第三十八話 出来ることなら断りたい
俺たちは村の少し手前で馬車を止めた。
煙は出ていないが、建物は大半が壊されているように見える。
視界に入る限りでは、村内にもその周りにも怪物を視認できない。
だが、見えていないだけかも知れなかった。
念のため手早く武装する。
そして慎重に馬車を村の入口まで寄せた。
「シャニィとヤヨイは馬車で待機。俺たちは村の中を確認しよう」
俺とフラン、リッカとミリアで左右に分かれて探索を開始する。
やはり建造物は壊滅状態だった。
村の端まで歩いてから、倒壊した建物内部を覗いて回る。
おかしい。
誰もいない。
地震でも発生して皆逃げたんだろうか。
それにしたって人っ子一人いないと言うのは……
既視感を感じる。
前にも同じような村を見た。
いったい何が起こっているのだろうか。
一旦、リッカたちと合流しよう。
村の中心部にある井戸端に二人はいた。
「ダメだ。一人も住民はいないみたいだ」
「こっちもだ」
「ところでフランはどうしておんぶされているんだい?」
「さっき転んでな。痛くて歩けないって言うから……」
「あらあら。膝を打ったんですね。今、癒しをかけますので」
「いらないです」
「「「えっ?」」」
わざとか……そういやコイツ、自分で癒せるよな……
「取り敢えず馬車に戻ろう。ヤヨイたちも心配だしな」
「へぇー」
「な、なんだよ」
「いや、別にぃ」
まさかリッカに見られていたとかじゃあるまいな。
ドギマギしているのを悟られないように、俺は先頭を切って歩き出した。
「アキトさーんおかえりなさーい」
ニコニコしながらヤヨイがこちらに手を振っている。
「へぇー……」
すぐ後ろからリッカの少し恨みがましい声が聞こえた。
地の底から響いているような声だ。
怖ぇよ。
俺の背から渋々降りたフランが、ミリアの癒しを受けている間に地図を広げてみる。
うむ、さっぱりわからん。
まず縮尺が解らない。
距離も解らない。
地形も怪しい。
わかるのはなんとなくの方角だけ。
彼方の回廊とやらは、本当に彼方らしい。
やばい、だんだん面倒臭くなってきたぞ。
俺のくだらない思考をヤヨイの声が打ち消してくれた。
「アキトさん! 土煙が見えるってシャニィが!」
馬車にいるヤヨイが東の方を指さしているが、俺の目に土煙とやらは見えない。
どんな視力をしているんだシャニィは。
まさか怪物の大群じゃないだろうな。
「みんな、馬車に乗ってくれ。いつでも出せるようにしておこう」
全員が乗車するのを確認し、東へ目を凝らす。
確かに見えてきた。
あれは……馬?
当り前だが、馬上には人が乗っている。
その後方にはもっと大きな土煙。
どうやら多数の馬のようだ。
不思議なのは俺たちの方に向かってきているわけではないこと。
近付いてくるにつれ、姿がはっきりしてきた。
先頭の馬上に居るのは完全武装した冒険者か騎士に見える。
問題は後方の馬群。
姿は馬なんだが…………顔だけが人間だ!
「キモッ! なんだありゃ!?」
「あれはケンタウロスです!」
ミリアの声に我が耳を疑う。
ケンタウロスってあんなのだっけ!?
俺の知ってるケンタウロスはもっとこう、格好良かった気がするぞ。
普通は上半身が人間で、脚部は馬とかだろうに。
よりによって顔だけ人間て。
悲惨すぎるだろ。
しかもその背にはオークが乗っていた。
なんかオークにしてはデカくね?
