第六話 俺が怪異に襲われた!
『ソレ』は唐突に、何の脈絡もなく現れた、もしくは元々そこに居た、としか表現できない。
街灯もない真っ暗な夜道。
なのにソレはそこにいると確信できた。
そして明確な興味が俺に向けられていると、何故か解った。
姿形は解らない。
強いて言うなら、闇よりも濃い闇色の靄のような気がする。
うーむ。やべぇな。
なんとかしたいところだが……
とは言え、俺には対抗手段が何もない。
取り敢えず、気付かないふりをして通り過ぎてみることにした。
あー、ですよねー。
ソレは俺の後ろを、さも当たり前のようについてきている。
どうしたもんかな、とか、何か武器はないのか? とか、あっコイツもしかしてネットニュースの、とか考えてるうちに家の前に着いてしまった。
俺が立ち止まると、ソレも立ち止まった、気がした。
くそ、考えが甘かったか。
出来ればそのままどこかへ行ってほしかったんだが。
どうしようコレ……と思い悩んでいると、ソレは突然俺の方へ突進してきたような感じがした。
咄嗟に身をかがめたが、左腕に鋭い痛みが走る。
感覚では、鋭利な何かで切り裂かれたようだ。
不吉さを示すように、だらりと血が流れ落ちる。
「いってええええ! なんだよ俺の妄想じゃねぇのかよ! 血が出ただろこの野郎!」
痛みからくる怒りに任せて、買い物袋を振り回すが、動じる様子もない。
むしろ、こちらにジリジリと迫ってきている。
このままでは確実に殺される気がした。
いや、もう確信だ。
それほどに明白な敵意を、こいつから感じるのだ。
恐怖に竦む俺を救ったのは、聞き慣れた可愛い声だった。
「アキト! そのまま動かないで!」
見れば二階の窓からフランがひらりと、飛び降りてくるところだ。
何この子、格好いいんですけど! あっパンツ見えた!
フランは目をソレから離さず、高々と杖を掲げた。
そして何やら早口でブツブツ言っている。
一瞬、頭がおかしくなったのかと心配したが、フランの独り言が終わるとソレの足元に魔法陣のようなものが現れ、同時に紅く光輝いた。
術の効果だろうか、ソレの靄が消失し、犬のような猫のような、何とも表現しにくい四足獣のような姿が浮き彫りになる。
鋭い牙と爪。
あれに切られたのか。
道理で切り口が鮮やかな訳だ。
真紅の輝きは柱となって天に昇る。
まるで天国への架け橋のようだ。
「おーすげぇ……」
ソレは陣の中で燃え上がった後、光の中へと消え去って行った。
浄化されたのか、それとも物理的に滅されたのかは解らない。
だが、目の前で見せられた奇跡に、俺は少し感動していた。
光が消えると、フランが「エッヘンオッホン」と、とんでもなく偉そうにこっちへ歩いてくる。
ガチでうぜぇ。
でも、助けられたのは事実だ。
だから余計に質が悪いのだが。
「さぁ、傷口を見せて」
「お、おぅ」
まるで聖女のような振る舞いのフランに、多少気圧されながらも腕を見せると、またもブツブツと独り言が始まる。
近くで聞いていても、何を言っているのか理解できなかった。
向こうの世界の言語なのだろうか。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「舐めてんのかこのアマ」
「いひゃいいひゃい! にゃにひゅんのよー!」
俺がフランの頬を全力で引っ張ると、同時に腕の痛みが消えた。
傷跡すら残っていない。
「えっ、マジで治ってる……」
「当たり前でしょう! あー痛かった」
「でもお前、こっちじゃそんな力使えないんじゃなかったのか」
「全く使えないんじゃなくて、だいぶ弱くなっちゃうみたいね」
そりゃまた微妙な。
「で、さっきの変な生き物はなんなんだ?」
「あー、あれねー……向こうの怪物、かなー……なんて……テヘッ」
「おまっ! なんでこっちに現れるんだよ!」
「私に解るわけないでしょう!」
ギャンギャンやってると、真っ暗だったご近所さんの家に灯りがともりはじめた。
こりゃ色々まずい。
何て説明していいのかも良く解らんぞ。
俺たちは、急いで家の中に逃げ込んだのだった。