第四十話 真の勇者は俺だった!?
出発してからしばらく経った。
今のところは順調に来ている、と思う。
だだっ広い平原で隠れる場所も無いが、遠くまで見渡せるぶん怪物が来ても見つけやすいわけだ。
そろそろ一度馬を休ませよう。
俺は馬車を止め、飼葉と水を桶に入れて二頭に与える。
「みんなも少し休んでくれ」
そう声をかけると、各自思い思いに休憩を取り始める。
俺も革の水筒から水をグビリと飲んだ。
正直革臭い。
竹でもあればもうちょっとマシな水筒になるんだがな。
ラスターも水を飲みながら周囲を警戒している。
彼の顔を見ていると、俺は思わずあのきつい鍛錬を思い出してしまう。
なるべく短期間で一人前にしてくれなんて無茶を言った俺も悪いのだが、爽やかな顔で容赦のないラスターにかなり辟易した。
情けない話だが苛烈すぎて、俺もリッカも何度吐いたかわからない。
それなのに、未だに一対一だとなかなか一本を取れないのだ。
全く、何者なんだ……?
敢えて素性を深く確かめてはいないのだが、やはり気になる。
ま、素性を明かしていないのはお互い様なんだけどな。
一応、今のところは悪い奴ではないと思ってはいる。
それにしてもコイツの剣技はどこかで見たような気もするんだがなぁ。
どこだっけな……
俺の思考はそこで断ち切られた。
「ん?」
なんか首筋がピリっとしたぞ。
「上だ!」
指さすラスター。
上ぇ!?
やばい。もう見つかったか。
思ってたより早いな。
バッサバッサとでかい鳥のようなものがこっちに近付いてきている。
コウモリのような羽、赤い巨体、いかつい顔、鱗に覆われた爬虫類みたいな全身。
ちょ、まじかよ。
嘘だろ?
「ドラゴン!?」
まだ距離はある。
俺は急いで桶を片付けて御者台に飛び乗った。
全員が乗っているのを確認し、すぐさま馬車を出す。
逃げきれると良いのだが……
ゴオッ
馬車の左側の下草が燃え上がる。
「ブレスか! やべぇ!」
驚いた馬が左右によれるのを御しながら、尚も走らせる。
「アキト! 右へ切って! ブレスがくるわよ!」
ハハハ、リッカのヤツ、女の子口調にだいぶ慣れてきたようだな。
ってそれどころじゃない! 右へ!
グイッと手綱を引く。
ゴァッ
ギリギリ躱した。
「あれは……前脚が無い……」
ラスターの声か。
「ワイバーンだ!」
ワイバーンかよ。
ゲームの中だと結構強かったぞ。
ドラゴンじゃないだけマシと思えってか!
「いかん! 追いつかれる!」
ラスターの割と切羽詰まった声。
くそ、やるしかないか。
だが空中の怪物をどうやって……
わかってるわかってるって。
ちっ、あんまり目立ちたく無かったんだが仕方ない。
他に気付かれないことを祈ろう。
「フラン! 特大のを一発かましてやれ!」
「かしこまりぃ!」
ドンと屋根のない御者台に雄々しく仁王立ちするフラン。
スカートが風でベロベロめくれているが黙っておこう。
しかもちょっと揺れと風でよろけてる。
俺はフランの脚を片腕で抱えてやった。
すべすべで柔らかい。
「あん、エッチ」
「アホー!」
もごもごと詠唱を始めるフラン。
ふと見上げたその顔は色々吹っ切れたようにスッキリとしたものだった。
いつもよりも長い詠唱が完成し、高々と杖を掲げる。
ズゴォン
ワイバーンの全身を覆うほどの巨大な火球が轟音と共に直撃していた。
その火球は竜の身体を全て焼き尽くすまで上空にとどまり続けている。
なんだこの術……すごくね……?
だいぶ離れたというのに、もの凄い熱量が伝わってきた。
灰すら残さず焼いた後、ようやく消えたようだ。
「ふぅ」
フランが小さく息を吐く。
そのまま俺の隣にペタンと座った。
「……とんでもない術だな」
「すごかった? 偉い?」
俺は無言でフランの頭を抱き寄せた。
これでもかと言うくらいなでてやる。
ガチで凄かったしな。
「エヘヘー」
満足そうに笑っている。
ご褒美のキスは? みたいな顔を近付けるのはやめて。
どうしようか迷った時。
「コホン。 邪魔をするよ、お二人さん」
わざとらしい咳ばらいをしつつ、ラスターが後ろから声をかけてきた。
マジで邪魔です。
「フラン嬢にお聞きしたいのだが、今のはもしかして攻撃術なのかい?」
「はい? そう、ですけど」
「……それはすごい……もう攻撃術を使える者はほとんど居ないと思っていたよ」
えっ!? そうなの!?
何この『今明かされる真実』みたいなの。
ラスターの愕然とした感情が俺にまでうつった。
「ん? と言う事は……君はSSRなのかい!?」
驚愕しているラスターをよそに、フランが俺の顔を無言で見つめている。
話してもいいかの確認だろう。
ラスターは感付いているようだし、世話にもなった。
隠しても仕方あるまい。
俺も無言で頷いてやった。
「はい」
「……そう、か……つまりアキト。君がフラン嬢の当選者?」
「そうだ」
「なんと言う事だ……」
「ちなみにシャニィとミリアもSSRで、ヤヨイとリッカが当選者だ」
「!!??」
あ、ラスターが白目を剥いた。
戦闘だと動じないくせに意外と面白いヤツだな。
馬車を止め、リッカとミリアがラスターの介抱を始めた。
俺もさすがにここまで驚かれるとは思っていなかった。
しかし、そうか。
第三の街であれほど冒険者がいたのに、魔術師風の連中がいなかったわけだよな。
フランは名実ともにレアなんだなぁ。
じっとフランを見つめてみた。
美味しそうに何かの果汁を飲んでいる。
こんなアホの子がねぇ……
数々のアホ行動が脳裏を駆けて行った。
俺の視線に気付いたフランは、何を勘違いしたのか目を閉じて唇を突き出してきた。
無言でデコピンして泣かせておく。
そういうのは人目のないところでしてくれ。
ほら、ヤヨイとシャニィが睨んでるじゃないか。
べ、別に怖いわけじゃないからねっ。
「……う、うーん」
ようやくラスターが目覚めたらしい。
リッカに頭から水をかけられていたのが効いたか。
お気の毒。
「ハッ!?」
はじかれたように飛び起きると、俺たちに向かって片膝をついた。
「……アキト様、フラン様、そして皆様! 貴方がたこそ真の勇者です! 是非この世界をお救いください!!」
…………普通に嫌なんですけど。




