第五十八話 大海原へ、いざ行かん!
港へ向かう旅路は、はっきり言って順調だった。
最初の内こそ、大群の残党に出くわすのではないかと戦々恐々としていたが、特に何事もなく進んだ。
大平原を突っ切るのがこんなに早いとはな。
一月もかけて迂回してのが、馬鹿みたいだ。
馬たちも、鎧の重さを気にすることなく快調に走っていた。
馬車自体の重量も増えたはずなのだが。
俺たちは数日で大平原を走破し、西の街を通過した。
ここにはしゃべりまくる宿屋の女将さんがいたっけな。
元気にしているだろうか。
更に走る。
彼方の回廊も越え、西へ西へ。
近付いているのが解る。
匂いで。
その音で。
この森を抜けたらきっと────抜けた!
目の前には、青々とした水を湛えた広大な────
「海だーーーー!」
俺は思わず御者台で叫んでしまった。
女性陣とラスターも興奮している。
磯の香りが鼻孔を抜けていく。
白波の音が内耳を振るわせる。
普段から出不精の俺だ。
海など見るのは何年ぶりだろうか。
少しべた付く風も、何だか懐かしい。
生物は海から生まれたと言うのは、きっと本当なのだろう。
そうでなければ、こんなに郷愁を感じるはずがない。
もっとも、こちらの世界の生物学はどうなってるのか解らないけどな。
寄せては返す波や、遠くに浮かぶ船を眺めながら海沿いの街道を進むと、すぐに港町が見えて来た。
ここからでも、沢山の桟橋に大小様々な船があるのが見て取れた。
あの中のどれかが、俺たちの乗る船なのだろう。
思えば船旅なんてするのは、生まれて初めてじゃなかろうか。
俺は逸る気持ちを抑えながら、港町へ急いだ。
馬車ごと街へ入り、そのまま港へ向かう。
領主の話では、馬車も船に乗せられるらしいからだ。
港の入口には、検問所と思しき施設があった。
ゲート代わりの棒が横に降ろされ、行く手を阻んでいる。
「あんたらは……?」
施設の中から、水兵みたいな格好の男が声をかけて来た。
ヒゲ面に筋骨隆々である。
下手なチンピラでは敵わないだろう。
「俺たちは第三の街から聖王都へ向かおうと……」
「あんたら、いや、あなた方が勇者様でしたか! これは失礼しました! 確かに馬車にも領主家の紋章がありますな」
気だるげだった男の態度が、劇的に急変したのは驚いた。
領主の影響力も勿論あるだろうが、勇者と言うだけでこの変わりようである。
まぁ、勇者になった覚えはまだ無いんだけどな。
「ささ、領主様の支持で、既に船の準備は出来ております。船長もお待ちですので、私が案内致しましょう」
「よろしくお願いします」
男の後ろをゆっくりと馬車でついていく。
乗れと言ったのだが、全力で遠慮されてしまった。
軽く世間話をしながら進む。
「お嬢様がたも非常にお美しいですな。全員、勇者様の恋人なんですか?」
「やっぱり、わかっちゃいます?」
そう言いながら、フランは俺の首に腕を回してきた。
軽く頬にキスをしてくる。
そうなると、黙っていられるはずもなく、ヤヨイとシャニィが追随して来た。
「いやはや! 羨ましい事です! 流石は勇者様ですな! ハッハッハ!」
ニコニコしている男を見て、俺はふと疑問に思った。
何故こっちの世界の連中は、勇者が世界を救うと妄信しきっているのだろうか。
伝説やおとぎ話ではそうなってるから、程度の認識でそこまで信じられるものなのか。
全く判然としないが、この世界は何かがおかしい気がする。
そもそも、俺は災厄を打ち払うための旅をしているわけだが、その災厄と言うのがいったい何なのかも解っていない。
人や怪物に憑りつき、狂暴化させるのは見た。
だがその目的となると、さっぱり解らないのだ。
フランたち、SSRによる説明を受けても、災厄に覆い尽くされたら世界は滅びる、としか知らないようだ。
他の当選者たちも、こんなザックリとした説明でこちらへ来ているとしたら、やはりおかしい。
性的に何でも有りの世界は、確かに魅力的ではあるのだが、果たしてそれだけで命を懸けようと思うだろうか。
俺ですら、自分のいた世界が災厄によって戦争になどならなければ、こちらの世界を救おうと思う事も無く、平穏な日常を謳歌していたはずだ。
これはもしかしたら、災厄の詳細を知られまいとする、ある種の情報統制ではないのか。
ただ、誰が、何のためにとなると、残念ながら俺にも持ち合わせた答えは無い。
災厄に対して、俺たちよりは遥かに先行していると思われる、リッカの父親の橘博士とSSR聖騎士王レインならば、何か掴んでいる可能性もあるかもしれない。
やはりまずは、彼らの消息を追うのが優先するべきだろうな。
そんな事をつらつらと思考している間に、一隻の巨大な帆船の前で男は立ち止まった。
太いマストが三本も立っている。
舳先には美しい女性の像が付いていた。
女神か何かだろうか。
桟橋から船までは、板がかけられており、馬車でも楽に登れる程度の傾斜になっていた。
「では、道中お気をつけてくださいませ!」
そう言い残して男は去って行った。
俺たちは男に礼を言って見送った後、馬車ごと乗船するべく板を登る。
辿り着いた甲板には、多数の船員たちが忙しそうに働いていた。
その中の一人に馬車を任せて降り立つと、声をかけて来る者があった。
「勇者様ですね? 私はこのエリィ号の船長、アンジェラと申します。以後お見知りおきを」
「アキトです。よろしくお願いします」
船長服を着たその人物は、意外にも女性であった。
それも、ものすごい美人だ。
短いブロンドの髪を船長帽で覆っている。
そしてスラリとした身体に、不釣り合いなほど大きい胸。
それにしてもエリィ号とは。
船舶に女性名を付けるのはよくあることだ。
だが、領主が自分の娘の名から取ったとするなら、親バカにも程がある。
きっと船長の事も、見た目とおっぱいで任命したに違いない。
「この船はバークとなっておりまして、かなりの速力があります。風にもよりますが、聖王都付近の港なら二、三日で到着するでしょう」
「はぁ」
正直、何を言ってるのかさっぱりだが、三日程度で着くならよほど早いのだろう。
それよりも、俺は船長のおっぱいが気になって仕方が無かった。
身振り手振りするたびに、ぶるんと揺れている。
こんなのを四六時中見せられたら、船員たちも仕事にならないんじゃないのか。
おっと、背後の女性陣から殺気が漏れだしたので、これ以上は見ないようにしよう。
フランが他の女を見ないで、とばかりに俺の手をギュッと握ったからでもある。
「準備は出来ておりますので、すぐに出発致します。総員! 出航! 抜錨後、ハードスターボード!」
「ハードスターボード! アイマム!」
「総帆開け! トリム合わせ!」
「アイマム!」
次々と支持を出すアンジェラ船長。
それに答える熟練された船員たち。
うう、格好良いな。
みるみる桟橋から船が離れていく。
白い帆が、いっぱいに風を受けて膨らむ様は、何故か俺の胸を熱くさせた。
いやぁ、海ってのは浪漫が詰まってるねぇ。
そう、俺たちは海の人になったのだった。




