第五十五話 領主の娘が婚約者!?
これほどの人間がどこにいたんだと言うくらい、大通りは人々で埋め尽くされていた。
大歓声に包まれる中、馬車はゆっくりと進んで行く。
完全にお祭り騒ぎだ。
今はクレアも馬車に乗せ、領主の屋敷に向かっているところである。
それはいいんだが、御者台が窮屈で堪らない。
俺の左にフランが座り、右にはヤヨイが、シャニィに至っては俺の膝の上でドヤ顔だ。
三人は華やかな笑顔で、衆人環視に手を振っていた。
巻き起こる歓声。
大半は有象無象の野郎どもだ。
男の声で「かわいいー!」とか「愛してるー!」とか「幼女萌えー!」などと聞こえて来る。
まるでアイドル扱いだ。
そして、充分に注目が集まったところで、示し合わせたように三人が俺の頬にキスをした。
「なっ!?」
俺の驚きなんて些末事だ。
大勢の野郎どもから、俺に向かって一気に放たれた怒気と怒号、罵声、悲痛、怨嗟の声に比べればな。
中には膝から崩れ落ちて、大泣きしているヤツや、怒りで剣を抜き放つヤツまでいた。
これでは暴動が起きてしまう。
更に、多数の女性からは悲鳴と嬌声が同時に上がった。
もうこれでは凱旋と言うより、市中引き回しの刑だ。
いつの間にか、兵士たちが馬車の四方を固めてくれていたので事なきを得たが、ヘタしたら内乱罪だぞ。
てか、人気ありすぎだよ君たち。
「なんのつもりだっ! 俺が勇者から一瞬で悪党に成り下がっただろ!」
「私にはアキトと言う恋人がいるんですよってアピールだもーん!」
「何言ってるんですか! 恋人は私ですよ!」
「…わたしこそがアキトにふさわしい……ね? あ・な・た…」
こいつら! 悪びれもしねぇ!
俺はもう、恥じ入るように下を向くことしか出来なかった。
兵士が道を作ってくれたお陰か、割とすんなり領主の屋敷へ辿り着いた。
街の真ん中の高台にそびえる巨大な建物。
それにしても広大な敷地だ。
屋敷と言うよりは城と言っても差し支えなかろう。
豪華な装飾が施された立派な大扉の前に着くと、兵士たちの手によって未だに気絶しているラスターが運ばれていった。
彼の頭に出来た瘤の治療もしてくれると言う兵士。
有難くお願いしよう。
大扉の前には、幾人もの使用人やメイドらが、ずらりと並んで俺たちに頭を下げている。
領主は使用人を顔で選んだのだと確信するほどに、美男美女揃いだ。
美少女メイドの先導で中へ案内された。
そこはいきなりの大広間。
奥には左右から二階へと続く、優雅に曲がった階段。
巨大なシャンデリア。
華美な装飾品。
大きな額縁に収まった肖像画。
真っ赤な絨毯。
いかにもな金持ちの邸宅だった。
「おお! あなたがたが勇者様御一行ですな!」
待ちかねたように、立派なグレーの口ひげを蓄えた初老の男が、俺たちに笑顔を向けている。
身なりも豪華だし、この人が領主なのだろう。
その傍らには、十代前半くらいの年齢と思われる、黒髪をアップにして薄ピンクのドレスを着た少女もいた。
少しそばかすは残っているが、なかなかの美少女だ。
ちなみに、おっぱいは控えめだ。
俺たちは一応、跪く。
「そんな挨拶は無用ですぞ! さぁ立って、顔を良くお見せください」
あれ? 意外と気さくな感じ?
