第百五十四話 成り行き勇者の旅の果て
「でさ、アキトはどうする気なの? あの円盤、やたらでっかいけどやっつけられるかな?」
フラン疑問はとてもわかる。
「主様、だいぶ食料も乏しくなってきたことだし、ここは一旦引いた方が良いのではないかえ?」
マールの意見もごもっとも。
ですがね。
ひとつ問題がありまして。
「ねぇ、なんか聖鎧ちゃん、すごく高度が落ちてない?」
「はい」
「はいじゃないわよアキト。なんで落ちてるの?」
「はい」
「高度を上げろって出てるけど、早く上昇してよ」
「はい」
「主様、まさか……」
「はい……制御不能です」
「なんでよ!?」
「さっき、全弾発射した時に……羽も飛んで行ったのが見えた」
「「えぇぇぇ!?」」
量産型聖鎧を置き去りに、俺たちの聖鎧アキトリアスは自由落下速度で真っ逆さまに落ちているのでした。
ははは、これもまた人生。
「なに笑ってんのよ!? バカアキト! どうするのこれ!?」
「しらねぇよ! ってか、お前がバカって言うな! このアホキング!」
「ひっど! せめてアホクィーンって言ってよ!」
「論点そこ!?」
「ちょ、二人ともそんなことを言い争ってる場合じゃないゆえぇぇぇ!」
「地表急速接近中! アキト!」
「こうなったら仕方あるまい! 当機はこのままユーフォーに突っ込みます! 以上!」
「「理不尽!!」」
俺はせめてもの抵抗をするために、両腕を上に突き出した。
いや、頭から落ちてるんだから下か?
ともかく、スーパ〇マンが飛ぶ時みたいな姿勢になったわけだ。
すると、特に何かを念じたわけでもないのに、聖鎧の両手が腕の中に引っ込み、かわりにドリルが現れた。
そのまま先端が高速回転を始める。
なんだこれ!?
超電磁スピン!?
ズドォォォン
「「「ぎゃぁぁぁぁーー!!」」」
思考する間もなかった。
俺たちは銀色巨大円盤の中央部付近に衝突したのだ。
ドリルのお陰か、異様な掘削速度でかなりの深部まで抉って行く。
だだっ広い空間に出た時、ドリルは粉々に。
聖鎧は頭から床に叩き付けられ、逆さのままようやく止まった。
「いっててて……フラン、マール、大丈夫か?」
「いたぁ~い……でもだいじょうぶー」
「妾もなんとか……ああっ! 大事な食糧がぐちゃぐちゃにぃー……しくしく」
「フラン、機体の状況をチェックしてくれ」
「はぁーい」
俺もパネルを確認する。
機体各所を示す計器の大部分が、赤く染まっていた。
こりゃ考えるまでもないな。
「アキト、自己診断機能によると、損傷箇所八十二。機能不全箇所三十六。兵装も六割がダメみたい」
「そうか、わかった。サンキュ」
溜息をつきながら腕を組む俺。
逆さまのまま、聖鎧もボロボロの腕を組んだ。
そこは動かなくていいんだよ!
てか、一応まだ動くのね!?
「うーん、まぁ、降りるしかないんだろうなぁ。このままじゃ頭に血が上るし」
「やっぱりそうなるよねぇ……」
「致し方あるまいの」
俺たちはベルトを外し、逆さまのコクピットから這い出た。
ついでに装備品や糧食も引っ張り出しておく。
外はかなりデカい部屋状になっていた。
それほど明るくはないが、全体を見渡せる程度の光源はあるようだ。
円盤の外見と同様に、部屋中が銀色の金属で覆われている。
それはいいんだが、妙に近代的、いや未来的すぎないか?
なんだかSF映画のセットみたいだ。
SF……UFO……うむ、確かに宇宙船っぽい。
待てよ、宇宙船……?
