第六十二話 クソ大臣を打倒せよ!
伴侶って、つまり配偶者だよな、有り体に言えば妻、奥さん、女房、それは俺とシャルロット姫が結婚するってことで……
えぇーーー?
何がどうなったらそんな事になるんだ。
いかん、考えがまとまらない。
あれ? こんな事、前にも無かったっけ?
第三の街の……いやいや、今はそれどころじゃない。
「…シャル、貴女はまだ子供じゃないの…伴侶なんてまだ早い…」
俺の混乱した頭脳でも、シャニィにお前が言うなとツッコミそうになる。
「何を言うのじゃ! わたくしは、もう子供ではないのじゃ! この間、赤子を産める身体になったからの!」
「…がーん! …負けた…」
ああ、シャルはもう来てるんだ。
そしてシャニィはまだなのか、って違う、論点はそこじゃない。
「シャル、どうしてアキトさんが伴侶だと思ったんですか?」
「それは、じゃな……おとぎ話の勇者が、最後に姫と結婚してたからじゃ!」
ミリアの質問に、そう答えるシャル姫。
お前もか!
一国の姫君であるお前ですら、おとぎ話を信じ込んでるのか!
「でも! 初めてアキトを見た時に、ビビッときたのじゃ! わたくしの夫になるのはアキトしかおらぬと!」
超ザックリした理由じゃないか……
「だから、アキト。わたくしと契って欲しいのじゃ!」
「ええっ!?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「流石にそれは阻止しますよ!」
「…そんなの、許されない…」
「ちょ、ちょっとみんな騒ぎすぎよ!」
「みなさん、落ち着いてくださいっ!」
「我が勇者様は非常におモテになりますね……しかも姫様は本気で言っておられる……」
さあ、収拾がつかなくなって参りました。
しかし、姫の話はいくらなんでも性急すぎるよな。
こりゃ絶対何かある。
そして俺の勘は、時々当たるのだった。
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皆を落ち着かせ、シャルにじっくり話を聞いてみることにする。
女性陣から、少し離れた場所に座る俺とシャル。
「何か困ってるならちゃんと話してくれ。俺たちもう友人だろ?」
「……うん……わかったのじゃ……」
しょぼんとしてるシャルの頭を、俺は優しく撫でた。
しばらく黙って撫でられた後、シャルはぽつりぽつりと話し始めた。
その内容を要約するとこうなる。
現在、父であるSSR聖騎士王レインが、リッカの父である橘博士と共に、災厄を滅する旅で聖王都には不在である。
その間隙を縫うように、大臣の一人であるダレスという男が、自分の息子とシャルロット姫を結婚させようと画策していると言うのだ。
このダレス大臣がまた、悪評と黒い噂が常にまとわりついているような野郎らしい。
ダレス大臣の息子であるガレスも、異常な性癖持ちと専らの噂だそうだ。
そのガレス自身も、シャルロット姫に御執心のようで、何度断っても求婚してくる。
このままでは強硬手段に出られてしまうのかもしれないと、シャルは怯え、丁度良いところに現れた俺と結ばれてしまえば、逃れられると考えたのだと言う。
「そうかぁ。シャルも苦労してるんだな」
「……お父様の苦労に比べたらこんな事……だからこそ自分の力で解決しようと思ったのじゃが……聞けばもう、ガレスは婚礼の準備をしているというのじゃ……」
「なんだって!?」
「アラン団長や他の大臣たちも頑張ってくれいるのじゃが……ダレスの金の力には……それに、あやつは怪物や暗殺者を囲っているらしくての……お願いじゃアキト、むっ」
俺はシャルの唇に人差し指を当て、言葉を遮る。
「皆まで言うな。俺が何とかしてやる」
「本当か!?」
「任せろ」
さーて、言っちゃったぞ、と。
格好良く言ったはいいけど、方策は皆無。
だが、このシャルの笑顔だけは、なんとしても守ってやりたいと俺は思っていた。
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翌朝。
俺はシャルに、その大臣と息子に会えないかと頼んでみた。
まずは敵情視察をせねばなるまい。
すると、朝食後の執務時間に奴らは現れると言うので、なんとか同席させて貰うことにした。
問題は名目をどうするかだ。
いきなり勇者と名乗っては、警戒されてしまう恐れがある。
俺が頭を悩ませていると、アラン団長がひょっこりと現れた。
彼も姫側の人間らしいので、何か良い案はないかと尋ねてみる。
「ならば良い手がありますぞ。聖騎士だと言う事にすればよいのです」
「なるほど……いや、待ってください。女の子たちはどうすれば……」
「女性の聖騎士もたくさんおりますので、問題ないでしょう。ただ、変装も兼ねて、全員に聖騎士の鎧を着てもらいますぞ。出来れば髪形も変えたほうがいいでしょうな」
アラン団長、すごいな!
