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第百三十九話 ケモミミ少女と朝チュンを


「ハッ!?」


 目覚めってのはいつでも突然だ。

 そして大抵の場合は、自分の置かれた状況が全く分からないものである。


 なにがどうなったんだっけ?

 てか、どこだここは。


 未だ朦朧としている頭を必死に働かそうとするも、まるで霧の中をさまようように、なにもかもがはっきりしない。

 せめて状況確認だけでもせねばと思うものの、手足の可動はおろか、目も開いているのかすら定かではなかった。


 寒い。

 ただただ寒い。


 冷凍マグロの気分だ。

 いや、もしかしたら死後の世界にいるのかもしれない。

 それとも氷結地獄のコキュートスに落とされたのか。


 寒さは感じる癖に、身震いひとつしやしない。

 とうに身体は朽ち果てて、精神体だけになってしまったとでも言うのだろうか。


 そうだ。

 フランとマールはどうなったんだ。

 俺はどうでもいいが、あいつらだけは絶対に死なせない。


 俺は昔、お婆ちゃんと約束したんだ。

 愛する人が出来たら、全力をもって守りなさいってな。

 お爺ちゃんが、小さかった親父やお婆ちゃんを守って最期を遂げたように。


 その大切な約束を、誓いを、こんなところで破るわけにはいかねぇんだよ。


 俺は全力で身体を動かそうとした。

 だがそれは逆効果だったようで、急速に意識が薄れていくだけであった。


 く……そ……


「今はお眠りなさい」


 現世との境目が遠ざかる中で、女の声が聞こえた気がした。

 聖母が降臨したかのような、耳をくすぐる優しい声。


 身体がほのかに温まるのを感じ、俺は母親に抱かれた赤子のように、安らかな眠りへと導かれて行った。



「ハッ!?」


 目覚めってのはいつでも突然だ。

 そして大抵の場合は、自分の置かれた状況が全く分からないものである。

 だが、今回はもっとひどい。


「はいぃ!?」


 思わず奇声を発してしまう。

 だってさぁ、全裸の女の子が俺に抱き着いて寝てるんだぜ?

 しかも、フランやマールじゃない。


 長い銀の糸を束ねたような美しい髪。

 柔らかい肢体。

 整った顔立ち。

 そして、時折ピコピコと動く、動物のような耳。

 パッと見はフランくらいの年齢であろう、獣人族の女の子だ。


 これじゃ変な声も出るってもんだろ?


 いやちょっと待て。

 なにがどうしてこうなった?

 俺、そこらでナンパとかしたっけ?


 そうじゃない、ここはどこだ。

 今はいつだ。


 いかん。

 完全に混乱している。

 動け!

 俺の頭脳!

 目覚めよ!


「むにゃむにゃ……あ、起きたんですねっ! 良かったですっ!」


 俺が自分の頭を叩いていると、ケモミミ少女も目を覚ましたようだ。

 思った通りの美少女が、俺の腕に抱かれてニコニコしている。

 これではただの朝チュンカップルだ。

 それにこの語尾を強める口調……


「あのぉー、つかぬことをお聞きしますが」

「はい?」

「ここはどこですか?」

「サリエリ村ですよっ」

「はぁ、そうなんですか。ところで貴女は?」

「申し遅れました。マリアと申します」


 なるほど、聖母だな。


「こちらこそ申し遅れました。アキトと申します」

「これはこれはご丁寧に」

「ところでマリアさんは、何をしていらっしゃるんでしょう?」

「生業はですね、森の……」

「ああ、いえ、そうではなく。俺と裸でナニをしていたのかと」

「キャッ! そうでしたっ! ごめんなさいごめんなさいっ! はしたないですよねっ! あははは、私なんかに抱き着かれても困っちゃいますよねっ! アキトさんが凍えていたので温めていただけなんですよっ!」

「いえ、むしろ眼福、いや感謝しています。あれ? でも、俺は鎧を着ていたはずですが」

「温めるから鎧を外してくださいと言ったら、自分でお脱ぎになってましたよっ」


 俺の節操無し!

 いや、よくやった!!

 自分で自分を褒めてあげたいです!

 フランたちに見られたら半殺しにされそうだけどな。


「そうだ! 連れの女の子二人はどこですか!?」

「別室で眠っていらっしゃいます。ご安心ください、お二人ともご無事ですからっ」

「はぁぁぁ、良かった……」

「お二人とも、とっても可愛らしいですねっ。アキトさんの妹さんですか?」

「あー、いやまぁ、そんな感じですな、はっはっは」


 咄嗟に嘘をつく俺。

 だって、嫁ですなんて言ったら、この子とお近付きになれないじゃねぇか。


 それよりも、もっと気になっていることがある。

 このマリアと言う少女。

 見かけといい、口調といい、名前といい。

 ミリアにそっくりすぎないか?


