第六十三話 奴隷少女を救うのだ!
夕闇が迫る頃、俺たちはアンジェラ船長の部下の案内で、大臣の邸宅近くに潜んでいた。
大人数で動くと目立つ。
俺たちが王宮を留守にしている間、姫の身辺警護を任せるためアンジェラ、リッカ、ミリアの三名には城に詰めてもらう事にした。
いきなり大臣が姫を攫ったりはしないだろうが、念のためだ。
大臣はともかく、あのドラ息子ガレスの方が気になる。
あいつの目は、狂人の眼だ。
俺は、大臣の屋敷を見上げた。
やはり私腹を肥やしているのだろう、やたらと金のかかっていそうな装飾の数々が目に入る。
キンキラキンすぎて気分が悪くなるほどだ。
成金趣味が丸出しである。
胸やけがしてきた俺は、腰の革袋から水を飲んだ。
見ろよ。
遠くに見える白亜の城の美しさと来たら。
「ぶほっ!!」
俺は思わず、飲んでいた水を全て吹き出してしまった。
その遠景の城。
昨日は夕方で良く見えなかった、一際高い尖塔の部分。
それが、剣の柄にしか見えないのだ。
言うなれば、城の中央を真っ逆さまに貫く剣だ。
てか、何十メートルあるんだあの剣……
勿論だが、人間が持てるはずも無い。
「あのお城って、太古からあそこに刺さっていた剣の周りに建造されたんだって」
俺が見ているものに気付いたのか、フランが教えてくれた。
ほー、そうなのか。
「…あの剣自体は謎のままだけど…神話の時代からあるんじゃないかって、アカデミーで教わった…」
「すごいなこっちは……」
シャニィの頭を撫でながら、俺の魂は浪漫飛行していた。
遥かな神話時代。
あの剣を軽々と振り回すほどの巨大な人となれば、あるいは神であろうか。
剣は武器であるが故、何者かと戦っていたに違いない。
敵も巨大であるはずだ。
世界全土を巻き込むような戦。
そして戦いは終わり、墓標替わりに剣を突き立て、去って行く神。
うおー! ロマンだなぁ!
俺は自分の妄想にワクワクしていた。
「シッ!」
やよいが鋭く叱責する。
確かに何者かの気配を感じた。
ナイスだヤヨイ。
「後でエッチなご褒美をあげないとな」
「えっ!?」
いかん、心の声が表に出ていた。
ヤヨイは顔を赤らめたまま、うん、と頷いた。
いいの!?
すかさずペシっと後頭部を、フランとシャニィに叩かれた。
痛いよ。
段々日の暮れて来た屋敷前に、人影がある。
そいつはキョロキョロと辺りを確認していた。
何かの合図を通りの方へ送っている。
すると、極力音を立てないようにゆっくりと馬車が現れた。
二台、三台と、屋敷の裏門から入って行く。
いずれも、荷台には布が掛けられていて、積み荷が見えない。
これは怪しい。怪しすぎる。
俺たちもコソコソと裏門へ回った。
門は開けっ放しだった。
お陰で庭の様子も良く見える。
人影が裏口の鍵を開けたように見えた。
バン!
