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第四十七話 驚異の尿意に恐怖する


 パッと部屋の灯りが、赤から緑がかった色に戻る。

 


「うへぇ……疲れたなぁ……」


 白い一つ目ロボを倒した俺たちは、その場にへたり込んだ。

 皆、肩で息をしている。

 すぐにフランとミリアが駆け寄って来てくれたのはありがたい。



「アキト、大丈夫? 痛いところない? あ、首を怪我してる。すぐに癒すね!」


 フランがまるで世話焼き女房みたいにチヤホヤしてきた。

 これ見よがしにヤヨイやシャニィの様子をチラチラ伺いながら、抱きつくように俺の身体の無事を確かめている。


 二人への牽制なんだろうが、あざとすぎないか。

 まるでニシキヘビに絡みつかれているような気分だ。

 

 ミリアの癒しを受けているシャニィとヤヨイは、こちらをジト目で見ていた。

 その目に宿った光が怖い。

 そのうち刺されそうだ。



 こら、フラン。

 傷を探す振りしながらキスするんじゃない。

 二人が見てる、超見てるって!


「ん……ハァ……ちゅ……」


 こいつ! 一人で盛り上がってる! 


 見るに見かねたようにザッと立ち上がった二人は、フランの身体をまるで捕獲された宇宙人のように引きずって行った。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁー……」


 フランの無念そうな声が残響音となって遠ざかって行く。


 あれは長ーい説教コースだな。

 南無。


 まだ癒しを受けていないリッカとラスターは、何故か気をつけの姿勢でうつ伏せに倒れている。


 何をしたらそのポーズになるんだ……




 俺たちはそのまましばらく休憩することにした。


 取り敢えず、皆が無事でなによりだ。

 そう思いながら、水筒の革臭い水をひとくち飲む。


 不味い。

 ポカリが飲みたい。

 こんなにもスポーツドリンクが恋しくなるとはな。


 強制的にこちらへ来てから、どれくらい経っただろう。

 まだそれほどでもないはずなのに、向こうでの日常が途轍もなく遠く感じた。

 いつか、あの日々に帰ることが出来るのだろうか。


 何となく感傷的になった俺は、皆の顔を眺めてしまう。


 普段は一人で過ごしていた俺の日常を、完膚なきまで破壊してくれたフラン。

 俺の隣でベッタリしているそのフランを見やると、もっしゃもっしゃと何かを咀嚼中だ。

 不思議そうな顔で俺を見ながら、食べる? と言った感じで食べ物を差し出してくる。

 俺が無言で口を開けると、手ごと食べ物を突っ込んできた。


 死ぬわ!


