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第五十四話 大地を穿つ超火球


 気絶したラスターを荷台へ放り投げ、御者台に座った俺は、改めて手綱を握りしめた。

 だが、慌てて手綱を引くような真似はしない。

 急制動は事故の元、だ。


 進行方向だけを微妙に調整するに留める。

 後は馬任せ。

 支援術の継続時間はそれほど長くないはずだ。


 後の問題は、車輪が持つかどうかだが、これはもう完全に運だろう。


 俺は、どんどん大きく見えてくる黒煙に集中していた。

 遠目からは一本に見えていたが、近付くに連れ複数立ち昇っているのがわかった。


 きっと街のあちこちが出火しているのだろう。


 戦火に包まれた向こうの世界の事を、どうしても思い出してしまう。

 あんな理不尽を許せるはずが無い。


 馬車は一気に森を抜け、街を一望出来る丘へと駆け上がった。


 第三の街は、黒く蠢く無数の怪物たちに取り囲まれていた。

 東西南北に設置された門の周りに集中しているようだ。

 巨大な丸太を門に突撃させているのすら見て取れた。


 完全な攻城戦と言えるだろう。


 人々は籠城しているのか、打って出ている部隊は無さそうだった。

 ただ、矢を雨のように降らせていることから、まだ内部へは怪物の侵入を許していないようだ。



 ドォォォォォン



 突然、である。


 雷雲も無い青空なのに、突然巨大な落雷が怪物の群れに降り注いだ。


 直撃した部分は円形に怪物が消し飛んでいた。

 きっとこれが、黄昏の占術師による攻撃術なのだろう。


 とんでもない威力だ。


 だが、その穴も次々と雲霞の如く押し寄せる怪物たちで、すぐに埋められてしまう。

 多勢に無勢とは良く言ったものだ。


 怪物たちも負けじと城壁を登ろうとしたり、火矢を射かけたりしていた。

 数は少なそうだが、飛べるものたちは空中から何かを街の中へ投げ込んでいる。


 それは街のあちこちから火が出ていることからも、大いに効果を上げているように見えた。


「ひどい……」


 いつの間にか、俺の後ろに女性陣が集まって街の惨劇を見つめていた。


 ラスターの介抱もしてやれよ……


 そう思った時、ガクンと急激に馬車の速度が落ちる。

 支援術の効果が切れたのだろう。


 やばい、馬たちが息も絶え絶えだ。

 そう言えば、俺も支援術が切れた時に凄まじい疲労に襲われたっけ。


 俺は止む無く馬車を止めた。

 これ以上は馬が死んでしまう。


 だが、まだ街までは結構な距離を残している。

 どうしたものかと思った時、馬の首を優しく撫ででいるフランが視界に入った。


「そうだ。なぁフラン」

「なぁに?」

「攻撃術の射程距離ってどんくらいあるんだ?」

「視界に入ればどこでもいけるかも」

「えっ!?」


 これは想定外。


「ただ、遠いほど集中力が必要になっちゃうの。威力を上げる場合も同じ」


 ほうほう、なるほど。


「じゃあ、最大威力、最大範囲、遠距離でここから敵に放つってのは出来そうか?」

「まっかせて!」


 ドンと自分の胸を叩くフランが、異様に頼もしく見えた。

 その後にゲホゲホとむせっているのは残念だが、それくらいはご愛敬だ。


「よーし! フラン大先生! 南門の怪物たちに一発デカいのをやっちゃってください!」


 俺の言葉に気を良くしたのか、フランは得意のドヤ顔腕組みエッヘン仁王立ちで前に出た。

 南門を指定したのは、正面に見えることと、南北の門がこの街で一番大きいからである。

 門が大きいと言う事は、それだけ怪物たちもそこに集まっていると言う事でもあった。


 フランはスッと目を閉じ、杖を横に構えて、いつもよりもゆっくりと詠唱を始めていた。

 その足元からは、紅き輝きが揺らめいている。

 長い金髪がふわりと舞う。

 小さなピンク色の唇は休むことなく動いている。


 紅い輝きに照らされたフランの顔が、俺にはとても気高いものに見えた。


 正直に言おう。

 見惚れてしまったのだ。



「よだれ出てますよ」


 ヤヨイがジト目で俺の尻をつねった。

 俺が痛みで声にならない声を上げた瞬間、フランの詠唱も完成していた。


 門の辺りの地面に、超巨大な紅い魔法陣が現れ、回転を始めた。

 陣に誘われるように、上空でとてつもない大きさの火球が形成されていく。


 デカすぎる!

 いったい何百メートルあるんだあれは!

 あんなもんが直撃したら街ごと消し飛ぶんじゃないのか!?


