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第百四十三話 こんなところに超文明


「いやー、見事に捕まったなー、はっはっはっは」

「婦女子を人質に取るとは、見下げ果てた連中よの」

「そーそー、このか弱いフランちゃんじゃ、あんなゴリラに勝てるわけないもん」

「ゴリラよりも食べる癖にな」

「なんてこと言うの!?」

「ほっほほほ、こんな時に笑わせないでくりゃれ主様、ほほほほほ、お腹がよじれる……!」


「お前らうるさいぞ! 静かにしてろ!」


 見張りの男に一喝されてしまった。

 俺たちは捕らわれた後、この牢へブチ込まれたのだ。


 辿って来たルートからすると、どうも村長邸に繋がる地下のようである。

 ま、怪しい場所としてはお約束だね。


 それはともかく、この地下室は色々おかしい。

 広さもそうだが、何よりも床と壁面だ。

 どう見てもコンクリート製としか思えない。


 床に至っては、リノリウムでも張り付けてあるかのような光沢がある。

 光源だけは炎だが、これで蛍光灯だったりしたら、現代建築となんら遜色がなくなってしまうだろう。

 こんな知識や技術をこの村に持ち込んだのは、当選者と思われる旅人のジローに違いあるまい。


 さて、まずはどうにかしてこの牢から出ないとな。

 こうなると丸腰で来たのは返って仇になっちまったかねぇ。


 強硬策に出るとしても、フランとマールに任せるわけにはいかん。

 下手に術や炎を放っては、延焼して焼け死ぬか、地下自体が崩壊して生き埋めになるかだろう。

 どちらも御免被る事態だ。


 格子を捻じ曲げると言う手もあるにはあるが、時間が掛かっては見張りの男に応援を呼ばれてしまう可能性が高い。

 あれ?

 意外と八方塞がりじゃね?