「ならば、遠慮無く」
俺はそう言って立ち上がった。
真っ直ぐに領主を見つめる。
領主も俺の顔をじっと見ていた。
「うむ。良い目をしておりますな。おっと申し遅れました。私がこの第三の街を治めておるサドアに御座います」
「こちらこそ申し遅れました。アキトと申します」
「わ、私は、サドアの娘、エリィです!」
ドレスの少女がカチコチの挨拶をしていた。
なるほど、娘か。
フランたちも自己紹介を終えると、
「お嬢様がたも愛らしい!」
サドア領主は、女性陣を眺め回しながら相好を崩していた。
「あれほどの大群を撃退してくれたこと、全住民に代わって感謝致しますぞ!」
領主は、涙を流しながら俺たちの手を取って、感謝の言葉をかけまくる。
メイドたちも万雷の拍手。
ここまで感謝されると、それはそれで面映ゆい。
「さぁさぁ! 今日は盛大な祝勝会を予定しております! 準備が出来るまで少々時間を頂きたい。これ、エリィ! 勇者様御一行を部屋へ案内してあげなさい!」
エリィお嬢様自らの案内で、俺たちは二階の客間へ通された。
訝しいのは、エリィが俺をしきりにチラチラ見ている事だ。
なんだか顔も赤く見える。
女性陣は大きな部屋へ全員が入って行く。
だが、俺だけが何故か個室だった。
腑に落ちないが、女性を気遣ったのだろうと解釈し、俺は荷物を降ろした。
しかし、一人だと途端に手持ち無沙汰になってしまう。
ともあれ、祝勝会なら鎧は窮屈だろうと、俺は脱ぎ始めた。
暇だし、ついでに武具でも磨こうかと思ったその時、ノックと共にメイドの集団がなだれ込んで来た。
「失礼しまーす。アキト様をお風呂へとのことでーす」
「へ!? うわああああ!」
メイドたちは、有無を言わさず俺を担ぎ上げると、一気にだだっ広い風呂場へ運びこんだ。
数人がかりで服を剥かれ、ドッパーンと頭からお湯を被らせた後、全身を洗われる。
「ぎゃああああああ」
まるで自動洗車機に入ってる気分だ。
これが可愛いメイドさんたちじゃなかったら、きっと殴り倒していただろう。
遠くからはフランたちの悲鳴が聞こえる。
あいつらもきっと、俺と同じ目に合っているのだ。
その後、また部屋まで運ばれた。
そして、デカい鏡の前で髪形を整えられ、服を着せられていく。
黒くてゴテゴテと装飾の付いた、いかにもな貴族っぽい服だ。
気付けば髪もオールバックにされている。
準備が終わると、まるで波が引くようにスーッと、頭を下げたままメイドたちは退室していった。
なんなんだ。
「ねー、アキトー。生きてるー?」
隣の部屋からフランの声が聞こえた。
普通に隣へ通じる扉があったことに、今更気付いた。
なんだ、陸続きだったのか。
完全に隔離されたのかと思っていただけに、少し安堵する。
「おーう。そっちは準備できたのか?」
俺は返事も待たず、隣への扉を開ける。
当然、ラッキースケベ狙いだ。
隣はとんでもなく広い部屋だった。
天蓋付きのベッドが五つも並んでいる。
残念なことに着替えは全員済んでいた。
皆、髪をアップにし、キラキラの髪飾りで彩られている。
更に、煌びやかなドレスに身を包んでいた。
フランはピンクと白のドレス。
可憐でとても似合っている。
まるで花が咲いたようだ。
ヤヨイは薄い黄色のドレス。
これまた可愛らしい。
ヤヨイは普段の髪がボブなので、付け毛を付けてアップにしているようだ。
シャニィは水色のドレス。
いつもよりも大人っぽく見える。
大変可愛い。
ミリアは白いドレス。
勿体ないことに、大きなケモミミまでアップにした銀髪と髪飾りで隠れてしまっているが、それでもなお彼女の清らかさは増したように見えた。
リッカがすごい。
紫色でスリットも際どく、身体にぴったりとしたドレスだった。
大きな胸を強調するような造りになっている。
これを選んだヤツは変態に違いない。
「どう、かな?」
フランが恥ずかしそうにしながらも、クルリと回って見せた。
ふわりとドレスが花開く。
「うんうん、可愛いぞ。お姫様みたいで良く似合ってる」
「エヘヘー! アキトも格好いいよ!」
皆でドレスを見せ合ったり王女の真似をしていると、メイドが迎えに来た。
連れて行かれたのは、一階にある食事用の広間。
ここも呆れるほど広く、何十人もいっぺんに食事ができそうだった。
いくつもの長いテーブルには、既に大勢が席についている。
どうも、ここに呼ばれているのは、街や団のお偉方ばかりのようである。
だが、その中にドレスを着たクレアもいた。
隣にはローブを纏った白髪の老婆。
俺は挨拶がてら声をかけた。
「クレアもドレスか。見違えたぞ」
「アキト様にそう言ってもらえると嬉しいですー! お婆ちゃん、勇者様に褒められちゃったよ!」
「おうおう、良かったのうクレア。勇者様、出来の悪い孫娘ですが、末永くお願いしますよ」
「うん! 私、幸せになるね!」
なんだか話の流れが、色々おかしい気もする。
「あ、領主様が来ちゃいましたね」
領主とその娘が席に着くところだった。
俺たちも慌てて、あてがわれた席へ座る。
領主はゴホンと咳払いをして、ざわつく参加者を静めた。
そして大きく息を吸う。
「紳士淑女の皆様! 今日は記念すべき日となった! 我々を苦しめて来たあの大群を一瞬で壊滅させ、勝利をもたらした勇者様御一行に盛大な拍手を!」
ドオッと、部屋を包み込む歓声と拍手の嵐。
俺たちは一応立ち上がって、出席者たちに頭を下げた。
喝采がますます大きくなる。
「今日は嫌な事は全て忘れて、勝利に酔いしれようじゃないか!」
領主の目配せに、メイドたちが一斉に動き出し、果実酒を配り始めた。
「そして今宵はもう一つ良い知らせがある! 我が娘エリィと、勇者アキト様の婚約を発表する!!!」
「「「「「「はあ!!??」」」」」」