「ねぇ、アキト。あれ、なに?」
フランが言っているのは、部屋の中央付近。
パッと見で言えば、超太い透明な円柱だ。
それは床から生え、遥か上空の天井をも貫いている。
「あれはなにやら良くない気配がするゆえ」
マールの言いたいことは解る。
あのでけぇ円柱内部を駆け巡るモノのことだろう。
俺には真っ黒な煙、いや災厄の靄にしか見えないのだ。
それが、まるで血管を循環する血液のように上へ下へと流れている。
俺たちは結構な距離を歩き、円柱へと近づいた。
よく確認するためと、なんだかあれを放っておいてはいけないと言う焦燥感からの行動だ。
接近してわかったが、この円柱の太さときたら。
あの獣人族の村で見た、億年樹の幹ほどもあったのだ。
幹の直径は、差し渡しで数百メートルもあろうか。
この部屋自体も数キロメートルくらいあるし、色々と縮尺がおかしいせいで俺たちの感覚まで狂っちまってるようだ。
ともかく、円柱に満たされた煙状の物は、近くで見れば見るほど異様な悪寒を俺たちへ感じさせた。
フランは真っ青な顔で震える自分の身体を抱きしめ、マールに至っては帝竜の威厳もどこへやら、俺の背に隠れて顔だけを出している始末。
俺ですら、無意識に黒剣の柄を握りしめていた。
この煙から発せられる、凄まじいまでの悪意と怨念がそうさせるのだ。
「これは……なんなんだ?」
「アキト、私怖いよ……」
「妾にもよくわからぬが、これはまるで人々の悪感情を凝縮したような……」
「なるほど……うーむ、俺には血管や配管のようにも思えるな」
「んん? どういうこと?」
「なんて言ったらいいんだろ、ガソリンがエンジンへ流れるような…………」
自分で言ったのに、俺は絶句してしまった。
この巨大な円盤が本気でUFOだったとしてだ。
その燃料や動力源がこの黒い煙、マールが言うように人々の悪感情を圧縮したものだとしたら……
災厄の野郎は何か目的があってこれを集めてたってことにならないか?
UFOと言えば宇宙人、エイリアン……
宇宙人っつったら、基本的に他の惑星を支配しに来るもんだろ、偏った知識だけどな。
ってことは、星を攻めるためのエネルギーなんだろうか。
それとも、乗っているエイリアンどもが恐怖や怨念を食糧としているとか?
うーん、あんまり腑に落ちないのはなんでだろ。
「どうしたのアキト?」
「いや、なんでもない。どっちにしても、これはブッ壊した方がいいような気もするな」
「えー? 大丈夫? 壊すほうがロクなことにならなそうなんですけど……」
俺は壊せるか確かめるべく、コンコンと円柱の表面を小突いた。
強化ガラスだろうと、俺なら難なく破壊できる。
うむ、いけそうだ。
その時、ピョピョイ、ピョピョイと、あんまり聞いたことのないような音が鳴った。
なんでかやたらと耳障りに感じる音だ。
警告音だとしても不愉快極まりない。
「アキトー、なんなのこれー!?」
「トラップでも作動させちまったかな」
「なんでも無闇に触るからだよ!」
「うわっ! お前が言うか!?」
「主様! 上!」
マールの焦った声につられて上を見る。
とんでもない高さの天井に三つの穴が開き、そこから何かが降りて来た。
アームに吊り下げられて降りてくるそれは、銀色のカプセル薬にしか見えなかった。
ただし、人が入れるような大きさのカプセルだが。
いや、むしろこれじゃ、ある種の棺にしか見えない。
何故ならば、カプセルの上部に丸い小窓が付いているからだ。
中に誰か入っているとすれば、ちょうど顔や頭が位置する場所なのである。
三つのカプセルは、巨大円柱を守護するような位置へ降り立った。
しばし待ってみるが、誰もカプセルから出てくる気配は無い。
「なーんだ、驚かせないでよ」
チョコチョコとフランがカプセルへ歩み寄り、窓から内部を覗いた。
待て、と止める暇も無い。
「ヒィッ!?」
「どうしたフラン!」
「中が真っ黒なの! あの煙みたいなので一杯になってる!」
「早くこっちへ来い!」
「うん!」
フランが慌てて駆け戻った時、それらは発した。
「……!!!!!!」
「!!!!! !!」
「!! !!!!!」
三つのカプセルから同時に発されたそれ。
何と説明すればいいのだろう。
声なき声と言うべきか。
間違いなく何かを訴えているのだが、意味がさっぱりわからない。
言語として、いや、音としてすら認識できないのだ。
「死……星……闇……人……うぅーん」
「奴らの言葉がわかるのかマール?」
「神代の言語に当てはめてみたものの、まるで意味をなさないゆえ。ただ、溢れんばかりの憎悪だけは感じるの」
「ああ、それは俺もだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「異文化とのコミュニケートは、まず笑顔だろ? ハーイ、災厄のみなさーん! コニチハー!」
「怪しい人にしか見えないよ……」
「「「!!! !!!! !!」」」
わかっちゃいるけど、やはり通じないか。
それどころか、災厄どもの憎悪と憤怒が膨れ上がった気すらする。
あいつらが災厄なのかはわからんけどな。
「!!!!! !!!」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン
奴らの殺意に満ちた絶叫と共に、床が開いて何かがせり上がってきたのであった。