突然、門扉を跳ねのけるように、屋敷から飛び出してくる小さな影。
「貴様!」
御者台の男が叫ぶ。
「いい。放っておけ、どうせすぐ死ぬ。今は荷をガレス様へ……」
合図を送っていた方の男の声が諫めていた。
小さな人影は裏門を抜け、左右の通りを見渡した後、城の方へ走り出そうとしたが、そこで倒れた。
俺たちは目配せをし、俺だけが人影に走り寄った。
あくまでも冷静に動く。
そこに横たわっていたのは、少女だった。
素早く抱きかかえ、隠れ場所に戻る。
と同時に、裏門から男が出て来て辺りを見回し、小さく舌打ちをして屋敷へ戻って行った。
俺は少しだけ息を吐き、改めて少女を見やる。
白っぽい貧しい服を着せられた、ヤヨイくらいの年齢だと思われる少女であった。
白っぽい服とは言ったが、あちこちが破れ、血痕が付着している。
よく見れば、腕も脚も傷だらけだ。
可愛らしい顔も、血に塗れている。
極めつけは、首だ。
革製の首輪をされていたのだ。
首輪には、嚙み千切ったのか、細いロープが垂れ下がっていた。
「ひどい……」
フランが口を押えながら呻く。
そして、震える声で、癒しの詠唱を開始した。
頼む。
これで何となく掴めて来た。
俺は、完全な確証を得るべく、シャニィに動いてもらう事にした。
「シャニィ、俺たちの中で一番身軽で素早いのはお前だ。何とか馬車の積み荷を確認してきてくれないか? 出来る範囲で構わないからな」
「…承知…」
シャニィは己に増速の支援をかけ、パッと走り出して行った。
猫のようにしなやかなその姿に、惚れ惚れとしてしまう。
足音すら立てないのも、実に猫っぽい。
シャニィは、待つほども無く戻ってきた。
息も切らしていないあたりは、流石としか言えない。
「…任務完了…」
「どうだった?」
「…人、だった…それも、女の子ばかり…みんな縛られて動けなくされていた…」
俺たち全員の目が交錯する。
そして確認するように頷いた。
もう間違い無いだろう。
この少女は奴隷なのだ。
「……う、う……おね……ちゃん……」
腕の中の少女が、苦しそうに喘ぐ。
まだ意識は戻っていない。
「いったん城へ戻ろう」
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貴賓室のベッドルームに少女を寝かしつけた。
ミリアとフランの二人がかりの癒しによって、今は安らかな寝息を立てている。
だが、時折苦しそうに顔を歪めるのは、悪い夢でも見ているからだろうか。
それでも俺は一安心し、皆に状況説明をした。
無理を言って、シャルロット姫にも来てもらっている。
「結論から言う。ガレスは奴隷を買い、嗜虐的な行為を行っている」
「なんじゃと……!? ……じゃが、大臣の屋敷で働くことになった女たちは、誰も帰って来ないと言う噂は聞いたことがあるのじゃ……まさかあ奴め……」
シャル姫がわなわなと、小さな拳を怒りで震わせていた。
「この世界に奴隷制度はあるのか?」
「表向きには無い、と言う事になってます。実際には、貧民や、貧しい難民の子らが、下働きなどの名目で金持ちに売り買いされているのが実情です……」
「じゃあ、違法ってことでいいんだな?」
「勿論です」
アンジェラ船長も辛そうに瞼を震わせている。
「うぅ……ここ、は……?」
少女が目を覚ましたようだ。
くりくりとした鳶色の瞳を、忙し気にキョロキョロさせている。
黒髪を二つに結ったおさげも、同時に右往左往していた。
「気付いたか? ここはお城だよ。怖がらなくていい」
「お兄ちゃんが助けてくれたの……?」
「ん? ああ、まぁな」
「ありがとう……そうだ! ねぇ! お姉ちゃんを助けて!!」
そう叫んで俺に抱き着いてくる少女。
俺はがっしりと受け止めて、背中と頭を撫でてやる。
不覚にも、その身体の柔らかさに溺れそうになる。
うほほ。役得ですな。
「落ち着くんだ。まず君の名前を教えてくれ。俺はアキトだ」
「……私、レナ。お姉ちゃんはルカ」
「そうか、レナ。何があったんだ? ゆっくり話してくれないか」
「……うん。……お姉ちゃんと私、あのお屋敷の地下にたくさんの女の子と一緒に閉じ込められて……時々牢屋から出されて、男の人にひどい事をされるの……」
「そいつはヒョロっとしてて、きのこみたいな頭の奴か?」
「うん……大臣の息子だって、女を斬るのが大好きだって言ってた……女の子が毎日少なくなって行って……新しい子たちが増えて……お姉ちゃんが私だけ逃がしてくれて……今頃お姉ちゃんは……あ゛あ゛あ゛、あ゛ぁーーーーーー!!!」
辛い記憶のフラッシュバックだろうか、レナは髪を振り乱し、涙を流しながら絶叫した。
俺はギュッと小さな身体を抱きしめて、背中をさすってやることしか出来なかった。
「大丈夫! 大丈夫だ。俺が絶対にお前のお姉ちゃんを救ってやる。約束だ」
「……わたくしからも頼む。アキト、いっそ大臣らは殺してしまっても不問に処すぞ」
意外と過激なお姫様だこと。
そうしてやりたいのは山々だがな。
それは時と場合による。
俺自身、かなり頭に来ているのは確かだからな。
「グスッ……お兄ちゃん、本当……? お姉ちゃんを助けてくれるの……?」
「ああ、俺に任せておけ! レナにだけ教えておこう。俺は勇者、勇者アキトだ!!」
レナを安心させるべく、俺はとっておきの笑顔で答えるのだった。




