第百五十五話 二つの世界に光は満ちて
「ねぇ、アキト。あいつらが何か準備してる間に攻撃しちゃえばよくない?」
「妾もフランの意見に大賛成ゆえ」
「君たち鬼だね!? いいか、こう言うのはだな、待ちの美学ってもんなんだ。いわば儀礼だな。変身が終わるまで待ってやるのが男ってもんだ」
「ふーん、でも私、美少女だし」
「妾も美少女ゆえ」
ゴォォォォオオオオオオ
なんの斟酌もなく炎を放つフランとマール。
その劫火は災厄たちが必死こいて準備中だった、床下から上がってきた物体に直撃した。
三つ現れたうちの二つが燃え上がる。
残ったひとつを見れば、異常にデカいが辛うじて人型をしているようだ。
ん?
なんでか知らんが、やたらとツギハギだらけだぞ?
まるでいろんな生物からパーツを集めてつなげたような……
そう!
フランケンシュタインみたいな感じ!
……見た目はオーガに近いけど。
「「「!! !!! !! !!!!!!!」」」
あー、ほら見ろよ。
災厄の皆さんがカンカンじゃないか。
そら、大仰に出したモノを一秒で燃やされたら怒るわなぁ。
「エッヘン! 私の力を思い知ったかしら!」
「ふふん、妾の炎に包まれて眠るが良いゆえ」
こっちのアホっ子たちは自慢げだし。
俺はどうも、お国柄のせいか専守防衛しようとしちゃうんだよなぁ。
少しはこのおバカ娘たちを見習った方が良いのかもしれん。
なんて思ってると、三つのカプセルが怒りを露わにしながら動き出した。
そのまま、十メートルはありそうなツギハギ生物の胸の辺りへ取り込まれて行く。
えっ、あの怪物って乗り物だったの!?
まさか、災厄側の聖鎧とか言わないよね!?
「アキト、マール、支援術をかけるね!」
「おう、ありがとうフラン」
「助かるゆえ」
俺の頭上に浮かぶ支援効果の文字列を眺める。
同時に、肉体が硬く、熱く、軽くなっていった。
「主様! 避けてくりゃれ!」
マールが身体ごとぶつかってくる。
もんどりうった俺たちを掠めて、黒い玉が通り過ぎて行った。
くそ、あいつらも待ちの美学を無視する輩かよ!
もう許さん!
「助かったよマール。後でチューしてやるからな」
「本当かえ!? むふふー」
「あー、ずるい! 私もー!」
「わかったわかった。あいつらを倒したらな」
「絶対よ!?」
なんだかフラグを立てちまったような気もするがな。
俺は黒き剣と盾を前方に構えた。
「俺は当然堂々と正面から突撃する。フランは術で援護。マールはフランを守護しつつ臨機応変に頼む」
「りょうかーい!」
「承知」
「この闘いで終わりにするぞ!」
俺は言いざま、両足の筋肉を爆発させた。
踏み切った床がベコリとへこむ感触。
カァァァーーーペッと痰を吐くように黒き球を口から撃ち出す災厄。
汚ぇよ!
俺は難なく躱し、ヤツの足元へ入り込む。
む?
ヤツの足が黒い靄に包まれているな。
しかも、じわじわと全身を浸食しつつあるようだ。
俺は構わず、ふくらはぎあたりに剣を叩き込む。
元は生物の寄せ集めらしく、割と綺麗に斬れた。
だが、すぐさま黒靄が傷口へ殺到し、修復していく。
えぇぇ!
ズルくねぇ!?
てか、あの黒靄だか煙だかの悪感情は、やっぱり災厄どものエネルギー源なんじゃねぇのか?
そう考えると、色々辻褄が合う。
まぁ、わからんことも多いけどな。
「おっとぉ!」
踏み潰しを避けつつ太ももに一撃を入れた。
そこへタイミング良くフランの放ったと思われる火球が激突する。
おおっ?
斬った後に焼いた部分は傷の修復が出来ないみたいだぞ?
「!!! !!」
三体いる災厄の内のひとつが何かを叫んだようだ。
それは胸の辺りからした気がする。
奴らは怪物の胸の中か。
ならば。
「フラン、マール! ヤツらは胸部にいる! 俺が斬った場所を狙え!」
二人の返事も待たず、俺は跳びあがった。
八メートルの垂直飛びくらい、余裕だろ。
巨大怪物の左胸をザックリと抉る。
すかさず撃ち込まれるフランの火球。
焼かれて修復不能になった部分へ、全力で突きを放つ。
黒剣の柄の部分までヤツの体内に潜り込んだ。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならぬ災厄の絶叫。
間違いなく断末魔だ。
「「!!!!! !!!!!!!」」
残った二体の災厄が怒りの雄叫びをあげた。
同時に、怪物の肉体が変形していく。
背中から腕が二本生え、四本になった。
上半身が銀色の金属色に変化している。
へへ、第二形態か。
ラスボスらしくなってきたじゃねぇか。
油断大敵。
格好付けて鼻の下をこすった瞬間、物凄い衝撃が俺の右側を襲った。
二本の腕が、俺の脇腹を直撃したのだ。
よりによって盾を持ってない方をだ。
「ぐっは!」
俺は苦鳴をその場に残し、数十メートルもふっ飛ばされた。
やべぇ。
黒鎧を装備してても痛い。
「アキトーーッ!」
「主様!」
フランは怪物の気を引くべく、火球を撃ち込みながら絶叫した。
バカ!
