

 こいつら、大臣側に付いていた要人たちじゃねぇか。

 どこまで腐ってやがるんだ。


 リッカが要人たちを、容赦なくボコボコにしていく。


 俺は吹っ飛んだガレスの頭を掴み、力任せに引き上げて強引に立たせる。

 鼻と口から溢れる血を、泣きながら押さえていた。


「私にこんなことをして……ただで済むと……」

「汝は屑であるな。少女を愛でることも出来ぬ者に、微塵の価値も無い。死して少女たちに詫びよ。これは我の、いや、勇者の憤怒である!」


 掴んでいたガレスの頭が、バキリと音を立てた。


「あ、が、がぁぁ……」


 メキメキと俺の指がめり込んでいく。

 目と耳からも大量に出血していた。

 手足は力無く、だらりと垂れ下がっている。


 俺の頭上に、「奥義使用可能」の文字が浮かぶ。

 俺は、ガレスの頭から手を離し、黒き剣を下段に構えた。

 ガレスの全身は、痙攣を繰り返している。


「はぁぁぁぁ……!」


 黒剣に、紅きオーラが纏い立つ。


 これで汝の下らぬ生は終わるのだ。

 逝けぃ!


「だめえええええぇぇぇ!!!」


 俺の背中に、泣きながらフランがしがみついた。

 一瞬で我に返る。


「アキト! だめ! アキトがそんなことしちゃダメ!」

「……フラン、すまない。止めてくれてありがとうな。危うく殺しちまうところだった」

「アキト! 戻ったの!? うわーーん! 良かったーー!」


 俺は力一杯フランを抱きしめた。

 感謝と、心からの愛情を込めて。


-------------------------------------------------------------------------------


 ミリアの強力な癒しで、ガレスは一命を取りとめた。

 他の要人たちも、ボッコボコではあるが、命に別状はない。


 拷問されていた少女たちも、ミリアとフランの迅速な癒しによって、なんとか助かったようだ。

 牢屋から解放された少女たちにも、甲斐甲斐しく癒しをかけていく二人が、まるで聖女に見える。


 そして、ガレスが刺そうとしていた黒髪の少女こそ、レナの姉、ルカであった。

 癒しによって、すっかり元気になったルカ。


「いやー、助かったっすよ!」


 三つ編みに編んだ髪を、ポリポリとかきながら笑う。

 くりくりと動く鳶色の瞳が、何とも愛らしい。


「ホントに危ないところだったっす。レナを逃がしたはいいけど、バレちゃって大変だったっすよ」


 やけに快活な子だった。

 場に不釣り合いなほど明るいが、俺は逆に好感を持った。

 可愛いは、いついかなる時も正義なのだ。


「あ、レナはどうなったか知らないっすか?」

「レナちゃんなら無事だよ。城で保護してもらってる」

「ホントっすか!? さすが勇者様! 感謝感激っすー!」


 そう言って、俺に抱き着いてくるルカ。


「あ、私、汚いし、勇者様に迷惑っすね。ごめんなさい」

「そんな事無いぞ」


 俺はギュッとルカを抱きしめてやった。

 しばらく抱いていると、ルカの身体から力が抜け、俺の胸で嗚咽を漏らし始めた。

 助かったと言う実感が湧いてきたのだろう。


「うっうっ……うぇーん……怖かったよぉ……勇者様ぁ……」

「よしよし、よく頑張ったなぁ。偉いぞ」


 

「アキトさーん! こっちも片付きましたよー! ……って、また浮気ですか!! 私へのエッチなご褒美は!?」

「…アキトひどい…わたしというものがありながら…あの日の朝、二人で永遠を誓ったのに…」

「流石は我が勇者様です……どんな時でも女性をものにする事を忘れないとは……」


「浮気でも、誓っても、ものにしたわけでもねーよ!!」


 ヤヨイたちが、簀巻きにされたダレス大臣を引きずりながら戻って来たのだ。

 原型を留めていないほど、大臣の顔が腫れあがっている。

 この物体は、本当に大臣なのだろうか。

 人の事は言えたもんじゃないが、殴りすぎじゃね?


 その後、連絡を受けた聖騎士団の大隊が、屋敷をくまなく取り囲んだ。

 すぐさま調査が開始される。

 アラン団長と、ラスターも駆けつけて来てくれた。

 大まかに状況を説明した後、大臣親子と要人たちを彼らに引き渡した。

 こいつらは確実に断罪されることになる。


 後は聖騎士団に任せよう。


 これからはこの国にも、少しは安寧がもたらされるはずだ。

 そうでなければ、奴隷となった少女たちに申し訳が立たない。



 俺たちはルカも連れて、シャルロット姫とレナが首を長くして待つ城へと、凱旋するのであった。


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