豪放磊落にして、頭も切れるのか。
「ところで団長。ラスターはどうしてますか? 出来れば彼にも臨席してほしいんですけど」
「ワッハッハッハ! あ奴めなら、我が家で酔いつぶれておりますぞ! たかだか酒の一樽くらいで! 全くだらしのない奴です! ワーッハッハッハッハッハ!」
ラスター、ご愁傷様……
俺たちは聖騎士の鎧に着替え、アラン団長と共に、シャルロット姫の傍でその時を待った。
アンジェラ船長だけは、大臣に面が割れているらしいので、予定通りエリィ号の補給物資調達のために、街へと出て行った。
そして、いよいよ大臣と息子がやって来た。
ダレス大臣は、でっぷりと太った身体を、高級そうなローブと装飾品で包んでいた。
禿げ頭に髭だけは立派であるが、底意地の悪さが顔からにじみ出ていた。
息子のガレスは、長身痩躯に貴族っぽい高そうな服。
腰には細剣を帯剣していた。
きのこみたいな茶髪で、髭は無いが、常に下卑た薄笑いを浮かべている。
こいつも、見るからに歪んだ性格をしていそうだった。
俺たちの姿を見るなり、ダレス大臣が黒々とした眉を上げた。
「なんだ貴様らは! ここは政務を司る場にあるぞ! 聖騎士風情がおいそれと入れる場では無いわ! 失せよ!」
開口一番が文句とは恐れ入る。
「どうでもいいよ父上。それよりも、今日こそ良い返事を貰いに来たんですよ、シャルロット王女。いい加減わがままを言わず、私と結婚するべきですよ。でないと……解りますよねぇ?」
ガレスはニマニマと不愉快な笑みを浮かべて言う。
本人は気取っているつもりなのかも知れない。
隣のフランたちが、青い顔で鳥肌を立てていた。
シャルが心底嫌そうにしているのに、全く意に介さない辺りが、ある意味豪胆である。
少なくとも、並みの神経では無さそうだ。
その後もしばらくの間、文句と口説き文句を垂れ流していくクソ親子。
何か弱みはないかと、黙って話を聞いていたのだが、いい加減聞くに耐えなくなってきた頃、ようやく去って行った。
シャルと女性陣が、これ以上ないくらい大きな溜息をついていた。
アラン団長ですら苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「思ってた以上にキモかったー……」
フランの心底辟易した声が、奴らの本質を物語っている。
「……わたくしは、ほぼ毎日あれを聞かされるのじゃぞ……」
シャルの泣きそうな言葉に、皆で同情せざるを得なかった。
結局、俺たちはシャル姫の謁見と執務時間が終わるまで付き合っていたのだが、有益な情報と言えば、ダレス派と姫派に二分している勢力図が見て取れたことくらいであった。
圧倒的にダレス派が強いのは、やはり袖の下のお陰と見るべきか。
ただ、謁見に訪れた大まかな要人が、どちら側かの目星が付いたのは、僥倖と言えるだろう。
昼も過ぎた頃、アンジェラ船長が戻ってきた。
話したいことがあると言うので、貴賓室へ集合する。
「私の部下たちに、少し大臣を探らせました。やはり悪い噂だらけなのですが、ひとつ気になる情報がありました。今日の夕方以降に、大臣の屋敷で何かあるらしいのです。情報が断片的すぎて、何かと言うのは解りません。しかし、一考の価値はあるかと思います」
屋敷か、証拠集めに潜入する事もあるかもしれないし、見ておくのも悪くないだろう。
だが俺たちは、そこに何が待つのかを、まだ知らなかったのだ。




