第百四十話 手厚い恩義を受けたなら
「ふーん、ミリアの妹さんだったんだ? アカデミーじゃそんな話聞かなかったなぁー」
もっしゃもっしゃと食欲を全開にしながら言うフラン。
マリアが俺たちのために、柔らかく煮込んだ豆と野菜の料理を出してくれたのだ。
数日間食事の摂れなかった俺たちの胃袋を慮ってのことである。
一口食べるごとに、弱った胃が優しい味で満たされていく。
はー、美味いねぇ。
味付けは至ってシンプル。
塩と少々のスパイスだけ。
それなのに、これほど美味いとはな。
「あかでみぃ? よくわかりませんけど、姉がお世話になったようで……あっ、フランさん、マールちゃん、そんなに慌てて食べちゃ消化に悪いですよっ」
「ふぁってふぉいふぃいんらもん!」
「んぐんぐ……むぐむぐ、わふぁわの胃がふぉろこんでおるゆえ……」
「お前たち、食べるか喋るか、どっちかにしなさい」
「まぁっ、アキトさんがお父さんに見えますねっ」
「それはやめて」
「じゃあ、お母さんですか?」
「オウフッ! 言われると思ったよ……」
保護者に見られるとは、俺もまだまだだな。
いや、フランとマールが子供っぽいだけかも。
マリアはこう言っちゃ失礼かもしれんが、苦労してきた分だけ落ち着いて見える。
フランと同年代にはとても思えない。
ミリアもレズだけど落ち着いていたし、もしかしたらそう言う家系なのかもな。
おっと、それよりも聞かねばならんことが山ほどあるんだった。
「なぁ、マリア。ここは聖王大陸だよな?」
「はい」
「ここから王都まではどれくらいあるかわかるかい?」
「うーん、そうですねぇ。歩いて十日、では足りないかもしれません」
うげー、まだそんなにあるのかよ……
どっちみち、あのまま進んでいても死んでいた可能性が高いな。
マリアに拾ってもらえて良かったぁ。
これはもう何か恩返しでもしてあげないとバチが当たるだろ。
「何か困っていることはないか? 勿論、泊めてもらったり食事をした代金は払うけど、それ以外でさ」
「えぇぇ!? お金なんて要りませんよっ! アキトさんたちを助けたのも、人として当然のことですから…………でも、そうですねぇ、うーん、どうしましょう」
「家の修繕でもしようか? 大工仕事なら得意だぞ」
「いよっ! 棟梁! 待ってました!」
「うるさいぞフラン。黙って食ってろ」
「ひどっ!」
うんうんと唸りながら、迷う様子のマリア。
言いにくい頼み事でもあるのだろうか。
猫のような耳だけがピコピコ動いて、とてもモフりたくなる。
「本当は、私、と言うか村全体で解決しなければならない問題なんですけど……」
「うん、是非聞かせてくれ。俺は一応勇者ってことになってるんでな。何かの役に立てるかもしれない」
「ええええええ!? アキトさんは勇者様なんですかっ!?」
「あんまり驚かれると少し傷つくが、まぁそう言うことだ。ちなみにフランはSSRで、マールは炎の帝竜だぞ」
「SSR!? 炎帝様!?」
「そうよ! 私はフラン! 劫火を操る金髪碧眼美少女術者SSRヒロインよ!」
「妾はマール! 全てを焼き払う神炎を纏いし竜の王! この名を胸に刻み、ひれ伏すがよい!」
「ははーーー!!」
「おい、バカ二人。椅子の上に立つな、大人しく座ってろ。マリアも真に受けるんじゃない。帝竜はともかく、SSRはそれほど珍しくもないだろ。ミリアもSSRなんだしさ」
「姉さんがSSR!? 嘘ぉ!?」
「知らなかったの!?」
ああ、そうか。
小さいころに村を飛び出したっきりなら、知るはずもないわけか。
あ、マリアが失神した。
立て続けのショックに精神が耐えられなかったようだ。
「えーと、ですね……どこから話せばいいのか……」
気を取り直したマリアが、訥々と語りだした。
復活も早いな。
「うーんと……この村を解放してくださいっ!」
「ちょ!? それいきなり結末! 全然意味がわかんない! 最初から話して!」
「あ、あああ、そうでしたねっ。私ったら慌てちゃって、テヘッ」
意外とおっちょこちょいなんだろうか。
いや、これはやはり天然と見るべきだろう。
可愛いから許しちゃうんですけどね!