 だがいつまでもここで燻ぶってるわけにいかねぇんだよな。

 調べられでもしたら俺たちが獣人族ではないことなんてすぐに露見するだろうし。

 そこからマリアに繋がってるとバレたら、彼女もどうなるかわからない。


「ねー、アキトー」

「ちょっと黙っててくれ。今は思案中だ」


 やはり、まずは見張りを倒して時間を稼ぐべきか。

 だが方法は……


「ねー、ねー、アキトってばー」

「だぁぁ、うるせぇなもう。どうしたんだよ」

「あのね……」

「いい、皆まで言うな。モジモジしてるだけでわかるわ。小便だろ」

「うん……」

「見ててやるから、そこらでしろ」

「なんで毎回見ようとするの!? アキトの変態!!」

「だって、ここにはトイレなんてないし」

「どうしよう、ねぇどうしよう!?」


 下腹部を押さえながら青ざめるフラン。

 牢内で粗相をされても困るわ。

 いや、人によってはある種のご褒美かも。

 俺にそんな趣味はないけど。


 仕方あるまい。

 無駄かもしれんが、やるだけやってみよう。

 俺はフランに、ある事を耳打ちしてから見張りの男に声を掛けた。


「なあ、兄さん」

「なんだ? 静かにしていろ」

「連れが便所に行きたいっつってんだけど、どうにかならんかな?」

「ああ? そんなもんそこらですればいいだろうが」

「ひどい! うぇーん!」

「ほら見ろ、泣いちゃったよ。あんた、人情ってのはないのか? 可愛い女の子を泣かせて何とも思わないってのか?」

「むむむ……」


「えーん、えーん……え? いま可愛いって言った? エヘヘ」

「アホ、泣いてろ」

「あっ、えーん、うぇーん」

「こんな子に恥をかかせていいのか? あんた、一生後悔するぞ? 一族全体の沽券に関わるんだからな」

「ぬぬ……わかったわかった。ただし、出るのはその子だけだ」

「勿論さ」


 根は良いヤツなのか、男は割と簡単に折れてくれた。

 念のため、フランに小声で注意を促しておく。


 厳重に鍵をかけ直し、男とフランは歩き去って行った。

 足音が聞こえなくなるまで待つ。

 フランには、少し長めに時間を稼げと伝えてある。


 いよいよ行動開始だ。


「マール、そっち側の格子を引っ張ってくれ」

「妾、か弱いからできなぁ~い」

「急にどうしちゃったの!? お前は最強のドラゴンだろ!」

「ちぃっ、シャニィはこう言えば主様が何でもしてくれると言っておったが……嘘かえ……」

「するかっ! あんにゃろう! 適当なこと吹き込みやがって!」


 俺は遠く離れたシャニィへの折檻を誓い、怒りを格子にぶつけた。


「ふんぬぐぐぐぐぐ」

「うぅーん、手が痛ぁ~い」

「その演技まだ続ける気!?」


 全力の俺とマールのパワーに、鉄パイプほどの太さもある格子がグニャリと曲がっていく。

 我ながら人間離れして来たもんだ。

 木刀を振るっただけで筋肉痛になっていた頃が懐かしい。


「ふぬぅーん」

「ちょ、マール。もういいって、曲げすぎだ」

「ふぇ?」


 勢い余ったのか、ブチンと鉄格子を引き千切るマール。

 うへぇ、人外少女は半端ないわー。

 思えば、卑怯な手を使ったとは言え、よく俺はマールに勝てたもんだな。

 一歩間違えば、俺もあの格子みたいになっていたのかもしれん。

 くわばらくわばら。


 ともあれ、人一人が通るには充分な隙間ができた。

 フランたちが戻ってくる気配は無い。

 いいぞ、ここまでは順調だ。


 なるべく音を立てないように出る俺とマール。

 牢は通路の行き止まりにある。

 つまり向かえる方向はひとつしかない。


 所々にランプはあるが、それでも薄暗い通路を慎重に歩き出す。

 まるで深夜の病院みたいだ。


 それにしても、この床がまた鬱陶しい。

 本当にコンクリートで出来ているのか、むやみやたらと高らかに靴音が鳴るのだ。


 しまった。

 マリアに柔らかい靴でも借りておくんだったなぁ。


 俺が今履いているのは、分離した黒鎧の脛当て付きブーツだ。

 金属製なもんだから、カツーンカツーンと耳に痛いほど足音が響く。

 隠密性もへったくれも無い。

 いっそ、逆立ちで行こうかと思った時、男の声が聞こえてきた。


「おい、まだか? 小便にいつまでかかってるんだ」

「も、もうちょっと待ってよー」


 くぐもったフランの声もする。

 トイレは通路の左側に作られているようだ。

 俺は男に気付かれない程度の位置で立ち止まった。


「マール、俺が行くと足音でバレる。あいつをどうにかできないか? なるべく殺さないようにだぞ」

「ふむ、要は行動不能にすればよいのかえ?」

「うん、頼む」

「承知」


 マールは小さな翼を羽ばたかせて、ふよふよと飛んで行った。

 いつ見てもズルい。

 やっぱり単体で飛ぶってのは、人類にとって永遠の夢なんだろうな。

 無いものねだり、と言ってしまえばそれまでなんだけどよ。


「ふぐっ!」


 と言う男の声と、倒れるような音。

 どうやらマールが上手くやったらしい。


「主様、任務完了ゆえ」

「いいぞマール、よくやった」

「ねぇ~ん、わらわぁ、ご褒美が欲しいのぉ~」

「……それもシャニィか?」

「…………はい」

「ご褒美はなにがいい?」

「えっ!? 良いのかえ? えーっと、うーんと、で、ではキッスを……」

「こんな時に!? まぁいいか」

「んんっ」


「ちょっと、ちょっとぉ! 丸聞こえなんですけどー!?」


 トイレの中からフランの声がする。

 あいつ、まだ入ってんの!?


「おーいフラン。もう出て来てもいいんだぞー」

「わかってるけど……」

「なんだ、本当はウンコがしたかったのか」

「違うもん! 緊張で引っ込んじゃっただけだもん!」


 しばらく後、ゴバーっと言う音と共に、すっきり顔のフランが出て来た。

 えぇっ!?

 水洗なの!?

 オーバーテクノロジーすぎない!?


「ここのおトイレすごいねー、座ってもお尻があったかいし、終わったらお湯で洗ってくれるし」

「えぇぇぇ!? 洋式!? しかも便座に暖房!? そしてウォシュレット!?」


 なんちゅう、無駄に豪華な装備だ。

 思わず、初来日の外国人みたいな反応になっちまうわ。

 みんな日本のトイレの快適さに驚くらしいからな。


「ほー、そう聞くと気になるゆえ、妾も試そうかの」


 ウキウキしながら入って行くマール。

 元はドラゴンなのに人体と同じ排泄構造なあたりが、何気に異世界の神秘と言えるだろう。


「ひゃっ! ひえっ!? んひぃぃぃ!」


 聞きようによっては、何とも卑猥な声が響く。

 尻を温められ、念入りに洗われ、そしてご丁寧に乾燥されたのだろう。


「はぁはぁ、こ、これは悪い文明ではないかえ……?」

「確かに人をダメにする便器だな」

「焼き払った方が……」

「やめて!? 俺たちも死んじゃうから!」


 おっと、いかん。

 遊んでる場合じゃなかった。


 俺たちは気を取り直し、地下室の探索を再開するのであった。


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