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第四十九話 終わりを告げた日常に


 俺たちは、ついに門を見つけた。


 ようやく帰れる。

 安堵と歓喜が全身を満たす。

 俺は、逸る気持ちを抑えつけながら頭を悩ませた。


 ラスターにどう説明したものだろうか。

 俺たちは帰るから勝手にやってくれ、なんて言おうものなら流石にキレられそうだ。

 かと言って向こうへ連れて行くわけにもいくまい。


 世話にもなったし、出来れば穏便に済ませたいところだ。


 むしろあれか、一緒に来てくれって言った方が……いや、ホイホイ着いて来そうだからやめとこう。

 ああ見えて彼は忠犬みたいな部分もあるからな……ん?

 忠犬?


「ラスター。ちょっと頼みがあるんだけどさ」


 興味深そうに床を触っているラスターに声をかける。


「なんだい?」


 屈託の無い顔で答える。

 く、マジで忠犬みたいに見えてきた。


「どうもさっきの部屋に荷物を忘れてきたみたいなんだ。すまないが取りに行ってくれないか?」


 我ながら嘘臭い発言だ。

 きっと目も泳いでいることだろう。


「そうか、わかった。僕に任せてくれ」


 彼は爽やかに請け負うと歩き去って行く。

 彼の後ろ姿に、ブンブン振られる尻尾が見えた気がした。

 多少の罪悪感を覚えるが、許して欲しい。

 ラスターの姿が完全に見えなくなったのを確認してから。


「フラン、探索してくれ。出来れば中央の石碑を頼む」

「あいあいさー!」


 どこで覚えたのか、俺に敬礼のポーズを取ってからトコトコ歩き出すフラン。


 頼んだぞ。


「みんな、いつ発動するかわからんから準備はしておいてくれ」


 全員が頷くのを確認した時。


「これかな? えいっ」


 フランの声が聞こえた。

 同時にカチリと何かのスイッチが入ったような音もする。


 もはやフランはある種の天才なのではなかろうか。

 性能は想像の斜め上を行くがな。


 ゴゴゴゴゴゴ


 床の文様が青く輝きだす。

 そして石碑の上空には黒い球体が形成されつつあった。

 ここまでは狙い通りだ。

 後は知らない世界に飛ばされないことを祈るだけ。


 球体もかなりの大きさになってきた頃。


「資格者よ……」


 部屋中に鳴り響く例の声。


 いきなり喋んな! ビビるじゃねぇか!


「己が世界を今一度見聞して来るが良い」


 俺たちはその声に顔を見合わせる。

 まるで俺たちがこっちに戻ってくるのを確信しているみたいじゃないか。

 冗談じゃない。

 俺たちは向こうに帰るためだけにここまで来たんだ。


 口を開こうとした時、身体が浮き上がった。

 黒い球体が完成したのだろう。


 その球体に飲み込まれる寸前、ラスターが部屋に飛び込んできた。

 全力で走ってきたのか、肩で息をしている。


「待ってくれ! これはいったいどうなってるんだ!?」


 こちらへ駆け寄ろうとするラスターを止めねば。


「ラスター! すまない! 王都へなんとか戻ってくれ! 俺たちは向こうへ帰る!」


 途端にラスターの顔がくしゃくしゃになる。


「だったら! せめて僕も連れて行ってくれ!」


「アンタにはまだやるべきことがあるだろう!」


 声が届いたかどうか解らない。

 俺自身も既に球体に飲み込まれた後だったからだ。



 そして全てが暗転した。




-------------------------------------------------------------------------------




 光が俺たちに戻った。

 太陽光が目に痛い。




 だが帰って来ることが出来たと言う感慨は微塵も湧かない。


 むしろ、転移に失敗したのだと確信したくなるほどだった。


 ここは俺たちが過ごしたいつもの公園に間違いはない。




 ただ。


 景色が一変している。



 ドドーン



 遠くから聞こえてくる遠雷のような音。


 破壊された遊具やベンチ。


 あちこちから立ち昇る煙と炎。



 銃声。




 絶叫。




 なんだここは。

 どこだこれは。



「アキト! しっかりしてよ!」


 フランが俺の胸ぐらを掴み、全力で揺さぶっていた。

 首がもげる!