 違いは胸の大きさくらいだぞ。

 ちなみに、マリアのほうが遥かにデカい。


 しまった。

 彼女が目覚める前に吸っておけばよかった。

 俺としたことが勿体ないことをしてしまったもんだ。


「マリアさん」

「はい? なんでしょう?」


 俺は意味も無くピロートーク風に、マリアへ顔を近付けながら言った。

 あわよくばムフフな事をする算段だったんだが。

 驚いたことに、嫌がるそぶりはない。

 ただ、大きな目をパチクリとさせているだけだ。


 ぐっ、そんなに純真な目で見ないでくれ。

 罪悪感に苛まれるからさ。


 仕方ない。

 方向性を変えよう。


「あのー、ミリアって子を知ってますか? マリアさんによく似ているんですけど」

「ミリア姉さんをご存じなんですかっ!? 姉は今どこに!?」


 おやおや。

 ビンゴだったとは。

 しかもマリアの方が妹かよ。

 姉さんよ、妹におっぱいで負けてるぞ。


「えーと、何と申しましょうか」

「十年前に村を飛び出したきり、帰って来ないんですっ! 姉は元気なんですよね!?」


 俺にしがみつき、キス寸前の位置で必死に問うマリア。

 たわわな胸が俺の上で踊る。


 俺が手を出すはずもないと思ってやってるんだろうか。

 でも、天然っぽいしなぁ、この子。


 しかし、これを我慢しろってのは無理難題過ぎるよな。

 恨むぜ神様。


「お、落ち着きたまえ。ミリアは無事、なはずだ多分」

「本当ですか!? どこにいるんですっ!?」

「あー、えーと、かなり遠くなんだ。今は会えないけど、俺が必ず連れて来るから」

「本当ですねっ!? 姉さん無事だったんだ……うぇーん、良かったぁー……」


 俺の胸がマリアの涙で濡れる。

 こうなってしまっては、泣き止むまで頭を撫でてやるくらいしか出来ることはない。

 こんな可愛い妹がいるのに、ミリアはなんで飛び出したんだろう。


「姉はですね、閉鎖的なこの村を見限って出て行ったんです」

「……ほう」


「ごめんなさい、嘘をつきました」

「嘘なの!? いきなり!?」

「いえ、閉鎖的なのは本当です。アキトさんたちを助けるのも、たくさん反対者がいたくらいなんですよっ」

「うわ、そりゃあ迷惑をかけちまったな。申し訳ない」

「いえいえっ! 礼には及びません、これは両親との約束に従ったまでですから。困っている人がいたら、迷わず助けなさいと」

「……良いご両親だな」

「はいっ! でも、姉が出て行った理由もその両親にあったんです」

「んん? どう言うこと?」

「父も母も懸命に働いてはいたんですけれど、なんでか極貧が続き、その日の食べ物にすら困る有様でした」

「貧乏だったの!?」

「はい! それはもう! ひどい時には私と姉で、木の実や、虫、食べられそうな草を採ったり」

「うえぇぇ……」

「そんな生活に嫌気がさして、姉は飛び出して行きました」

「ミリアもひでぇなぁ。こんなに可愛い妹を残していくなんて」


「えぇっ!?」

「え?」

「わ、私、可愛いですか?」

「はい、それはもう」

「わっ、うわっ、男の人にそんなこと言われたの初めてですっ! きゃー、恥ずかしいっ」

「おいおい、見る目がねぇなこの村の野郎どもは」

「大体の人からは、貧乏とか金無しとか呼ばれてましたから」

「ひどい!!」


「それも、先日両親が他界するまでの話でした。それからは運命そのものが変わったように貧しさから脱け出すことが出来たんです」

「えぇぇ!? こう言っちゃ失礼だが、ご両親は貧乏神か何かの化身だったの!?」

「あはは、そうかもしれませんねっ」


 どれだけ芯が強かったら、こんなに純粋な笑顔が出来るんだ。

 苦労に苦労を重ねて来たんだろうに。

 のほほんと自堕落に生きてきた俺には眩しすぎるぞ。


「ア、アキトさん?」

「苦労したんだなマリア。よしよし、これまでよく頑張ったね」

「はい、はい……」


 俺は力強くマリアを抱きしめた。

 邪な気持ちは、少ししかない。


 って、あるんかーい!

 とセルフツッコミしておこう。


「マリア、良かったら俺と……」

「浮気者はいねがー! 悪いアキトはいねがー! 浮気レーダーにビンッビン反応があるんですけどぉー!?」

「妾にも淫らな劣情を発しておる主様がみえておるゆえー! 主様はいずこー!?」

「げぇっ! フラン! マール!」


 ドバーンと豪快に入ってくるフランとマール。

 無駄に元気そうだ。

 よかったよかった。


 じゃねぇ!

 やべぇよ!

 こんな場面じゃ言い逃れすらさせてもらえないぞ!


「ほら見たことか! 主様には妾がおると言うのに……!」

「アキトのバカーー!! 何ですぐに浮気しちゃうのーーー!?」

「浮気じゃねぇ! この子は俺が死にそうだから助けてくれたんだぞ! おい、ちょ、フラン、高速詠唱はやめろ! マール! 大きく息を吸い込むな! ギャーーーーー!!」


 二人の放つ炎を、甘んじで受けとめる俺なのであった。

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