そんなことをしたら……
ドゴォォオン
言わんこっちゃねぇ!
怪物の吐き出した黒い玉が二人の至近に着弾したのだ。
マールが身体を張って受け止めたものの、二人の身体も吹き飛んで行った。
「フラン! マール!」
寝てる場合じゃねぇ!
痛む脇腹を押さえながら、強引に立ち上がる。
いかん、肋骨がイカれたようだ。
知ったことか!
フランとマールへとどめを刺すべく移動し始めた怪物へ、背後から走り寄る。
うまく呼吸が出来ない。
折れた肋骨が肺にでも刺さったか。
それでも俺は飛び上がった。
狙いはヤツの右側────
肩甲骨と肋骨の隙間を縫うように────
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
災厄が出す声なき絶叫。
怪物の裏拳。
盾で受け止め────
「ぐあっ!!」
左腕に走る激痛。
床に叩き付けられる衝撃。
「アキト!!」
マールを抱きかかえ、癒術を施しているフランが目の端に映る。
「!! !!!!!! !!!!! !!!!!!!!!!!!!!!」
災厄の怒りと、怪物の更なる変容。
みるみる巨大化していく。
全身が銀色に覆われ、その上に黒靄を纏う。
何と言う異形。
何と言う絶望。
奴の頭部が高すぎてもう見えない。
「はは……は、やっべぇな」
それでも笑う俺。
成り行きで勇者になった俺だけど、世界を救うだなんておこがましいとは思うけど。
せめて笑って死んでやらぁ!
チャララッチャチャララーン
鳴り響くのは軽妙な音楽。
そして俺の頭上には。
特別ログインボーナス!
レベルキャップ解放!
身体ステータス限界突破!
最終奥義使用可能!
称号『勇者』を獲得!
「今頃!? ってかなんだログインって!?」
「なにが起こったのアキトー!?」
「俺にもわかんねぇよ! ……わかってるのは、こんなところで死ねないってことだけだ!!」
俺は剣を杖代わりにして立ち上がる。
身体中が痛い。
でも、動く。
「動け!! 俺の身体! おおおおおぉぉぉおおお!!」
俺から立ち昇る虹色の閃光。
それは、数キロメートル四方もある部屋一杯に広がる。
それは、中央部の円柱を四散させ、天井をもブチ抜く。
それは、黒き憎悪と悪意に満ちた靄を、浄化させる。
「マール!」
「主様!」
「飛べ! 上の穴からフランを連れて逃げろ!」
「主様……」
「なに言ってんのアキト!? 絶対嫌だからね!」
「頼むマール! これは命令だ!」
「………………承知しました主様」
「嫌よ! 私は残る! アキトと一緒にいるんだもん! ぐっ!?」
マールがフランに当て身を入れ、気絶させたようだ。
それでいい。
「……マール。王都で会おう」
「…………はい、主様。お早いお帰りを」
「任せとけ」
マールはフランを脇に抱え、黒き翼をはためかせて飛び立った。
災厄がそれを追おうとする。
「おっとぉ! テメェの相手はこの俺だクソ災厄!!」
俺の放つ虹色の神気に、災厄も最早無視はできない。
決着を付ける時が来たのだ。
「聖鎧よ! 我の元へ参れ!!」
俺の念が、瞬時に聖鎧を引き寄せる。
そして俺は虹の球体に包まれて浮かび上がり、聖鎧の胸へ吸い込まれるように収まった。
これは搭乗ではない。
同化だ。
俺自身が聖鎧だ。
燃料たるマールを失い、元の白銀色になっていた聖鎧は、俺の力を受けて虹色に輝く。
俺は、大穴から陽光の降り注ぐ天井へ両腕をあげた。
確証はない。
だが、心が、身体が命じるのだ。
「聖剣よ────────」
俺の両手に現れた巨大な剣。
今ならわかる。
この剣は聖王都の王城を貫くように刺さっていたものだ。
聖鎧の数倍ほどもある、神なる剣だ。
「!!!!!!!! !!!!!!!!! !!!!!!! !!!!!!!!!!!!」
何かを叫び、たじろぐ気配を見せる災厄。
今更遅いぞ。
「我、勇者アキトの名に於いて命ず。災厄よ! 滅せ!!」
聖剣が虹に染まる。
辺りに光が満ちる。
俺の力が高まって行く。
「最終奥義!! 極虹剣!!!」
虹の奔流。
光の狂瀾。
神々の力の解放。
カタルシス。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
閃光の中に飲み込まれて行く災厄。
銀の円盤。
そして聖鎧となった俺も──────
ああ…………二つの世界に光が満ち溢れている…………




