第二十八話 世界が不穏に包まれる
ミリアが召喚されてから、しばらく経ったある日。
他国の戦争は苛烈さを極め、遂に大規模破壊兵器が使用された。
僻地で使用されたため、人的被害は少なかったものの、世界中で緊張感が高まっている。
事ここに至って、ついに超大国たちが動き出すようだ。
そして。
俺の周りでも、何かが動き始めた。
俺たちは今、例の公園に来ていた。
天気も良いので、弁当を持ってきている。
いわゆるピクニックだ。
ついでに、靄狩りも兼ねている。
あれからこっち、かなりの数を倒したんだが、最近ますます増えてきたしな。
芝生の上にレジャーシートを敷いてくつろぐ。
心地良い風を感じる。
草花の匂いも心地良い。
「まさか、貴方がたが『嘆きの門』のドラゴンを倒しただなんて……驚きですっ!」
ミリアが驚嘆している。
俺とフランの鼻が天狗のように高々と伸びていった。エッヘン。
「あの門こそ、災厄の根源へと近付ける、唯一の入口なのです。そしてあの強大な邪竜は門番でした。今までずっと、誰も攻略できずにいたのですよ」
「まぁ、はっきり言って、マグレさ。リッカの親父さんと、あのイケメンが居なかったら俺たちは死んでいたと思う」
「そう、そうなんです! 蒼の騎士タチバナが、リッカのお父様だったなんて! こんな偶然あるものなんですねっ!」
ミリアは少し祈りを捧げるような仕草をする。
「そ、そんなに有名なのか。あの阿呆な父が……」
リッカが複雑そうな顔をして言った。
「ええ! それはもう! 彼と、SSR聖騎士王レインの二人は、闇の邪竜を倒し、凱旋した英雄ですから! 今では知らぬ人など誰もいません!」
「……モテモテ……?」
「ええ! 勿論です!」
くそう! とどめを刺したのは俺なのにィ!!
「ですが、あのお二人は、女の子たちに見向きもせず……」
「その話、詳しく!」
ババッ! と、ヤヨイが物凄い勢いでこちらに振り返った。
超反応すぎるだろ。
完全に目がイッちゃってる。
「そう言えば、ドラゴンを倒してこっちに帰る寸前にさ、二人が抱き合ってるように見えたんだよな」
「その話、更に詳しく!! どっちが受けでしたか!?」
危ない妄想に耽るヤヨイと、父親のまさかの性癖に、魂が抜けかかっているリッカ。
お前、親父さんと全く同じ性癖じゃないか。さすがは親子!
そんなのんびりとした時間に、複数の人影が割って入った。
「カワイコちゃんがいっぱいいるじゃねぇーかー」
「俺たちとあそばなーい?」
まるでテンプレみたいな不良たちだった。
数は結構いる。えーっと……十四人か。
ん? リーダーっぽいヤツ。見たことあるな。
ああ、こいつらは……
時々悪さをして、ニュースにもなっている不良チームだったな。
うーん。面倒臭い。
俺一人なら適当な理由を付けて逃げられるんだけど。
フランの術や、シャニィの拳では、こんな連中など即死してしまうだろうなぁ。
こりゃ逆な意味でヤバいわ。
俺が心の中で、どうにか助けてやろうと模索してやっているのに、コイツらは絡み始めてきた。
取り敢えず穏便に済ませたいところだ。
「なぁ、アンタがリーダーだろ? 勘弁してもらえないかな?」
俺は出来る限り刺激しないように言ったつもりだったが、どうやら通じなかったらしい。
「ハァン!? なにかっこつけとんじゃコラ!」
鼻ピアスのリーダーが俺に、ガンを付けてくる。
顔近い、近い。
やめろヤヨイ! こんな時にホモを見る目で俺を見るな!
