第四話 こっちの世界も謎だらけ
「だぁあー! 行かねぇつってんだろおおお!」
「お願いお願いお願いーーーー!」
朝っぱらから掴み合い。
コイツが来てから数日間、ずっとこんな調子だ。
トイレに篭ろうが、風呂に入ってようが、お構いなしのお願い攻撃。
正直、疲れる。
良く考えてみろ、聞けば不便そうな世界だ。
そんなところに、この生温い人生を送ってきた俺が行けると思うか。
そもそも俺が行ってどうにかなる世界なら、他の誰かがとっくにクリアしているはずだ。
電気もネットも無いような世界に誰が行くか。
ああ、行かないとも。
「いーこーうーよー! いーこーうーよー!」
と、寝転がって暴れるフランを放置して、いそいそとネットでニュースをチェックする。
何か面白い記事は無いですかね。
ニュースサイトの一番上に、奇妙な見出しがあった。
『奇怪な生物の目撃情報多発! 一部被害者もいる模様』
ほー、こっちの世界もなかなか剣呑じゃないか。
向こうの世界は怪物だらけと聞いたが、こっちも負けてないな。
世界は広い。
まだまだ未発見の生物くらいいるわな。
国内のニュースってのは、ちょっと気になるが。
そう言えば、一時期『ヒトガタ』なんてのが居るって噂もあったな。
あんなのが現れたらチビる自信がある。
フランは俺に、そんな化物たちと戦えって言ってる訳だろ?
そんなもんと出会ったら、全力で脱糞するわ。
ふっと息を吐き、何気なく窓の外を見やる。
良い天気だなぁ。
「ブッ!」
俺は吹き出すと同時に、椅子から転げ落ちた。
「フランさんフランさん! なんですかあれ!!」
俺は思わず敬語になり、フランの頭を鷲掴みにして揺さぶった。
暴れ疲れて半分寝ていたフランは、よだれを垂らしながらフガフガ言ってる。
コイツ……肝心な時だってのに役に立たねぇー!
窓の外には遠目にしか見えないが、黒くモヤモヤした細長いモノが、のんびりと視界を横切っていく。
まるで真っ黒な龍か蛇だ。
それに、この距離であの長さと言うのは……かなり巨大なのではなかろうか。
いったい何なんだあれは。
目をこすりながら、フランがようやく起きてきた。
俺が見てるモノを見たフランは、「なにあれ?」と欠伸をしながら言う。
一瞬ずっこけそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
こんなお約束には負けないぞ!
「お前も知らんのか!」
「アキトが知らないのに、私が解るわけないじゃない。こっちの世界のことはある程度しか知らないしね」
「そりゃそうだ……じゃあ、向こうから来た怪物ってのは有り得ないのか?」
「さぁ? 有るかもしれないねー、私はあんなの見たことないけど」
うーむ。
どうせ考えてもわからん。
煙か何かだと思うことにしておこう。
とは言え、この国で何かが起き始めているのは確かだ。
ここ最近、飛躍的に怪事件が増えた気がする。
それも世界規模で。
例を挙げれば、それこそ枚挙にいとまもないが、謎の失踪事件に始まり、凶悪犯罪者の劇的増加、果ては先程の奇怪な生物事件に至るまでだ。
自分には関係ないと思っていても、やはりザワザワしたものを感じてしまう。
頼むから平穏でいてくれよ。
俺は静かに暮らしたいだけなんだ。
俺の苦悩を余所に、またスヤスヤと眠り始めたフラン。
その能天気で幸せそうな顔を見ていると、何もかもがバカバカしくなって、気が晴れるのであった。