第五十六話 夜這をかけるお嬢様
こんやくはっぴょう!?
おれとりょうしゅのむすめが!?
頭が真っ白になった俺をよそに、祝賀会場は大騒ぎ。
鳴りやまぬ喝采と祝福の声。
フランたちの顔がみるみる般若になっていく。
遠くに座るクレアに至っては、ヤンデレみたいな顔で何かをブツブツと呟いている。
唇の動きからすると、どうも俺への呪詛のようだ。
俺は悪くないよ!?
「ちょっとアキト! どういうことなの!?」
ついに隣のフランが俺に詰め寄った。
涙目の怒った顔で、俺の胸ぐらを掴んでいる。
「知らん知らん! 俺も何が何だか!」
「私たちが見てない間に、あの子に何かしたんでしょう!? うわーーーん!!」
「するかーーーー! するならお前にするわい!」
「えーん! ……え、そう? えへへ」
チョロい!!
「まぁまぁ、諸君! 落ち着き給え! ちょっとした冗談だ! ワッハッハッハ」
そう言って領主が豪快に笑うと、場が静まり返った。
滑ってんぞ、おっさん。
「いやいや、出来る事なら娘を貰って欲しいのは本音だぞ。エリィも勇者様を好いておるようだしな」
またもどよめきが起こる。
冗談なのか本気なのか意図が掴めないおっさんだ。
顔が赤いところを見ると、もしかしたら既に酔っているのかもしれない。
取り敢えず、俺の首を絞めているフランとヤヨイとシャニィを何とかしてくれ。
ふと、渦中の人物、エリィと目が合う。
瞬時に彼女はキャッと、恥ずかし気に両手で顔を覆った。
「ほら見なさい! 絶対あの子に何かしたんでしょ!」
チョークスリーパーを極めながら耳元で怒鳴るフラン。
「アキトさんの浮気者! これは天罰です!」
ヤヨイはガッチリと俺の左肘をロックしている。
折れる折れる!
「…もごもご…ふがふが…」
シャニィは俺の右腕に咬みつきながら何か言ってた。
俺たちが揉めているのも意に介さず、領主は朗々とした声を上げた。
「この戦いにおける、最大の功労者は他にもおるぞ! 老齢ながら、その大いなる力を持って貢献していただいた、黄昏の占術師アレア殿と、その孫クレア殿である!」
一斉に沸く人々。
拍手の渦の中、老婆を支えながら立ち上がったクレアは、ペコペコと頭を何度も下げていた。
あのお婆さんが噂の占術師だったのか。
確かに妙な威厳を感じる。
「さぁ、諸君! 余興はこれくらいにして、大いに飲んで、食べてくれたまえ! では、乾杯!!」
領主の乾杯の音頭が響き渡ると、メイドたちが一斉に料理を運んでくる。
どれもこれも湯気を立てていた。
すごい御馳走だ。
それはともかく、どこまでが余興だったのだろう。
俺に関する部分は、全部嘘であって欲しいものだ。
俺たちはたらふく料理を味わい、上等な酒を心ゆくまで楽しんだ。
その後はもう、各要人からの握手責めだ。
長い行列をなしている。
いつ終わるのこれ?
俺の顔が、笑った形のまま固着するんじゃないかと思われた頃、ようやくお開きの時間になった。
あれだけ煽っていた当の領主は酔っ払ってしまったのか、早々に引っ込んでいたのが何とも言えない気分にさせる。
大勢の要人を、エリィが一人で接待していたのも健気な光景だった。
俺たちもお嬢様に挨拶して部屋に戻ることにした。
「お嬢様。美味しい料理とお酒を堪能させていただきました。ありがとうございます」
「い、いえっ! こちらこそ、この街を救ってくださり、感謝しております!」
「それでは、我々はこれで」
「あ、あのっ!」
「はい?」
「……いいえ。なんでもないのです……」
何か言いたそうだったが、それきりエリィは口をつぐんでしまった。
メイドの案内で部屋に戻った俺は、まず堅苦しい服を脱ぎ捨てた。
頭もワシャワシャして、オールバックから解き放たれる。
こちらで買ったいつもの服に着替えてベッドにダイブ。
大の字になった俺は、ようやく解放感に包まれた。
酒が結構入ってるのもあってか、すぐさま眠気に支配される。
少しだけ眠ろうかな、などと考えた時には既に落ちていたようだ。
どれくらい経ったかも定かでは無いが、何かの気配を感じた俺は、半ば自動的に意識が覚醒した。
「!?」
こりゃ驚いた。
髪を下ろし、白い下着姿のエリィお嬢様が、いつの間に脱がせたのか、パンツ一丁の俺の上にまたがっていたのだ。
ニーソックスとガーターベルトが、真っ白な肌と相まって、やたらと艶めかしい。
俺はニーソにも弱いのだ。
それにしても、こんなに積極的な子には見えなかったんだがな。
「これはこれは、お嬢様。こんな時間に男の部屋へ忍び込むとは、はしたないですな」
「ええっ!?」
俺が起きることなど、まるで想定していなかったとでも言うかのような顔をしている。
もしや睡眠薬でも一服盛られたかな。
だがエリィはめげなかった。
「えいっ!」
「んう゛っ!?」
真っ赤な顔で、俺の唇を奪うエリィ。
強引に舌をねじ込んで来る。
ラッキー! じゃなくて、負けていられるか!
