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第百五十一話 辿り着いたる聖鎧は


 窓から眺める風景が、流れるように去って行く。

 自走式馬車と言う名の超大型トレーラーは、こっちの世界基準でだが、かなりの速度が出るようだ。


 なんせ舗装道路なんてものはないんでな。

 この図体では街道も走れないし。

 いくら荒れ地や草原でも、ある程度は慎重に走るしかないのだ。

 だがそれでも、このペースならば目的地へあっと言う間に着くことだろう。


 ラスターには聖鎧が墜落したおおよその場所を伝えてある。

 本当に大雑把な位置しかわからないので、近付くにつれ適宜修正していくほかあるまい。


 しかしあれだね。

 こうしてのんびり車窓から風景を眺めるなんて、いつ以来だろう。

 大抵は馬車の御者台で、行く手を睨みつけるのが俺の仕事だからな。


「アキト、マール。はい、お茶ですよー」

「おう、サンキュ」

「いただくゆえー、んー、いい香りー」

「ラスターもどーぞ」

「ああ、ありがとうフラン嬢。丁度喉が渇いていたんだ。それに、君のお茶は最高だからね」

「そう? えへへー、褒められたよアキトー」


 こんな具合に熱い茶なんぞをすすりながら、時折嫁たちの尻をなでたりしつつまったり過ごすなんて最高としか言いようがない。

 いつもこんな旅なら、どれほど楽ちんなことか。

 怪物や野獣も、轟音を上げて走る金属の塊になんて、攻撃を仕掛けてくるはずもない。

 たとえ仕掛けてきたとしても、それこそ装甲車並みの車体に歯が立たないだろう。


 そう言うわけで、俺がこっちの世界へ来てから初めてとなる快適な旅路を楽しんでいるのだ。


 現在は出発してから数時間が経過している。

 ラスターの話だと、もう少し先に行けばエマーソンの大森林が見えてくると言う。


 本当にあっと言う間だ。

 俺たちがヒーコラ歩いた苦労は何だったんだろう。


「そうだ、アキト。こいつを操縦してみないかい?」

「へ? 俺がか?」

「本当に簡単なんだ。僕も少し疲れたんで、休憩もしたいしね」

「なるほど、俺が運転している隙を狙ってフランとマールにいやらしいことをするつもりだな?」

「バッ、バカなことを言うもんじゃないよ! 僕は自分で言うのもなんだが奥手なんだ!」

「ま、いいだろう。この自走式馬車には興味あるしな」


 ラスターはいったん停車させ、俺と操縦席を代わった。

 ふむ、見た感じは普通の車と変わらないようだ。

 手元にハンドル。

 足元にはペダルがふたつ。


「あれ? アキトって自動車の免許もってたっけ?」

「舐めるなよフラン。俺だって免許くらいあるさ…………原付のだけど」

「原付って、あの小さいバイクだっけ? ねぇ、ホントに大丈夫なの……?」

「まぁ、なんとかなるだろ。ははは」

「……すっごく不安なんですけど」


 ええぃ、やかましいわ。

 レーシングゲームもゲーセンでやったことがあるし、なんとかなるだろ。


「いいかい。右のあぶみを踏むと走り出すんだ。そして左の鐙を踏むと止まるよ」

「お、おう。そのくらいわかってる」


 しかし、鐙と来たか。

 まぁ、アクセルとブレーキ、なんて言っても伝わらんもんな。

 えーと、まずはアクセルだな。


 ギャルルルルルルルル


「ぎゃーー! 何やってんのよアキト!!」

「アキト、踏みすぎ踏みすぎ!」

「ひぇぇぇ! お助けー!」

「あれぇ!?」


 軽く踏んだつもりだったのだが、車輪が超高速で空回りし、車体ごとグルングルンとスピンしまくる。

 慌ててブレーキを踏むと、すぐに停止した。


「ふぅー、なかなかのじゃじゃ馬だな。ははははは」

「はははーじゃないわよ! 下手くそ!」

「なにおう!? お前は黙ってろ、このリアルじゃじゃ馬!」

「ひっど! そんなこと言うと泣くからね!? ……ひっく、ひっく」

「うわぁ! ごめん! 言いすぎた! よしよし泣くな」

「……グスッ、じゃあ、ちゅーしてくれたら許しちゃう」

「はいはい、わかったわかった」


「……ラスターよ、これは何の寸劇かえ?」

「さ、さぁ? 彼らなりのじゃれ合いかと思います。炎帝様も交ざられてはいかが?」

「むぅ~……それはそれで癪に障ると言うか……」


 今度は、慎重にそっとアクセルを踏んだ。

 どこかにあるエンジンが呻りを上げ、少しずつ車体が動き出した。


「おっ、今度は良い感じだな」

「そうそう。そのくらいでいいんだよアキト」

「でもなんか遅くない?」

「主様ならこんなもんであろ。あっちは早漏なのにの」

「何で知ってんの!? じゃなくて、見せたことないぞ!?」


 しばらくの間その辺を走り、ハンドルの切れ具合やブレーキの効きを試した。

 元々俺は機械があんまり得意じゃない。

 いじるのは嫌いでもないんだが、どうにも相性が良くないのだ。


 むしろ、俺と運転を替わったフランのほうが飲み込みは早かった。

 かなり納得はいかないものの、これも相性だろうと思うしかない。


 マールに至っては、足がペダルまで届かず、泣く泣く操縦を断念していた。

 そもそも、ハンドルが顔の前にあるようでは外も見えまい。

 早く大きくおなり。


 そんなことをしているうちに、日は傾き、周囲も薄暗くなっていった。


「あらら、もう夕暮れ時かー。遊びすぎちまったな。ラスター、ヘッドライトのスイッチはどれだ?」

