第三十六話 噂が耳を駆け巡る
俺たちは命からがらダンジョンを脱出し、逃げるように街へと帰還していた。
さすがに最高位の不死王と、一戦交える気にはならない。
倒す理由もないし。
なんせ良い人? っぽい感じだったからなぁ。
べ、別に、逃げた言い訳じゃないんだからねっ。
水晶玉にする分をクレアに渡し、残った方を宝石業者に売った。
交渉はSSR三人組に任せたのだが、意外や意外、それなりの金額になったようだ。
ミリアに借金を返そうとしたら断られたが、それならばと、強引に胸元に突っ込んでやった。
俺の手が敏感なところを掠ったらしく、のけ反ってビクンビクンしている。
我がパーティー唯一の良識人であるミリアまでもが変態なのか……?
クレアの話では、水晶玉の研磨に数日かかるとの事だ。
なので、俺たちは英気を養うことにした。
あっち側の世界も気になるが、焦っても仕方がない。
休める時に休んでおこう。
決してサボりじゃないぞ。
しかし、どうにも街の様子がおかしい。
大勢の兵士や騎士が、慌ただしくも整然と行き来している。
その表情も険しいもので、只事ではない雰囲気を漂わせていた。
荒くれの冒険者連中も駆り出されているようだ。
俺たちが留守にしていた間に何事かあったのだろうか。
危うく死にかけた挙句、疲れ果てていた俺たちはそんな事に気を割く余裕はなく、早々に宿へと引っ込んだ。
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カーンカーンカーンカーンカーン
けたたましい鐘の音が俺の睡眠を妨げる。
その尋常ではない鳴らし方に、ガバリと身を起こした。
まだ辺りは暗い。
夜明け前か。
ムニィ
手に異様な感触を持った、不定形の物体が触れた。
「あん」
なんか聞こえた!!
慌てて毛布を剥ぐ。
なんと、下着姿のリッカとヤヨイが、俺のパンツを脱がそうとしているところじゃないか!
「どわぁ! 何やってんだお前ら!!」
「「チッ」」
「チッ!?」
異様な物体は、どうやらリッカの胸だったらしい。
それはいいんだが。
ベッドの隅に、これまた下着姿のシャニィが正座していた。
「お前まで何をやってるんだ」
「…順番待ち…」
「なんの順番!?」
「この鐘は何の騒ぎなんだ? 火事か?」
未だに鐘は鳴り続いている。
その中に、人々の喧騒も入り交じっていた。
窓から外を見れば、灯りを持って走り回る人影も見える。
「ちょっとちょっと! 大変よ!」
勢い良く、フランが寝巻姿のまま部屋に飛び込んできた。
これはまずい!
まだみんな裸だ!
「あーー! 何やってんのよアンタたちーーー!! うわーーーーん!! アキトのバカーーーー!!」
やっぱりな。
こう言うオチだよな。
まだメソメソしているフランに何が大変なのかを問う。
「……あのね……グスッ……西の方から怪物の軍勢が来てるって……」
「おいおい、まじかよ……」
「でも、今来ているのは斥候部隊らしいからそんなに数はいないって……」
「なるほど」
この街の騎士や兵士は、統率がきちんと取れているように見えた。
練兵もかなりおこなっているらしく、集団戦ではよほどの相手でない限り負けることは無いだろう。
いざとなれば屈強な冒険者たちも戦力になるはずだ。
今のところ俺たちには関係ないな。
「よし! 朝までもう少し時間がありそうだ。みんなで一緒に寝ようか!」
「「「「はーい」」」」
「あれっ!? ここは断るオチじゃないの!?」
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朝になり、朝食を求めて階下の食堂へ。
既にかなりの人数でごった返している。
何とか席を人数分確保し、焼き立てのパンを頬張っていると、他の連中の会話が耳に入ってくる。