「ハイオークのようですね」
俺の思考を読んだかのようにミリアが言う。
と言う事は、あの鎧の男は追われているんだろうか。
必死に拍車をかけているところを見ると、間違いないだろう。
馬もつらそうだ。
「俺たちはどうするべきだと思う?」
皆に問う。
「俺個人の意見は、関わり合いにならず先へ進む、だ」
「私は助けてあげたいと思います」
ミリアは優しいなぁ。
さすが慈悲深き司祭様。
「お前らも助けるほうか?」
頷く女性陣。
多数決で完敗だ。
うちの女神たちに感謝しろよクソ野郎。
俺は御者台に乗り、手綱を振るった。
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奴らの進行方向に回り込み、馬車を降りる。
くそ、こんなことならポールウェポンも買っておくんだったな。
長物の武器があれば馬の相手もしやすいのに。
そうだ、アホっ子にも忠告しておかんとな。
「フラン、攻撃術は使うなよ。あれは目立つからな」
「えぇー、一発で終わるのにー」
「アホー! 大群が気付いてこっちに来たらどうすんだ!」
「あ、そうよね!」
全く何も考えていないあたりがフランらしい。
「よし、馬車から離れて、と」
先頭の鎧の奴も俺たちに気付いたようだ。
少しこちらに方向を変えてきた。
「助太刀するぞ!!」
「感謝する!!」
鎧の男とすれ違いざま言い合う。
「みんな、無理はするなよ!」
迫るケンタウロスの馬群。
先頭のオークはちょっと立派な装飾品を付けていた。
隊長なのかもしれない。
俺はその隊長が乗るケンタウロスの脚を狙って。
一閃。
前のめりに転がって行く隊長とケンタウロス。
よし、次だ。
機動力さえ無くなればいい。
俺とリッカが馬の脚を次々切り捨てる。
落馬したオークたちはヤヨイとシャニィに任せよう。
きっと喜んでボコボコにするはずだ。
フランとミリアは離れて待機させている。
必要に応じて支援と癒しをもらうためだ。
「すまない。助かったよ」
気付かぬ間に、鎧の男が俺の横に立って剣を構えていた。
そして素晴らしい剣捌きでオークもケンタウロスも屠っていく。
正規の剣術を修めているのだろう。
修練に裏打ちされた、見事な立ち回りだった。
時々自分の脚を斬りそうになる俺とは大違いだな。
しばらくすると、残った連中は散り散りになって遁走していった。
ふぅ、と一息つく。
隣の男も同様だった。
男、と言ったが、声から推測しているだけだ。
顔も兜で見えていない。
「みんな無事か?」
辺りを見回すと、全員ちゃんと揃っている。
怪我人も無しだ。
「本当に感謝するよ。僕の馬は既に限界だった」
黄色っぽい鎧の男が兜を外しながら言った。
金髪が風で流れる。
「僕の名はラスター。故あって、旅をしている」
こりゃまた随分と爽やかイケメンが出てきたもんだ。
年のころは二十代後半くらいか。
一通り自己紹介を終え、ラスターに質問してみる。
「ラスターさん。貴方はどうして追われていたんですか?」
「ラスターでいいよ。敬語もいらない。堅苦しいのは苦手なんだ」
ニッと笑うその顔の爽やかなこと。
「怪物の大群が西に集結していると言うのは知っているかい? その斥候隊と出くわしてしまってね。僕はどうも方向音痴なようで、自分がどっちに逃げているのかもわからずこんなことになってしまったんだ」
この人も残念な弱点持ちなのか……
「女性が多いようだけど、君たちは冒険者なのかい?」
「はい。俺たちも訳があって旅をしています」
「敬語はいらないと言ったよ」
年上にタメ口をきくのはあんまり好きじゃないんだがなぁ。
まぁ、本人の意向なら仕方ないか。
「君たちはどこへ向かうんだ?」
「西の方へ」
まだ彼の素性が知れた訳じゃない。
情報を小出しにして様子を見ているのだ。
意外と慎重だろ?
「……そうか、西か。ならば僕も一緒に連れて行ってくれないか? ……一人だとどこへ辿り着くかわからないんだ」
「えぇー」
俺のハーレム、じゃなくてパーティーに男が入るのかよー。




