第三十一話 初めてのキスは星空で
俺たちは歩いた。
歩いた。
歩きまくった。
夕闇が覆うまで!
「なんか思ってたのと違----う!!!」
野営の準備を始めたころ、俺は思わず叫んでしまった。
ペイッと脱いだ鎧を投げ捨てる。
「どうしたのよ、急に」
「どうしたもこうしたもあるかー! 一日歩いて敵の一匹も出ないってなんだー!」
「順調でいいじゃない。まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いてよ」
フランが俺の腕にしがみつきながら、お茶の入ったカップを渡してくる。
アピールのつもりだろうか、必要以上に胸を押し付けてきた。
うむ、これはこれでいいんだ、が……
ヤヨイとリッカも目を光らせながら、ジリジリと近付いてくる。
や、やめろ……
ヤヨイが前から、リッカが後ろから飛びかかってきた。
ゴリゴリィ
「ぎゃーーーー! リッカァァァ! 鎧! せめて鎧を脱げぇぇぇぇ!!」
「あらあら、アキトさんモテモテですねっ」
「ミリア! リッカをなんとかしてーー! 背中が削れるぅぅぅ!」
「私も入れてください。えいっ」
「ぎゃーーー!」
「…むふふ…」
シャニィに至っては、何のつもりか俺の股下に潜り込んでいた。
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手分けして薪になる乾いた枝を集め、火打石で火をともす。
これが意外に難しい。
時間もかかる。
百円ライターの有難味を、こんなところで感じるとは……
辺りは既に暗闇だ。
そしてかなり肌寒い。
火がこんなに暖かいなんてなぁ。
しみじみと炎を見つめる。
シャニィとヤヨイが自分の定位置はここである、とでも言うように、俺の膝の上と背中を占領していた。
寒いから丁度良い。
夕飯はミリアとフランが用意していた。
鍋で温めたスープ。
焚火で炙った干し肉と、とろけ始めたヤギの乳のチーズ。
それを、これまた炙ったパンに挟む。
熱いうちに頬張ると、身も心も温まっていく気がした。
シャニィは俺の膝の上に乗ったまま、むぐむぐと美味しそうに食べている。
愛い奴め。
「ほら、シャニィ、こっち向け。ほっぺがチーズまみれだぞ」
俺が拭いてやっていると、ミリアが微笑ましそうに言った。
「まるでお母さんみたいですねっ」
「……せめてお父さんにしてくれ……あと、その例え、地味に効くからやめて」
夕食後、ほどなくしてシャニィがうつらうつらし始める。
小さい分、俺たちより歩数が多かったからだろう。
「シャニィ、眠いなら横になれよ」
「…んー…」
膝から降ろそうとすると、ガシッとしがみついてきた。
まぁいいか、眠ってから降ろそう。
見れば、ミリアもリッカの膝枕で寝息を立てていた。
大きな耳のついたミリアの頭を、愛おしそうに撫でているリッカ。
時折、その動物のような耳がピクピク動く。
いいなぁ、俺も後で撫でてみよう。
フランとヤヨイも少し眠たそうに、俺の両脇でそれを見つめていた。
「お前たちも眠っていいんだぞ」
「そうですね……私、毛布を出してきます」
ヤヨイが配った毛布を被り、寝息を立てているシャニィを起こさないように降ろそうとしたが、ガッチリと俺の服を握っている。
俺は諦めてそのまま仰向けに寝転んだ。
毛布にくるまったフランとヤヨイが、俺の両腕に身を寄せてくる。
疲れてはいるが、なかなか寝付けない。
目を開ければ、夜空に満天の星々。
当り前だが、知っている星座が無いことに驚く。
本当に別の世界に来てるんだな。
パチパチと爆ぜる焚火の音と、みんなの寝息。
感傷に浸っていると、フランが小声で話しかけてきた。
「アキト……起きてる?」
「……ああ」
「…………ごめんね」
「なにがだよ」
「私のせいでこっちへ来ちゃったこととか……他にも色々迷惑かけちゃったりしたから……」
「そんな事か。長い付き合いだしな、お前のアホっ子ぶりにはもう慣れたよ。……まぁ、なんだかんだで楽しかったし、気にすんな」
「…………うん……アキトは優しいね…………ずっと……ずっと……駄目な私を、見捨てないでいてくれたよね……」
「声が変だぞ…………泣いてんのか?」
首だけを横に向けると、フランの大きな青い目に涙が浮かんでいた。
天空の星たちが、その目の中で瞬いている。
決意を秘めた瞳に、吸い込まれそうだ。
「……アキト…………私は……あなたが、大好きです……」
フランの微かに震える瞼が、静かに閉じられた。
俺も目を閉じ、フランの顔へ唇を寄せる。
そっと口付けした俺たちの上を、流星がひと粒、フランの涙と共に流れて行った。
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翌朝。
俺は早くから起きだし、消えてしまった焚火に火をつけ、朝食の準備を始める。
そうだよ。
寝不足だよ。
言わせんな。
簡単な朝食が出来上がるころ、モソモソとみんなが起きてきた。
慣れない野営でみんな寝不足だろう。
「おう、みんなおはよう」
「……お、おはよう……エヘヘ」
フランがはにかんでいた。
なんだかいつもより可愛く見えるから困る。
まぁ、正直照れるよな。
俺もなんだか顔が熱くなってきた。
「……お……おはよう……ござい、ます……」
「……お、お、おはよう。い、い、いい天気だな」
ヤヨイとリッカがキョドってるのはなんなんだ。
ミリアとシャニィは、そんな俺たちを見てキョトンとしている。
シャニィをいつものように膝に乗せ朝食を食べ始めると、フランがそっと寄ってきて、俺の肩に頭を預けた。
こいつにしては珍しく慎ましやかだ。
そして意味有り気な視線を、リッカとヤヨイに送っていた。
「「!!??」」
電流を浴びたように、二人はやおら立ち上がると、俺の方に全力で近付いてくる。
「ア、ア、ア、アキトさん! あーんしてください! 私が食べさせてあげます!」
「は、早く口を開けるんだアキト! 私の分も食べさせてやる! ほら、あーーーん!! なんなら口移しがいいか!?」
こいつら目がイッてる!
