第百四十一話 敵は良く知るあの獣?
マリアの願いを叶えるため、村の解放を決めた俺たち。
だが、具体的な方法はまだ何も思いつかない。
いきなり村長を襲撃しては、ただの狼藉者だ。
「あれっ? 三の街でいきなりマキシマムのところに殴りこんだよね?」
「ぐっ……」
「王都で大臣邸の奴隷を救けた時も、割と考え無しにアキトは突っ込んでいったよね?」
「ぐむむむ……」
「酒樽族の村で攫われた女性たちを……」
「ぐほぁっ! もうやめて!」
「フランよ、主様が泡を吹いておるゆえ、そのくらいで許してたもれ」
「ううん、責めてるわけじゃないよ。ドーンと体当たりでぶつかって行く方が、私たちらしいよねってお話」
「あー、それなら納得だの」
「こらこら、納得すんな。マリアがドン引きしてるだろ」
「い、いえっ、とても頼もしいなと思いましたよっ」
俺にはどう考えても危ないヤツらにしか思えませんがね。
ともかく、もうちょっと詳しい情報が欲しいところだな。
無辜の村人をいきなり殴りつけるわけにもいくまい。
「マリア、殴ってもいい連中はどんな風体なんだ?」
「殴るの前提なんですかっ!? でも、まぁ、村長のところの人たちなら……」
いいのかよ。
意外と過激だこと。
「あっ、身を低くして窓から少し覗いてみてください。丁度その村長の一族が狩りに出るようです」
「ほう、どれどれ」
俺たちは窓枠の上に目だけを出して、外の様子を窺った。
そういや意識不明の時に運び込まれたもんだから、村を見るのも初めてだな。
ザッザッザと足音も高らかに、数人のなかなか良いガタイをした男たちが、他の村人たちを威嚇しながら歩いている。
彼らは弓や剣で武装していた。
巨大な上半身と、それに見合わぬ小さい下半身。
垂らした腕が地面に届きそうなほど長い。
潰れた鼻、張り出した額、長い鼻の下。
「ゴリラじゃねぇか!! 誰がどう見てもゴリラの群れだよあれ!!」
「わー、ゴリラだねー」
「ごりらとは?」
「ごりらってなんです?」
「えーと、こっちで言うエイプだ。ってかあれで人なの? ほぼゴリラだよ?」
「ああ、なるほど。そうですね、彼らはエイプを色濃く残した獣人族なんです」
ゴリラたちは、村外の大森林へ向かっているようだ。
良い子ね、森へお帰り。
と言ってやりたくなるようなその後ろ姿。
「もう顔を上げても大丈夫ですよ」
「村長の一族って全部アレなのか?」
「はい」
「うーん、わかりやすいし、あれなら多少殴ったくらいじゃ死ななそうだな。それよりも、ここは随分獣人族が多いようだけど」
「ええ、世界でも唯一の獣人族だけで構成された村ですから」
「へぇー! そりゃあ珍しい。街だとそれなりにしか見かけないもんなぁ」
「獣人族と言うのは子孫が出来にくいらしくての、年々数が減っておると聞いたぞえ」
「ほー、流石帝竜、博識だな」
「きゅ、急に褒められると照れるゆえ……ほほほ」
「あー、ズルい! 私も褒めてよー!」
「お前は褒められるようなことをしてから言えよ。あ、お茶美味しかったぞ」
「わーい! エヘヘー」
「フランさんもマールちゃんも本当に可愛いですよねぇ……」
マリアは何気なく言ったんだろうが、俺の産毛が鋭敏に何かを感じ取り、ゾワッと逆立った。
その言い方、仕草、目付き。
まさかとは思うが、マリアもレズっ気があるんじゃなかろうな。
あのミリアの妹だし、充分有り得るのがおっかねぇ。
今後は注意して見ておかねばならん。
フランとマールが毒牙にかかっては堪ったもんじゃない。
「で、旅人の方はどうなんだ? やっぱり獣人族?」
「いえ、彼は平地の人間です。ただ、どこか浮世離れしたような雰囲気を持っていました」
「浮世離れ……」
こりゃ、ますます怪しい野郎だ。
「人相は?」
「眼鏡を掛けていて、髪形はこんな感じでした」
マリアが自分の髪を掻き分けて見せた。
「七三分けか。確定かな?」
「うん、そうかもね」
俺とフランは頷き合う。
名前がジローで、眼鏡を掛け、七三分けの髪形。
これで俺たちの世界から来たんじゃないとすると、それこそ何者だよって話になっちまう。
間違いなかろう。
相手は当選者だ。
だが、そいつの目的がさっぱりわからん。
ゴリラどもを扇動し、村を閉鎖的な環境にして何の得になるんだ?
