第五十三話 最初に向かうは三の街
俺が起きたのは、思っていたよりかなり早い時間だったようだ。
朝食の時間まではだいぶある。
俺とフランはイチャコラしながら、のんびりと顔を洗ったり着替えたりしていた。
これではまるで新婚さん状態だと思ったが、フランも幸せそうにしてくれていた。
俺も嫌な事は忘れ、平穏な気持ちで過ごせていたのだ。
ガチャ!
「…ぴこーん、ぴこーん…イチャコラレーダー探知…」
「私も参上です!」
そんな穏やかな時間も、シャニィとヤヨイが変なポーズを決めながら現れるまでの命だった
フランへの威嚇なのか、シュッシュッとシャドーボクシングを始める二人。
どう見てもアホ丸出しなのだが、可愛いから許そう。
「…アキト…フランさんにばっかり良いことしちゃダメ…」
「そうですよ! シャニィはともかく、私を構ってくれないとホモにしますよ?」
「あれあれー? 二人とも嫉妬? 昨日は私がジャンケンで勝ったんだから当然の権利だもん!」
あー、もう、静かな朝がいきなりかしましくなったじゃないか。
フランも煽らなきゃいいのに。
こんな時はこれしかない。
「ほらほら、お前たち静かにしろよー。他のお客さんたちもいるんだからな」
俺は言いながら一人ずつ抱きしめて行く。
どうよ、このこなれた感じ。
非モテから一気にモテ男だ。
散々周りから、冴えないだの、暗いだの、ぼっちだの言われてきた俺とは思えない成長ぶりだろう。
女の子たちは頬を染めて瞬時に黙りこくる。
ここまで効果覿面だと、何らかの魔力かフェロモンが俺から出ているんじゃないかと疑ってしまう。
「…抱きしめるだけじゃ嫌…」
幼女にキスをねだられるまでに至ったとは、我ながら恐れ入った。
シャニィの期待に応えてやろうと唇を尖らせた時、開けっ放しの入口から二つの視線を感じた。
片目だけでこちらを覗いているのは予想通り、リッカとミリアである。
ま、そんな事をする奴らは他にいないわな。
「あ、あの……」
「えっと、ですね……」
なんだかモゴモゴと言い難そうにしている二人を招き寄せる。
おずおずと言った感じで入ってきた。
そしてもじもじと指をもてあそんでいる。
昨日の事を思い出したのか、涙目で顔を青くしたり赤くしたりしていた。
「あの……アキト。昨日はごめんなさい!」
「私もごめんなさい! どうかしていたんですっ!」
二人が深々と頭を下げた。
「「昨日?」」
ヤヨイとシャニィが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
俺のトラウマにもなりかけた出来事を、わざわざ知らしめることもあるまい。
リッカとミリアも恥ずかしそうにしているしな。
「いや、気にしなくていい。何も無かった。いいな?」
俺の言葉に頷くリッカとミリアだったが、ヤヨイとシャニィのクエスチョンマークは増えるばかりだった。
そして何かを思い出したように、ハッとした顔でシャニィが言う。
「…あれ? アキト……わたしにキスは…?」
忘れてた。
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「おーい、みんなー! こっちだよー」
階下の食堂へ降りると、ラスターがテーブルを確保してくれていた。
彼もこの宿に泊まっていたらしい。
それにしても朝だと言うのに、昨夜以上に賑わっている。
これはいったいどう言う事なんだろうか。
「難民の数は増すばかりだね。いよいよ第三の街も危ないのかもしれない」
俺の思考を読んだようにラスターが言う。
この連中は難民だったのか。
そう言えば街にいた連中も暗い顔をしていたな。
「そんなにヤバいのか?」
「黄昏の占術師や兵士団、冒険者団が踏ん張っているお陰で、まだ陥落はしていないと聞いたよ。ただ、大群が何波にも別れて押し寄せているみたいなんだ。王都からの聖騎士団はまだ到着していない。それどころか出発すらしたのかどうかも解らない」
下働きの女の子が運んできた果汁入りの水を、ごくりと飲む。
良く冷えていて、酸味と甘みが身体に染み渡るようだ。
「そうか、聖王都もごたごたしてるって言ってたもんな」
「うん。だから戦況は、はっきり言って厳しいと思うよ。でも僕たちも王都へ向かうなら、必ず通らなきゃならない街だからね」
運ばれてきた料理を、フォークでつつきながら会話は続く。
俺は焼いた肉をムシャリと齧りながら言ってやった。
「どうせ通るなら加勢してやろうぜ」
「!?」
ラスターが目を剥くが放置だ。
「怪物だって無限にいるわけじゃないだろ? なら俺たちでぶっ潰してやるだけさ。なぁ、フラン」
「うん! 任せて!」
細っこい腕で可愛くガッツポーズをするフラン。
そして呆けた顔のラスターに、俺たちはニッと笑いながらサムズアップした。
朝食後、当面の食料などを馬車に積載し、俺たちは旅立った。
またこれからも頼むぞ。
流星号。
黒王号。
二頭の馬たちも、真の主である俺たちに再会できて嬉しそうに走っている。
途中、第二の街を通過した。
この街には、自称勇者のタクミってヤツとその一味がいるはずだが、大通りにその姿は無いようであった。
もし居たら第三の街まで連れて行って、問答無用で最前線にブチ込んでやろうと思っていたのだ。
あんなのでも一応はSRの当選者だからな。
多少の戦力にはなると思ったんだが、残念。
SRの子は、確かライムと言ったっけな。
あの子のおっぱいはでかかった。
「むぅー!」
俺のよからぬ妄想を察知したのか、フランが頬を膨らませて怒った顔をして睨んでいる。
ヤヨイとシャニィも頬を膨らませ、俺をジト目で見ていた。
可愛い!
じゃなくて、なんでバレたの!?
げに恐ろしきは女の勘なるかな。
夜営を挟んで更に北へ。
まだ第三の街からはかなりの距離があるはずなのだが、空気には焼け焦げた臭いが漂って来ていた。
風向きのせいだろうか。
目指す街の方角には、黒煙も立ち昇っているように見える。
不吉さを孕んでいる煙だ。
それを見ていると、人々の絶叫や怪物たちの鬨の声まで聞こえるような気がした。
なんとか急ぐ方法はないものか。
飛ぶ魔法とかないのかよこの世界は。
小説やゲームの異世界をちょっとは見習えよ。
魔法……か。
俺は思いついたことをミリアに聞いてみた。
「ミリア。馬に支援術ってかけられないかな?」
「えっ? お馬さんにですか? うーん、試したことは無いですね」
「やってみてくれないか?」
「え、ええ。解りました」
ミリアは御者台に行き、もごもごと詠唱する。
ゴオッ
途端に馬車の速度が豪快に増した。
馬車の振動も凄まじく上がる。
「ちょ、ど、どうなって、んだ!」
「ぜ、全部の支援術、を、かけて、みました!」
二頭を見やると、とんでもないことになっている。
馬体が異様に膨らみ、物凄い筋肉に覆われていたのだ。
ガッチガチのムッチムチ。
目付きも鼻息も荒々しい。
伝説の名馬である赤兎馬ですら、もっと可愛く見えるだろう。
これならば確かに街まではあっと言う間だ。
だが、馬車と俺たちが持ちそうにない。
なんてこった!
御者台のラスターが既に気絶済みだ! 意外にメンタル弱いな!
つまるところ、今は誰も手綱を握っていない!
息が出来ないほどの速度で、勝手に突っ走る二頭。
「ぎゃああああああぁぁぁーーーー…………」
俺たちの絶叫が、広大な荒野に響き渡るのであった。