「へっどらいととはなんだい?」

「あー、えーと、前を明るく照らすランプのことなんだけど」

「んー、ないね」

「は?」

「僕の知っている限り、そんな機能はなかったよ」


 俺はラスターの言葉が信じられず、わざわざ降りてフロント部分を見に行った。

 あの橘博士がそんな単純ミスをするはずも……あったようだ。

 窓以外の部分は、分厚い装甲板で全てが覆われている。


「あのおっさんはアホか! 肝心な装置がないじゃねぇか!」


 俺はゴンと車を蹴飛ばした。

 装甲はへこみもしない。


 きっと夜間の走行は想定していなかったのだろう。

 そうか、ライトを使うには電力が必要だ。

 そもそも小型のバッテリーや電球がなけりゃ、そら搭載も出来ないわな。

 失礼いたしました。


「今日はここに停泊しようか。食料類もたっぷり積んであるからね」

「そうだな。どの道、明日には着くだろうし」


「そうと決まれば、今夜は妾が腕を振るっちゃうゆえ~」

「わー、マールの料理久しぶりだねー」

「任せたぞマール。意外とこいつの料理は美味いんだ、楽しみにしてろよラスター」

「きっ、君たちは伝説の炎帝様に料理をさせているのかい!?」

「? まぁ、たまにな。当番制の時もあるし」

「うん、たまにね」

「ま、たまにはの」

「…………」


 口を開けたままのラスターを残し、夜は更けていくのであった。


 翌日。


 巨大トレーラーは、エンジン音も高らかに快調な走行を続けていた。

 現在の運転手はフランである。

 昨日の練習で味を占めたのか、運転させろとうるさかったのだ。


 さすがに、エマーソンの大森林や、俺たちが苦労して渡った谷間へ突っ込むわけにも行かず、大幅に迂回している。

 その分だけ走行距離は伸びるが、快適な旅はなんら変わることはなかった。

 獣人族の村に住むマリアに、姉のミリアが帰還したことを伝えられなかったのだけが心残りなくらいだ。


 そして車は、聖鎧の墜落による爆風で荒れ果てた地域へと突入していく。

 ラスターにもこの周囲に人が住んでいなかったことは確認を取った。

 これでようやく安心できるってもんだ。


 運転手はラスターに交代しておいた。

 ここらへんは岩も増え、フランの操縦ではいささか不安もあったからだ。

 もっと運転させろと、ブーブーやかましいフランは濃厚なキスで黙らせてある。

 ついでにマールにもキスを食らわせた。

 不公平だと騒ぐもんでな。


「あっ、あれが真なる聖鎧だね! 見えてきたよ! うわー、大きいなぁ!」

「流石にクレーターの底まではこの車じゃ行けないだろう。ちょっと俺たちでここまで聖鎧を動かせるか確認してくるから、ラスターは待っててくれ」

「了解だよ」


 俺とフラン、マールはクレーターの縁に降り立ち、滑り降りた。

 オリジナル聖鎧アキトリアスは、俺たちが去った時と同様に、その巨躯を腰まで埋まらせている。


「聖鎧ちゃんただいまー」


 フランがまるで自宅のようにコクピットへ乗り込む。

 その尻を俺は苦笑いを浮かべながら追った。


 荷物を横に置いてシートに着き、俺の股の間にマールを座らせる。

 ここがマールの正式な座席ってのは、いつもながら製造者の頭を疑うシステムだと思う。

 全くもって、何考えてんだか。


 シートベルトが展開し、ハッチが閉まると、機器類が煌めきだした。

 マールからの燃料供給も順調なようだ。


 ちなみに、俺が持ち込んだ荷物は、大半がマールに食べさせる食料である。

 どうにもマールの燃費が悪いらしいんでな。


「全機構再起動完了って出てるよ」

「十日どころか半月くらい過ぎちまったからな。そりゃ再起動も終わってるだろうよ」

「主様、なにか果物を出してくりゃれ」

「もう燃料切れ!?」

「単に食べたいだけゆえ」

「焦らせるなよ……ほれ」


 満足そうにシャクシャクと果物を齧るマールの頭を撫で、俺も一応計器類に目を通す。

 わかる範囲だが、機能に問題はなさそうだ。


「原動機臨界。制御系及び駆動系問題なし、行けるみたい!」

「よーし、後は絆を信じて念じるだけだ! 行くぞフラン!」

「了解!」


 俺は集中するために目を閉じ、そして念じた。

 まずは地面に埋まった機体を抜かねば。


「アキトリアス起動!」


 駆動音が高まり、左右の腕が動き出すのを感じる。

 二つの操縦桿を握る俺の手にも力が入ってしまう。


 聖鎧は両手を地面につき、自らの機体を引き上げた。

 いいぞ、行ける。


「次は飛ぶぞフラン!」

「はーい! 推進装置起動、可変翼展開!」


 一際強く念じる。

 俺の背中が少しむずがゆくなり、鋭利な翼が展開されたことを知る。

 俺の身体が感じるってのは、機体からのフィードバック機能でもあるんだろうか。


「推進装置点火! 仰角四十五度で噴射、だって!」


 モニター表示を読んでいるだけのフランだが、相変わらず有能なオペレーターに聞こえるから困る。

 まぁ、読んでもらわないと俺には現状がわからんからいいんだけどね。


 ともかく準備は整った。

 後は俺とフランの絆にかかっている。


「飛べぇぇぇ!」


 俺の叫びと念を受け、聖鎧アキトリアスは轟音と共に大地を蹴って飛び立ったのであった。


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