「アキト!」


 フランの叫びが俺の驚愕を打ち砕く。


「私を後ろから支えて! 制御が……!!」


 皆まで言うな。

 俺はフランの背後から抱きしめるように、フランの握る杖に俺の手を重ねた。


「思いっきり行け、フラン」

「……うん!」


 二人の力で杖を振り下ろした。


 巨大な火球が答えるかのように落下して行く。


 ズ……ゥゥゥウウン


 見事に怪物の密集地帯へ直撃していた。

 だが、見えたのはそこまでだ。

 あまりの眩しさにどうなったのかも解らない。


 そして遅れてやってきた爆風、熱風、衝撃波。

 最早目を閉じるしかなかった。


 俺に出来たのは、咄嗟に爆心地側に背を向けて、フランを庇うくらいが関の山だった。

 吹き飛ばされないようにしっかり踏ん張り、力いっぱいフランを抱きしめる。


 パラパラ……


 収まるのをしばらく待ってから、フランを抱き起こす。


「大丈夫か?」

「うん。ありがとう」

「良くやったぞ。えらいえらい」

「えへへー」


 立ち上がって街の方に目を凝らす。


 おお、なんとか街は無事のようだ。

 城壁が所々壊れている以外は。

 南門に密集していた怪物どもは、綺麗さっぱり影も形も無くなっていた。

 きっと断末魔すら上げることも出来ずに消滅したのだろう。


 成果は上々だ。


 残った怪物の群れは西門の集まり始めていた。

 何のつもりだと思ったが、どうやら西の大平原へ撤退するつもりのようだ。

 あんな大破壊を見せられては無理も無かろう。


 だが、これは絶好の機会ではないのか。


「フラン。もう一発さっきの撃てるか?」

「もっちろん」


 なんて頼もしい。


「なら、詠唱を始めてくれ。タイミングは俺の方で出す」

「りょーかい!」


 まだ大群が街に近すぎる。

 自分たちでやっておいて何だが、これ以上被害を出すわけにも行くまい。

 もう少し街から離れてから……

 しかし、あまり街から離れられると、今度は敵の隊列が長くなってしまい、有効範囲から逃れる怪物も出てくるだろう。

 匙加減が難しいところでもある。


 焦るな。

 まだ。

 まだだ。


 目分量だが、大群の中心部なら街は大丈夫だろう。


 もうちょい。


 今だ!


「フラン!」


 俺は叫びざまにフランの背後へ回り、杖と身体を支えた。


 空中に形成された火球は、先程のよりもデカい!!

 


 ズズズズズズ……


 超火球が地面と接触し、初期微動が俺たちの足元を揺らす。

 二度目で余裕もあるが、火球の大きさが半端ない。

 念のため、俺は地面にフランごと伏せた。



 閃光。

 衝撃波。

 爆風。

 巨大な鳴動。


 全てが収まって俺たちが立ち上がった時、まるで最初から戦争など嘘であったかのような静けさだけが残っていた。



 ゴン!


「痛い!」


 遅れて飛んできた岩の破片が、気絶していたラスターの頭に直撃していた。

 さぞや良い気付けになったことだろう。



 そして、この距離からでも聞こえて来るのだ。


 街の人々の歓声と喝采が。



 俺たちが南門の前まで来ると、壁上から凄まじい歓喜の声が全身に浴びせられる。


 俺が御者台から片手を振ると、一際大きい声が上がる。

 何も言わずとも門が開けられ、人々が躍り出て来た。

 老若男女、兵士も一般人も冒険者も問わずだ。

 馬車が囲まれ、動けないほどに。


 みんな嬉し泣きしている。

 感謝の言葉を言っているようだが、人数が多すぎて把握できない。


 そりゃそうだよな。

 ここしばらくずっと気の休まる暇も無かったろう。


 俺たちは、まるで凱旋した英雄のように街へ迎え入れられた。

 パレードみたいで流石に気恥ずかしい。

 活躍したのはフランだけだしな。


「アキトさーーーーん!! みなさーーーーーん!!」


 人々の歓声に混じって、俺たちを呼ぶ声がした。

 出所を探すと、眼鏡の少女がピョンピョン跳ねながらこちらへ必死に手を振っている。


 占い師のクレアだった。


 クレアは人波を掻き分け、馬車まで来ると、息を切らせながらもはじけるような笑顔を見せた。


「クレア!」

「アキトさん! やっぱり来てくれたんですね! 私、信じてました! きっと助けに来てくれるって! そして、白い馬に乗ったアキトさんが私に求婚してくれて二人は幸せに……キャッ! 恥ずかしい!」


 この子の妄想癖は、ちっとも治っちゃいなかった。

 むしろ悪化してないか?

 それに見ろよ、このフランとヤヨイとシャニィの顔を。

 般若ってのはこういう顔だぞ。


「クレア、とにかく無事で良かった。怪我とかしてないか?」

「ああっ! 私を気遣ってくれるんですね! なんてお優しいアキト様!」


 とうとう、様が付いた。

 いやそれよりも、フランたちがそろそろキレそうだ。

 だが、止めようと思った矢先に、クレアが口走った。




「そうだ! アキト様! ご領主様のお屋敷へ、私と一緒に来てください!」


「はい?」



 まさか、壊した壁の弁償をしろとか言われるんじゃあるまいな。

 

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