「…ヤヨイ…これは現実…」


 シャニィはヤヨイの顔を容赦なくビンタしていた。

 ひどい!


「リッカさん! 気をしっかり持ってくださいっ!」


 ミリアはリッカの頬を左右に限界まで引っ張っていた。

 伸びちゃう!


 前後不覚になるほど俺たちは目に映るものを否定したかったのだ。



 最悪の事態だ。


 これは間違いなく、開戦している!

 


 クソッ、とうとうこの国でも始まっちまったのか!

 どこのアホ国家が攻めて来たんだよ!

 どう見ても、もう上陸されてんじゃねぇか!!



 俺の考えを肯定するかのように、右側の茂みがガサリと蠢く。

 現れたのは迷彩服を着た兵士が三名。

 いずれも小銃を構えている。


 明らかな他国語で何事か言っているが、それどころではない。

 兵士たちの頭がすっぽりと真っ黒な靄に覆われているのだ。

 顔の造形すら判別出来ぬほどの闇。


 俺はそのあまりの深淵にゾッとした。


 俺の武具の黒さは逆に安心感を与えてくれるのだが、この靄には悪意しか感じられない。



 黙っている俺たちにしびれを切らせたのか、兵隊は銃の照準を俺に合わせた。


 タタタタ


 銃から軽快な音がすると同時に、俺の腹にかすかな衝撃。

 弾は鎧を貫通するどころか、傷も付けられずポトポトと勢いを失って落下して行った。

 

 問答無用で撃たれた怒りで、俺は咄嗟に飛び出してしまった。

 盾と剣の柄で次々に兵士を薙ぎ倒していく。


 頸椎損傷くらいは覚悟してもらおう。


 気絶させた兵士の顔からは靄が離れていくのが見えた。

 顔を確認するが、やはり外国人だった。


 こんな遮蔽物の無い場所はまずい。

 狙撃兵が居たら俺はともかく、みんなが。


「いったん俺の家へ行こう。残っていたら、だけどな」


 念のため、フランにシールドを展開してもらい、俺たちは走った。

 すぐに俺の家が視界に入ってくる。


 二階建ての外観は無事なように見えた。

 焼け落ちたりはしていない。

 庭は少し焦げているが建物はしっかり残っていた。

 隣家は完全に焼失しているだけに、幸運と言えるだろう。

 住人たちが無事であることを祈るしかなかった。


 懐かしい我が家の玄関を開けて入る。

 だが、内部は荒らされていた。

 複数人が土足で踏み込んだ形跡が残っている。

 泥棒なのか、それとも侵略者なのかはわからない。

 それでも部屋を見て回るうちに、俺たちの過ごした時間が脳裏に甦ってきた。


 その間にも遠雷のような爆発音が聞こえてくる。

 爆撃でもされているのだろう。


 皆も過ぎ去った時を思い出そうとするように見回っているが、フランは茶の間で足を止め、既に涙を流していた。

 悔しさと寂しさが同時に来たのだろう。



 そうだよな。

 あの平和で楽しかった日常は、もう完全に失われてしまったんだよな。



 俺も目頭が熱くなって来るのを感じ、そっとフランを抱きしめた。

 耐えきれなくなったのか、フランは俺にしがみついてわんわんと泣き出す。

 鼻をすすったり、嗚咽したりする皆の声が茶の間に満ちた。

 全員まとめて抱き寄せてやる。


 長い旅路の果てに待っていたのがこれとはあんまりだろう。




 この時、俺は生まれて初めて、全身が燃え上がるような激しい怒りを覚えたのだ。


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