「発端は、十数年前だと思います。私も幼くて、あまり記憶もはっきりしないんですけれど……」
今度こそ訥々と語りだしたマリア。
フランが準備しているお茶を飲みながら、ゆっくり聞こうじゃないですか。
「当時、この村の長は、私たちの父だったんです」
「なんだって? それがどうして極貧に……あ、ごめん」
「いえ、その通りですから気にしないでください。その頃は平和で良い村だったんですよ。でもある日、一人の旅人がふらりと現れて、父のやり方が気に食わない一派と共謀し、村長である父を奸計で失脚させたんです。そして……」
「はーい、フランちゃん特製のお茶を淹れたわよー」
「わぁー! とっても良い香りですねっ!」
「フランのお茶は絶品ゆえ」
「話! 話はどうなったの!? 肝の部分なのに! フランは話の腰を折る天才だな!」
「エヘヘ、そんなに褒めないでよー、照れちゃうじゃないー」
「脳内変換すごい! 全く褒めてないからね!?」
仕方なく、ひと時お茶を楽しんだ。
あまりに美味かったのか、マリアが猫耳をピンと立て、茶をガブガブ飲んでいる。
言っておくけど、五杯目だからな。
それで満足したのか、やっと話す気になったようだ。
「ふぅ~、御馳走様でしたっ。さてと、続きからお話しますね…………失脚した両親は、姉と私を連れて、この村外れで暮らすようになりました。だけど、村人たちは目に見えて我々を忌避するようになったんです。流石にひどい嫌がらせとかはありませんでしたけど、いないのと同じ扱いはされました」
「ひっどいわねぇ~、私、許せない!」
「憤慨するのはいいけど、頼むからいちいち立つな」
「旅人は、一派の男を新たな村長に立て、閉鎖的な掟を村に強いたのです。村の者はみだりに森の外へ出てはいけない。外から来る人間を受け入れてはいけない、と」
「ふーむ、なるほどな」
「元々、現村長の一派は強面集団で通っていましたから、次第に逆らう者もいなくなりました。私と姉は、両親に村を出ようと説得したのですが、村人を置いてはいけないと断られたのです。姉が村を出たのもこのころですね」
「そうかぁ、ご両親も村を救おうとしていたんだな……それが志し半ばで頓挫してしまっては、さぞや無念だったと思うよ」
「え? いえ、両親が亡くなったのは、得体のしれないキノコをガッパガッパと食べまくった挙句の食中毒でした」
「えぇぇぇぇ!? 食中毒ぅ!?」
「ええ、大笑いの末に、笑顔のまま逝きましたよ。ある意味では幸せそうでした」
「……ワライタケよりタチが悪いじゃねぇか……なんちゅう理不尽な世界だ」
「両親が亡くなってからは、私への忌避もだいぶ収まり、昔馴染みの人たちがこっそりと助けてくれるようになったんです」
「あぁ、だから貧乏から脱け出せたのか」
「はい。みんな本当は良い人たちばかりなんですけれどね」
「そうみたいだな」
「ええ、でも、掟はやっぱり厳しくて、アキトさんたちも一度は捨て置かれたのを、私が夜中にここへ運び入れたんですよ。村外れなのが幸いして誰にも見られなかったようですけれど」
「うわっ、そりゃ二重に申し訳ないことをした。本当にありがとうマリア、感謝してるよ」
「うんうん! 私も! ありがとねマリア!」
「妾も世話になったゆえ、是非とも救けになりたいと思うが。主様、どうかえ?」
「おう、やってやろうじゃねぇか。で、その男たちの名前は?」
「現村長がホーガン、そして旅人がジローです」
「んん? ジロー……? ジロー、ジロウ……二郎…………まさか俺たちの世界から来た当選者じゃねぇだろうな」
「あー、あり得るかもね」
「ま、主様ならなんとかするであろ」
「私もなんだかアキトさんなら何とかしてくれそうな気がしてきました!」
「マリア、泥船に乗ったつもりで、私のアキトに任せておきなさい!」
「それだと沈んじゃうからな!? 大船だぞ、アホっ子め!」
とは言え、みんなの期待を一身に背負わされた俺は、これから起こす行動の思案に暮れるのであった。




