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第五十九話 海の旅路は爆乳と


 大海原へ乗り出してから、早二日。

 順調すぎるくらい順調にここまで来ていた。


 初日には、背びれが縦に三枚もついているイルカの群れが、並走して俺たちの船を見送ってくれた。

 その他にも、姿を見ることは叶わなかったが、数百メートル程もある黒い影が、船の下をゆったりと通り過ぎたり、遠目でしか見られなかったものの、翼長数十メートルはあろうかと言う巨鳥と、これまた全長数十メートルはありそうな海竜らしきものが戦っていたりして、なかなかエキサイティングな船旅になった。


 夕方になると、トビウオみたいな魚の群れが、甲板にまで飛び乗ってきた。

 船員たちが美味いと言うので、捕まえようと思い手を伸ばすと、鋭い牙を持つ口に指を食いちぎられそうになったりもした。

 聞けばこの魚のせいで命を落とす船乗りが、毎年何十人もいると言うではないか。


 この海、危なすぎない?


 それでも、ここより更に危険な海域は避けているようで、船内にいる分には平穏そのものだった。

 俺は当初、木造船の船内なんてどうせ大したことないのだろうと思っていたのだが、それは大きな間違いだった。

 白を基調とした色に塗装され、廊下も船室も食堂も広く、清潔に保たれていたのだ。

 考えてみれば、領主や要人たちが王都へ向かう時に使う訳で、豪勢な造りなのも当たり前と言えば当たり前の事であった。


 その船室だが、俺たちにあてがわれた部屋は二つ。

 個室と六人部屋である。


 部屋割りの際、俺がこっそり個室へ行こうとしたら、ガッシと女性陣に捕まった。

 逃がさぬと言わんばかりである。


「お先ー」


 隙をついたラスターが個室へ入って行くのを、恨めしく見送るしかなかった。

 俺も個室が良かったなぁ……

 こいつらが一緒だと、うるさくてゆっくり眠れそうに無いんだもん。


 そしてそれは俺の思った通りになった。

 明け方近くまで俺をも巻き込みキャイキャイされては、どうあがいても眠ることなど出来なかった。


 女の子の匂いが充満する部屋、肌もあらわな艶めかしい寝巻姿の少女たち。

 こんな中で悶々としない方がどうかしている。

 俺は朴念仁でも、ホモでもないのだ。


 そんなわけで、二日目の夕暮れを迎える今となっても、寝不足であまり調子が上がらなかった。

 女性陣のほうが元気なのは、どう言う事なのだろうか。


 もはや俺に残された唯一の楽しみは、豪華な食事だけである。

 流石は船上、豊富な海の幸!

 こっちの世界の魚だからと、警戒していたが、不思議な事に味は向こうと大差なかった。

 むしろこっちの方が美味いくらいだ。


 生で魚を食べる文化がこちらには無いのか、焼いたり煮たりしてあるものがメインだった。

 俺は刺身が食べたかったよ……

 醤油もワサビもないこの世界では、無いものねだりとわかっちゃいるけど、和食が恋しくて堪らん。

 まぁ、こっちの魚はどんな寄生虫や病原体が潜んでいるか解ったものではないので、生食を試す気にはなれないがな。


「明朝には港へ到着する予定です。名残惜しいですね……」


 一緒に食事を摂っていた船長が、腋も背中も丸出しのエロい服装で言う。

 まるで、童貞を必ず殺す服みたいだ。

 果実酒の入ったグラスを傾ける度に、服の脇から横乳が零れ落ちそうになってる。

 これが私服だとしたら、アンジェラ船長はとんでもない変態だと言わざるを得ない。


 その破壊的な胸と腋の下に、俺だけでなく、船員たちまで生唾を飲んだ。

 アンジェラは、酔っているからなのか、それともわざとなのか、俺たちの視線を気にした風もなく、横乳を見せつけるようにガブガブと紫色の果実酒を飲んでいた。

 朱に染まった頬と、濡れたような切れ長の目がトロリと俺を見つめる。

 脳まで溶かされそうな淫靡さだ。


「オウフッ」


 俺の声では無い。

 給仕の船員が、突然股間を押さえてうずくまったのだ。

 よくある事なのか、他の船員は何事も無かったようにうずくまった男を引きずって行った。

 俺は唖然としたが、横乳からは目を離さない。


「むー!」


 怒りで頬を膨らませたフランとヤヨイが、同時に俺の背中をつねってくるが、全く動じる気はない。

 我が御魂は完全に雄大な乳へと向けられている。


「「効かない!?」」


 ふっふっふ。

 乳は偉大なり。

 痛みをも超越するのだ。


「…えい…」


 いつの間にか懐に潜り込んだシャニィが、チョキで俺の目を突いた。


「ぎゃーー!」


 流石にそれは効くわ!