二人は俺の口を無理矢理こじ開け、パンを強引に詰め込んでくる。
なんとか咀嚼し、詰まりそうになるのを水で流し込む。
「ハァハァ……殺す気かっっっ!!!」
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荷物をまとめ、武具を装着して俺たちは歩き出した。
出来れば今日中に次の街へ。
茂みの多い荒れ地に伸びる街道をひた歩く。
太陽が中天に達するころ、ようやく、街へ到着した。
最初の街よりはこじんまりとしているものの、活気はあるようだ。
街の中心部に、大きな建物がある。
宿屋と酒場、それに食堂を兼ねているらしい。
「取り敢えず、水と食料の補給をするとして、これからどうしようか。先へ進むか、今日は休むか、だな」
「あっ、乗合馬車があるみたいよ。三つ目の街まで行けるみたい」
フランが看板を眺めながらそんな事を言った。
「お、ナイスだ。いつ頃出発って書いてある?」
「明日の朝だって」
「ふむ、じゃあ今日は宿を取って休もうか」
みんな嬉しそうに頷いている。
野宿はやっぱりキツいもんなぁ。
俺たちが宿へ向かおうとした時、街の入口の方が賑やかになっていた。
数名の男女が、巨大な四足獣を引きずって凱旋したところのようだ。
「でかい! タイライサーのボスを仕留めたのか!」
「やったぜ! 家の牛もあれに食われて頭にきていたんだ!」
街の人々が、歓声を上げている。
確かにデカい、マイクロバスほどもありそうだ。
見た目は豹のような虎のようなライオンのような怪物で、ものすごい牙を持っていた。
解体屋か何かに、獣を引き渡した男女が、俺たちに気付いた。
先頭の男が話しかけてくる。
「やぁ、君たちも冒険者かい?」
その男は無駄に爽やかな雰囲気を出している。
だが、どうにもハナにつく爽やかさだ。
動きがいちいちキザっぽい。
「まぁ、そうだけど」
「へぇー、そうなんだ……プッ」
そいつは、俺たちを眺めるだけ眺めてから鼻で笑った。
俺たちは、相当弱そうに見えるのだろう。
フランたちの顔から、みるみる表情が消えていく。
「俺は、ヒラノタクミだ。仲良くやろうぜ」
そう言いながら、俺に握手を求めつつ、片目をつむった。
かなりキモいが、俺も挨拶くらいは返しておこう。
「俺は、ミウラアキトだ。よろしくな」
「その名前……! お前、まさか当選者か!?」
「そうだけど? お前も?」
わかり切ってるけど一応聞いてみる。
「そうだ! 俺は選ばれし者タクミ! 災厄を滅するべくこの地へ降り立った勇者だ!」
…………………人の事は言えんが、これは痛い人だー。
俺たちは立ち尽くすしかなかった。
「ライム! こっちへ来い!」
ライムと呼ばれた女性が、向こうの男女の中から出てきた。
緑の髪で、盗賊風の成りをしている。
ちなみにおっぱいがでかい。
タクミの横に立つと、変なポーズで俺にウィンクをよこしてきた。
「俺はこの、SRライムに当選したんだ! 彼女は最強のレアリティだ!」
……あー、わかった。
こいつSSRを見たことがないんだな……まぁそこら中にいるわけもないか……
フランとシャニィが俺の後ろでプークスクスと笑っている。
お前らひどいな……
「さぁ、お前のレアリティは誰だ?」
うわー、めんどくせぇー。
「あ、俺が当選したのはただのRだから。じゃあな」
「待て待て!」
適当にお茶を濁して立ち去ろうとしたが、腕を掴まれる。
「俺を舐めているのか貴様!!」
貴様とか言うヤツ、初めて見たよ……
俺のそっけない態度が、勇者様にはお気に召さなかったらしく激昂していた。
「タイマンで勝負しろぉ!!」
ええー! もう宿に帰らせてくれよ…………