たっぷりと舐ってやるわ!
しばらく絡み合った後、息が続かなくなったのか、エリィが顔を離した。
銀の糸がお互いの舌を結ぶ。
エリィは真っ赤な顔をトロンとさせていた。
「これはどう言う事なんですか?」
はぁはぁ、と息を整えているお嬢様に聞いてみた。
いくらなんでも策謀としか思えんからな。
「はぁはぁ……お、お父様に、勇者様と既成事実を作ってこいと……」
あんの狸ジジイ!
娘が大事じゃないのか!
最初からこのつもりで、俺を個室にしやがったんだな!
「あ、違うんです! あなたの凱旋を私は壁の上から見ていたんです! ……それでその……一目であなたが好きになってしまいまして……いやん!」
俺の柳眉が上がったのを見て取ったエリィが慌てて言う。
そして恥ずかし気に両手で顔を覆い、いやんいやん言いながら首を何度も左右に振っていた。
あー、こう言う子だったのかー。
きっと惚れっぽいんだろうなぁ。
「私の初めてのキスをあなたに捧げました。次は全部を捧げます!」
「ちょっと待ってください!」
「待ちません! あなたは私の初恋の人なんです! 私と添い遂げてくださいっ!」
ダメだ、全く聞く耳を持たない。
俺に幻想を抱いてしまっているようだ。
自分で言うのも何だが、俺は鬼畜だぞ。
そうか! 鬼畜ぶりを見せればいいんだ!
良いアイデアだと思ったが、非常に情けない気分になった。
だが、世間知らずのお嬢様に現実を知らしめる、またとないチャンスでもある。
「お嬢様! 俺の連れの女の子たちがいるでしょう? あれは全部俺の女なんです! 全員を将来嫁に迎えるつもりなんです!」
「「「「えええぇぇぇーーー!?」」」」
効果は覿面だった。
エリィが青い顔で、がっくりと膝をつく。
だが、不思議な事に、驚きの声が複数聞こえたような気がした。
隣の部屋へ続く扉から、三つの気配も感じる。
あいつらこっそり聞いてやがったのか。
だったら助けろよ……
余計な事を口走ったじゃねぇか。
「そう、だったんですか……では、私もお嫁さんの一人に加えてください!」
まだ粘るの!?
ならば!
「わ、わかりました。災厄を打ち払うことが出来たらその時に。ですから今は部屋にお戻りなさい」
「はい! その時をお待ちしております!」
この子も意外とチョロい!
まんまと、俺の口車に乗せられている。
勿論、俺はこのままトンズラする気だがな。
どうやら部屋の外には見張りのメイドが控えていたようで、彼女らに伴われてエリィは帰っていった。
「きっとですからね!」
と、去り際に念を押していくあたりが少し怖い。
俺は大きな溜息をつきながら服を着た。
隣の扉の向こうで聞いていたであろうフランたちも、何事かボソボソ話した後、気配が離れて行った。
ベッドへ戻ったのだろう。
変な誤解をされていそうだが、仕方あるまい。
こっちも必死だったのだ。
今度はガッチリと施錠をしてベッドに横たわる。
当然、隣の部屋への扉もしっかりと施錠した。
これ以上の闖入者は御免被る!