ガッ
問答無用だった。
鼻ピアスが、いきなり殴りかかってきたのだ。
他の連中も俺を取り囲む。
あー、お約束じゃんこれ。
お約束ブレイカーの名が泣くわー。
殴られたのは腹だった。
支援はまだ貰っていないが、痛くない。
大量レベルアップは、伊達じゃなかった。
俺の身体に、何らかの変化をもたらしていたのだ。
数人が一斉に殴りかかってくる。
好きなように殴らせたまま、
「お前らは手を出すなよー」
と、後方のみんなにのんびり声をかけておく。
「がんばれー」とか「ファイトー」とか応援が聞こえた。
女を守るのは男の仕事さっ。
よし、死なせない程度に、と。
パン
後ろに軽く裏拳を放つ。
飛び散る鼻血。倒れる兄ちゃん。
うわ、汚っ。
パンパンパン パパンがパン
お、いい気分になってきたぞ。
パパンパ パンパンパン
鼻ピアスが、あんぐりと口を開けたまま固まっている。
「もうアンタだけだが、どうする?」
「………………」
声も無い、か。まぁこの惨状ではな。
異変はここで起きた。
「ガ………ガァァァァ!!!」
鼻ピアスが突然掴みかかってきたのだ。
ぐっ、すごい力だ。
どうなってんだこれは。
「アキト! そいつの頭を見て!」
フランの声だ。
「……なんだ……?」
見れば鼻ピアスの頭に黒い靄がかかっている。
まさか。
いつだったかテレビで見た戦場の兵士。
彼らの頭にも、この靄がかかっていたことを思い出した。
「アキトさん! 彼は災厄に取り憑かれています! ……ハッ!?」
ミリアの驚きが俺にも伝わってきた。
他の倒した連中も、頭を真っ黒な靄に包まれ、ゾンビのごとく起き上がってきたのだ。
そして女性陣を取り囲んでいく。
「このっ!」
俺はどうにかピアスを引きはがした。
どうやら靄に憑かれると、凶暴性と共に、身体能力も増大するらしい。
なまじ、生きているだけにタチが悪い。
殺さないように手加減するのは、思ったよりも難しいのだ。
全力で攻撃できるぶん、ゾンビのほうがマシだぞ。
「気絶させましょう! 動けなくしてくだされば、私が浄化いたします!」
「よし、ミリアの作戦でいこう! 各自散開! 勢い余って殺すなよ!」
「「「「「了解!」」」」」
と、言ったはいいが、これが意外と難しい。
ぐっ、一発貰った。これはかなり痛ぇ。
「ッ!」
ゴンと顔を殴るが、効いた様子はない。
チッ、また貰った。
お返しだ!
ボキッ
「あっ、ヤベッ!」
ピアスの腕が変な方向に曲がっていた。
力を入れすぎたか────
だが、こいつは怯まない。
「おいおいマジかよ」
流石にちょっと怖いぞ。
ピアスが、ではなく靄の効果が、だ。
これに憑かれると、痛みも死も恐れない、超戦士になるってことじゃないのか。
おっと、あぶねぇ。
ビュン、とピアスの腕が俺の顔を掠める。
「…顎を狙って…」
そうか、なるほど。
意識を断ち切る訳だな。
ナイスだシャニィ。
ピアスの踏み込みに合わせて、俺も踏み込む。
俺の拳は顎を目がけてまっしぐら。
ガッ
こりゃまた綺麗にカウンターが入ったな。
ピアスは、糸の切れた操り人形状態になった。
何度か回転したあと、ヘタリと座り込む。
オッケー、こっちは片付いた。みんなはどうだろ。
シャニィは流石の体術で、既に数人倒していた。
さすがに強ぇな。
ヤヨイは肘撃ちを連発して、ボキボキと嬉しそうにアバラをへし折っている。
俺より鬼!
リッカはミリアが張った結界のような物の中で、ニマニマとみんなのパンチラを楽しんでいる。
ずるいぞ!
フランはと見れば、長髪の男ばかりを狙って、頭を燃やしていた。
全員がアフロに早変わりしている。
ひどい!
連中が全て倒れたところで、ミリアの術が起動。
辺りに神聖な気配が満ちていくと、靄が頭から離れ、消えて行った。
俺はこんなヤツら、罰としてほっとこうと言ったんだが、優しいミリアが癒していた。
貴女が女神か。