別に無理な課税を強いて豪遊しているとかでもなさそうだし。
向こうから来た当選者ってのは、大抵が鬱屈した連中だ。
不満や鬱憤をはち切れそうなほどため込んだままこちらへ来るもんだから、それが爆発すると、とんでもない行動に出たりするわけよ。
普通は冒険者家業に身をやつしているうちに、色々とストレスが解消されて行くらしいけどな。
ジローとは、そう言う溜め込んだストレスを発散出来なかったヤツなのかもしれん。
「村長たちってのはどこに住んでいるんだろ?」
「窓から見えますよ、あそこです」
マリアが示したのは、木造家屋が立ち並んだ奥。
青々と生い茂る、とてつもない太さの幹を持った大樹であった。
「なんだあれ!? でっけぇー!!」
「億年樹です。人が現れる前から生えていたそうですよ。あれでもまだ若木なんだそうです」
「えぇぇー! 幹周りだけで何百メートルもありそうなのに!?」
いやぁ、これぞ異世界の神秘ですなぁ。
って、おい。
まさかあれに登れと!?
嘘でしょ!?
無理無理!
「あの樹の麓に、彼らの一族全員が住んでいます。元々の村長邸をだいぶ改築したみたいですけど」
「あ、ああ、そう、良かった。登れとか言われたら、救けるのやめますって返すところだった」
「えぇっ!? ひどいですっ!」
「ほほほ、今の妾なら一飛びゆえ。登りたくもないがの」
ピヨピヨと小さな翼をこれ見よがしに羽ばたかせるマール。
くそう、いいなぁそれ!
「取り敢えず、夜になったら偵察に出てみるか。脱出経路も確認したいし」
「賛成ー、いざとなったら私とマールで燃やしちゃうね!」
「任せてくりゃれ」
「だっ、ダメですよぉっ!?」
「そうだ、マリアにもうひとつ頼みがあるんだ」
「はい? なんでしょう?」
「ちょっとあるものを用意してもらいたいんだけど」
「?」
その後、俺たちは準備をしながら、マリアに知り得る限りでミリアのことを話した。
出会い。
旅路。
闘い。
そして一時の離別。
「……そうですか……そんなことが……」
しみじみとため息をつくマリア。
流石の俺も、貴女の姉のミリアはクソレズです、とは言い出せなかった。
言いたくもないし、言ったところでどうにもならない。
性癖を家族に知られるのも、それはそれでミリアが可哀想だしな。
俺だってこのくらいの気遣いは出来るんだぞ。
「出来たぁ! アキト、どう? 似合う?」
「おー、いいね。可愛いよフラン」
「エヘヘへ!」
「妾もー! 似合うかえ?」
「いいねいいね、とっても似合ってるぞマール」
「ほほほほ」
「お二人とも、とっっっても可愛いですよっ!!」
やたらと力説するマリア。
目も血走っている。
やはり怪しい。
姉と同じ臭いを感じる。
「よし、俺も完成したぞ。どうだ?」
「あっはははははは! アキト似合わないー!」
「ほほほほほ、主殿、笑わせないでくりゃれ……お、お腹が痛い」
「えー? そんなに変かなぁ?」
「いえいえ! アキトさんもよくお似合いですよっ!」
マリアに借りた手鏡で己の顔を確認する。
うむ、今日も男前だな。
……すみません、わたくし嘘をついておりました。
今日も……冴えない……ツラでした……
鏡の中の俺。
その頭に、ピョコンと犬の耳が立っている。
髪の色に合わせて黒にした。
そう、俺たちは獣人族に化けるため、ケモミミのカチューシャを作っていたのである。
マリアの話では、例え余所からきた獣人族だとしても、かなり寛容に扱われると聞いたからだ。
もし訝しまれたとしても、これならば多少なりと言い逃れできる確率は上がるだろう。
ちなみに、フランは兎の耳。
マールはキツネの耳だ。
うんうん、いいぞ。
二人ともキュートすぎて抱きしめたくなっちゃうね。
「マリア、度々すまんが、服を貸してもらえないかな? どうせなら完全に変装しておきたいんだ」
「あぁっ、いい考えですねっ! アキトさんには父の服を出しますね。フランさんは私のでも大丈夫かしら。マールちゃんは……ごめんなさい、小さい頃の姉の服で……」
「なんたる屈辱!」
マリアが用意してくれた衣服に着替える。
親父さんの身長は俺と同じくらいだったのか、ピタリとサイズが合う。
厚手のシャツと、ズボン、それにコートだ。
「アキトー、どう?」
「おっ、いいじゃないか。大人っぽく見えるぞ」
「へへー、そう言ってもらえると嬉しいねー」
赤茶色のロングスカートがなんだか新鮮だ。
こう言うのを見せないエロスって言うんですかね。
「主様ー。妾、変じゃないかえ? 何やら子供っぽい気がするの」
「うはははは、可愛いぞマール」
「あっははは、マール可愛いー!」
「お似合いですよマールちゃん」
マールが着せられていたのは真っ白なワンピースだった。
袖や襟にフリルがしつらえてある。
確かに子供っぽさは否めない。
でも似合ってるし、いいじゃないか。
「そ、そうかえ……?」
不満そうなマールだったが、何度もクルクル回ってふわりと広がるスカートを楽しんでいるあたり、意外と気に入ってるのかもしれないな。
着替えてから思ったんだけど、服まで替える意味があったのかどうか。
ま、まぁ、気分だ、気分。
武装は敢えてせず、身軽さを重視した。
逃げる場合、余計な荷物はない方が都合もよかろう。
「んじゃ、斥候に出ますか!」
「はーい」
「承知」
「気を付けてくださいねっ!」
日付の変わる頃、俺たちは行動を開始するのであった。