 それでも許せてしまうのはいったい何故なんだろう。

 最初は本気でうざかったのにな。


 俺に見つめられ、ニヘヘーと照れ笑いしているフランが愛しく思える。

 誰もいなかったら間違いなく抱きしめていただろう。


 今はいかん。


 俺の膝にはシャニィがくつろぎ、背中合わせになったヤヨイもいる。

 みんなまとめて抱きしめてもいいんだけどな。


「君たちは本当に仲が良いね」


 ラスターが少し羨まし気に笑っていた。


「これはきっと、俺の人徳だろう。な?」

「「「「ないない」」」」


 ミリア以外の全員に速攻で突っ込まれる。


 お前らひどい……



「それにしても、その黒い剣。すごかったわね」


 リッカがそんな事を言う。

 確かにな。

 関節部を狙ったとは言え、あのとんでもなく硬い装甲を切り裂いたのは色々おかしい。


「少し貸してもらってもいいかい?」


 ラスターが興味深そうに見ている。


「ああ」


 ラスターが柄を握ろうとしたその時。


 バチィッ


 まるで拒絶するかのように剣は火花を散らした。

 怯んだ様子のラスターだったが、再度掴もうとするもやはり火花が飛び散る。


「なんだいこれは……」

「いや俺に聞かれても……」


 盾でも試したが同じ結果に終わった。


 こうなれば、と黒い鎧もケースから取り出して着てみる。

 俺は平気だったが、ラスターは失神しかけるほどの強烈な衝撃を受けていた。

 不思議なのは俺が装備している状態なら、誰が触れても火花が出ないところだ。


「なるほど。まるで武具が君を選んだかのようだね」


 ラスターがなるべく触らないようにマジマジと見ながら言った。

 相当懲りたのだろう。


 こう言うのは俺的にテンションが上がる。

 専用装備みたいで格好いいじゃないか。


「どうだフラン。いいだろこれ」

「う、うん……」


 煮え切らない感じのフランを見やると、なにやら正座した太ももをモジモジさせていた。


「ん? どうかしたのか?」

「なんでも、ない」


 俺の脳内にクエスチョンマークが山ほど浮かぶ。


「しかし、凄い切り口ね。工業用カッターでもこうはいかないわよ」


 白いロボの残骸を調べながらリッカが言った。

 流石は工科大生。


「内部構造もすごいわ……材質すらもよくわからないくらい……」


 リッカがまるで深淵の底でも覗き込んだような顔をしている。

 余程の物なのだろう。


「フランさんどうしたんですか?」


 ミリアの声に振り返ると、フランが青ざめた顔で脂汗を流していた。

 太もものモジモジが異様に加速している。

 只事ではない雰囲気に、俺はフランの傍へ駆け寄った。


「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「アキト……耳、貸して」


 か細く言うフランの顔に耳を近付ける。


「あのね……ボソボソ……」




「なに? おしっこ!?」

「ば、バカーーーー!! うわーーーーん!!」


 顔を真っ赤にしたフランは泣きながら両手でポコポコと俺を叩いた。

 なるほど、尿意か。

 これはこれでまずいな。


 この回廊に遮蔽物は一切ないのだ。

 フランもかなり我慢していたのだろう。

 このままでは大惨事だ。

 いくらなんでもそれは可哀想すぎる。


「誰かフランを元来た道の遠くの方まで連れて行ってくれないか。視界に入らない程度に」

「は、はい。わかりました!」


 ミリアが名乗りを上げてくれたが。


「アキトがいい……目玉が出たら怖いから……」

「えぇー」


 ご指名来ちゃった。

 まぁ仕方あるまい。


「わかった。歩けるか?」

「む、無理かも……」


 なんてわがままな!


 俺は目隠し用に毛布を荷物から取り出し、フランの背中と膝裏に手を回して抱え上げた。


「わぁっ! お姫様抱っこですねっ!」


 悪気無く言ったであろうミリアだったが、ヤヨイとシャニィに睨まれていた。

 次いで二人の眼光が俺をも貫こうとする。


「緊急事態だろ!」

「…それでも許されない…」

「あとで私も抱っこしてくださいよ」


 なんてやつらだ。


 おっとそれどころじゃない。

 腕の中のフランがプルプルしている。


 俺は回廊を走り出した。


「ア、キ、ト、揺らされ、ると……」

「下っ腹に気合を入れるんだ!」

「う、うん」


 フランは俺の首筋に顔を埋めるようにしがみついた。

 なるべく振動を与えないように、全力で急ぐ。


「この辺りならいいだろう」


 部屋への入口が小さくなったころ俺は足を止めた。

 そして、そっとフランを降ろす。


「ほら、毛布で隠せ」

「うん……ありがと」


 背中にそっと毛布をかけてやった。


「じゃあ、俺は離れてるから、終わったら呼んでくれ」

「えっ? こんなところで一人は怖いよ……」

「だってこんな近くじゃ聞こえちゃうぞ?」

「へ、変態! せめて耳塞いでよ!」

「あーもう、わかったわかった」


 俺は耳を塞いで後ろを向いた。

 それを確認したフランがモゾモゾとする。

 下着を下ろしているのだろうか。



 なんかこれマジで変態っぽくね?


 なんだか俺までソワソワした気分になってきた。


 しかも、耳を塞いでいるのにちょっと聞こえちゃってるよ!


 小さい水音につい意識が行ってしまう。


「アキト。そこにいる?」

「おう」

「聞こえてるじゃない! 変態!!」


 すまん。

 つい出来心だ。


「帰りも抱っこしてやるから許してくれよ」

「ホント? やった! 来るときは必死だったから、うれしい!」

「終わったんならさっさとパンツ穿けよ」

「いやぁぁーーーー!! 見ないでーーーー!!」


 ぎゃあぎゃあ喚くフランを強引に抱っこすると、途端に静かになった。


「じゃあ行くぞ。お姫様」

「……うん」


 少し幸せそうな顔をしたフランが、楽しむように目を閉じた。



 俺が歩きだそうとした時、前方から呼び声が聞こえた。



「おーーい! アキト! 部屋の奥に通路を見つけたぞー!」



 ラスターの声に俺とフランは顔を見合わせたのだった。  

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