「夜中の偵察にきてた怪物な。何匹か取り逃がしたって聞いたぞ」
「失態じゃないか。騎士団は間抜け揃いか?」
「遥か西の街が壊滅したらしいぜ」
「とんでもない数の怪物が集結してるって話だ」
「そりゃデマだろ」
「既に戦争になってるところもあるぞ」
「英雄はなにやってんだ」
「王が自ら動くとか……」
「都市同士で……」
「いや、七騎士の……」
「災厄が……
「…………」
様々な噂、流言、そして事実が飛び交っている。
とは言え、真贋を確かめる術は無く、数々の情報も耳を通るに任せるほかなかった。
ただ、暗い気配がこの世界を覆っていることは明らかだ。
俺が思っていた以上に状況は悪いのだろう。
勿論、最優先すべきは向こう側へ一刻も早く帰ること。
……だったんだが、向こうへ帰ることが出来たとしても、戦争はどうする。
世界中に広がった戦禍は、最早個人レベルで止めることなど不可能だ。
ただ、こちらへ来てからまだ日は浅いが、この神秘と冒険に満ちた世界も好きになってきていた。
自堕落に生きるなら、断然便利な向こう側なのだが、退屈せずに命懸けで生きるこちらも悪くないんじゃなかろうか。
おっと、いかんいかん、これじゃフランの思う壺だ。
SSR当選者とは言っても、災厄を滅することなど俺には出来そうにない。
出来るもんなら救ってやりたいけどな、どちらの世界も。
「アキト? ボーっとしすぎよ。ほら、口の周り汚れてる」
フランが拭ってくれる。
お前は世話焼き女房か。
確かにとりとめのないことを考えすぎていたな。
「まだ汚れてる。ちょっと見せて」
「ん?」
「チュッ」
ガタガタガタン
怒気と共に椅子を蹴倒して立ち上がる音が三つ。
ヤヨイとリッカ、それにシャニィの目が怒りで輝く。
全身から陽炎のようなオーラが溢れている。
当のフランはそっぽを向いて、音の出ていない口笛を吹いていた。
こいつ絶対わざとやってるだろ。
多分、夜中の復讐だな。
どう収拾しようか悩んだその時。
「アキトさん! アキトさーーーーん!!」
周囲の喧騒を押しのけるような声が聞こえた。
テーブルの間を泳ぐように掻き分けてくる人物は、クレアであった。
「よかった! ここにいたんですね! …………なんです? この雰囲気……まさか私が来たせいで険悪に!? ごめんなさい生まれてきてごめんなさい! 今すぐ暴走馬車に轢かれて死にますから!!」
「落ち着けぇ!」
俺の隣に座り、お茶を飲んで一息ついたクレアが、こう切り出した。
「あのですね。怒らないで聞いてほしいんですけど、家の倉庫に水晶玉の予備を見つけまして……」
「だらぁぁぁぁ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
俺はクレアのスカートを全力で捲り上げ、頭上で縛ってやった。
巾着の刑である。
パンツ丸出しで反省しろ。
「「「「「……鬼畜……」」」」」
黙らっしゃい!
いったい何のためにわざわざダンジョンまで行ったんだ!
まぁ軍資金が確保できたのはラッキーだったけどな。
女性陣の手によって解放されたクレアはブツブツと恨み言を呟いている。
しばらくは「パンツ占い師」として名を馳せるであろう。
「じゃあ、早速占ってくれよ」
「……ブツブツ……あ、そうでしたね!」
ドンと勢いよくテーブルに水晶玉を置くクレア。
衝撃で食べ物や飲み物が水晶玉にかかる。
商売道具なのに扱いが雑!!
しかも既にトランス状態なのか、気にもせずそのまま占いを始めた。
探せば他にもっとマシな占い師がいたのではなかろうか……
もにょもにょと唱えていたクレアが顔を上げる。
「出ました! アキトさんが目指すべきは、『彼方の回廊』! 向かうべきは、西! です!」
「「「「「「西!?」」」」」」
よりによって、怪物の大軍勢がいる西かよ!!