「…わたし以外の女の子を見るからそうなるの…」

「それ私のセリフー!」

「私のですよ!」

「私も交ぜなさーい」

「私もいいですかっ?」


 誰も俺の心配をしてくれない……



 そんなこんなで、二日目の夜も更けていくのであった。


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 そして事件は早朝に起こる。



 連夜の女子会続きで、ぐったりと眠る俺の肩を誰かが揺すっている。

 やめてくれー、うるさくてさっき寝たばかりなんだー。

 夢うつつのなか、返事をしたつもりだったが声には出ていなかったらしく、揺するのをやめてくれない。


「……アキト、アキト! 起きて! 何だか船の中が慌ただしいの!」

「……」


 なんだ、フランか。

 無視しようっと。


「ねぇー! 起きてよー!」


 うるさい。


「……チューしてくれたら起きる……」

「えぇー! ……も、もう、仕方ないなぁー」


 薄目でフランの顔を見ると、言葉とは裏腹に照れながらもすごく嬉しそうだった。

 そして誰も見ていないと言うのに、手櫛で髪を整えたりしている。

 好きな人にはいつも綺麗な自分を見てもらいたい、と言う女心なのだろうか。

 そう考えると、なんだかフランがとても愛おしく見えるのだった。

 

 フランは、そっと目を閉じて唇を寄せてくる。

 俺もキスへの期待が高まった瞬間、顔が三つに増えた。

 ヤヨイとシャニィが増えたのだ。

 この二人もまた、瞼を閉じて唇を尖らせている。


 俺は驚きのあまり、ガバリと身を起こす。

 俺と言う目標物を喪失した三人の唇が、勢いで驚異の合体を果たしていた。

 有り体に言えば、女の子三人でキスをしちゃっていた。


「いやぁぁー! 何すんのよー!」

「ひぃぃ! そんな趣味ないですから!」

「…がーん、まさかの展開…」


 巻き起こる三人娘の悲鳴と絶叫。


 俺は三人を放置して、部屋の外へ様子を見に行った。

 確かに、慌ただしく船員が右往左往している。


「あ! 勇者様! 船長が上に来てくれと!」


 見知った船員が俺を見つけてそう言った。

 何かあったのだろうか。

 とるものも取り敢えず、俺は甲板へ向かう。


「ルックアウト! 厳に! スパンカー、ホールイン! 風上に切り上がるぞ!」


 日は出ていないものの、明るくなった空の下。

 昨晩、あれほど飲んでいたにも関わらず、アンジェラは整った顔もキリッと凛々しく、船員たちに指示を出していた。


「船長。何かあったんですか?」

「これは、勇者様。ここからでは見えにくいかもしれませんので、これを」


 俺を見た途端に相好を崩すアンジェラが、望遠鏡を手渡してくれた。

 彼女の指し示す方向を覗いてみる。


 陸地の欠片も見えないが、水平線の向こうに黒い煙のようなものが、一筋立ち昇っていた。


「あの方角に目指す港町があるのです。この距離であの煙の量は、火事では無いと思われます」

「つまり……?」

「怪物による襲撃、あるいは戦争でしょう。ただ、聖王都も近いので、内紛でない限りは、戦争と言うのも考えにくいかと」

「ってことは怪物ですね」

「はい。ただ、火が見えないので、戦闘自体はもしかしたら終わっているのかもしれません。ですが、怪物が未だ残っていることも考えられます。目下、部下たちには戦闘の準備をさせているところです」


 きっと、アンジェラの分析通りなのだろう。

 それにしても才色兼備すぎないか、この人。

 一介の船長で終わらせるには、勿体ない逸材だと思うんだが。

 お姫様直属の女性騎士団団長とかが似合いそうだ。


「これから確認のため、街へ接近します。勇者様がたは、念のため船室で待機をお願いします」

「了解しました。くれぐれも無理は禁物ですよ。貴女に何かあったら大変ですから」

「ありがとうございます。敬愛する勇者様のためにも決して」


 アンジェラの俺を見る目が、少しおかしいような感じもするが、きっと気のせいだろう。

 餅は餅屋だ。

 ここは任せるべきだな。

 大人しく船室へ戻ろう。



 それから数時間後、再び甲板へ呼ばれた俺たちが目にしたもの。


 それは、完全に破壊され尽くし、焼き払われた港町の姿だったのだ。

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