第百三十八話 どこまで歩けばいいですか?
聖王都、もしくは近郊の街や村を目指して歩き始めた俺たち三人。
いつも騒がしい我らスチャラカ冒険隊のメンバーがいないだけで、こんなにも寂しく静かな旅立ちになるとはな。
正直言って、既に先が思いやられている。
だって、右も左もわからない土地をだよ?
何の指標も無く目的地を探すってさぁ。
普通に考えたら誰もやらねぇだろ?
「大丈夫! アキトがいるもん、きっとなんとかなるよ!」
「うんむ、妾もその点は全く心配しておらぬゆえ」
「君たち……!」
よほど俺がしょぼくれて見えたのか、フランとマールが優しい言葉をかけてくれた。
多少なりと落ち込んでいただけに、俺の心へ沁み入る。
仲間っていいもんだねぇ。
「でも、マール。アキトの夜這には気をつけてね。アキトはどこでも潜り込んで来るから」
「それは真かえ? 流石は主様よ、ヤヨイたちが変態王と言っていただけのことはあるの。せいぜい気をつけるとしよう」
「君たちィ!?」
あいつらぁぁ!
マールに何てことを吹き込んでるんだ!
いい仲間だと思った矢先にこれだよ!
帰ったら思い知らせてくれよう。
そんなわけで、旅の第一日目が始まった。
俺もフランも元気一杯、意気揚々。
楽しく談笑しながら歩も進む。
聖鎧が落下したことによって焼け野原と化した大地をひた歩く。
マールはまだ調子が悪そうだ。
それでも俺が作った大して美味くもないメシを、二人はペロリと平らげてくれた。
地味にこういうのって嬉しいよな。
愛情メシ、のお陰かどうかはわからんが、マールの調子もだいぶ戻ったように思える。
それからは三人でキャッキャウフフしながら進んだ。
今までの話、これからの話、そして恋の話。
いかに俺のことが好きかをマールへ熱弁するフランに、いくら厚顔無恥な俺でも見えない手で耳を塞ぐしか防衛手段はなかった。
恥ずかしいったらありゃしねぇ。
俺は聞いているようで聞いていない風を装いながら歩くのみ。
ガールズトークに男は無用なのである。
ぶっちゃけ、フランみたいな可愛い子に好かれて悪い気がするはずもない。
むしろ、ムクムクと自分の鼻が高くなっていく気すらするほどだ。
時折、マールが俺を見ながらニヤニヤしているのは業腹だがな。
「いやぁ、随分と愛されておるのぅ主様よ」
「うるせぇうるせぇ」
「妾も負けておられぬゆえ、覚悟してくりゃれ」
「ぐぬぅ……」
焼け野原を抜け、ヘトヘトになるまで歩いた頃、とうとう日が落ちた。
俺たちはここで初日の旅を終えたのである。
北方ほどでないとは言え、やはり夜は厳しい寒さだ。
焚火の前に三人寄り添って毛布にくるまる。
俺的には非常に嬉しいシチュエーション。
ここで何もしないのは男がすたる。
と思っていたのだが、先に寝息をたてはじめたフランとマールにつられて、俺もいつしか眠りに落ちた。
疲れていたとは言え、情けない限りである。
そして第二日目の朝を迎えた。
夜露に濡れた毛布を焚火で乾かし、質素な朝食を摂ってから出発した。
水と硬いパンのみだ。
既に食材が乏しくなっているのもあるが、お楽しみは昼に回したいと言う俺の勝手な理論であった。
昨日の元気はどこへやら、フランとマールは言葉少なに歩いている。
慣れているとは言っても、野宿では疲れもそれほど取れなかったのだろう。
無理も無い。
俺は序盤が勝負と思い、割とハイペースで進んだからだ。
男の俺でも多少ヘバるくらいだったもんな。
俺は二人へ、ウザくならない程度に励ましの声を掛けながら進んだ。
先も解らんのにうるさく言ってヘソを曲げられては敵わんからな。
昼も過ぎ、日も傾きだした時間。
俺たちは亀裂、いや谷間にぶつかった。
幅は八メートル、深さは十メートル以上ありそうだ。
左右を見回すが、渡れそうな橋はない。
人が住んでいないなら、橋もいらないってことなのだろう。
しかも、両端が見えなくなるまで亀裂は続いている。
これじゃ迂回しようにもどこまで歩けばいいのやら。
うーむ、困ったな。
幅跳びするには怖い距離だし。
俺は下を覗き込んだ。
かなりゴツゴツした岩だし、なんとか降りられそうではあるか。
「俺が先に降りるから、その後をついてきてくれ」
「うん」
「ふぇ?」
間抜けな声を出したのは、マールだ。
見れば、小さな黒い翼をはためかせて、既に亀裂の向こうへ降り立っていた。
「「ズルい!」」
俺とフランが思わずハモる。
飛べるのってさぁ。
ある意味チートだよなぁ。
「ほほほ、このくらいの距離ならまだ飛べるゆえ」
口元に手を当てて笑うマール。
俺は口をへの字に曲げてから、崖へと一歩を踏み出した。
ああ、思ったよりは簡単に行けそうだ。
俺は大きめの岩を、手掛かり足掛かりにして降りる。
うん、これならフランでも大丈夫だろう。
続いてフランが降りて来るのを見守る。
尻とパンツをたっぷりと眺めながら、いつ落ちてきてもいいように下で身構えた。
意外と運動神経の良いフランは、迷いなく降りてくる。
「フフン、私もなかなかでしょ?」
「ああ、見直したよ。いい子だ」
「エヘヘー」
ドヤ顔のフランを撫でると、子供みたいな笑顔を見せる。
可愛いやつだ。
こんなんで元気を出してくれるなら、いくらでも撫でてやろう。
今度も俺が先に登り、上からロープを垂らして、フランを引き上げた。
フランめ、無精しやがって。
ほぼ全体重を俺に預けて来たのだ。
余計な体力を使わせるなよと思ったが、可愛い嫁のためだ。
仕方あるまい。
登り切って一息ついたあたりで、日が暮れた。
第二日目の終わりである。
結局この亀裂が、今日一番の難所となったわけだ。
どうか明日は平坦な旅路でありますように。
「……なぁ、今日は何日目だっけ……」
「…………ハヒ……ヒィ……」
「………………」
既に日付の感覚はない。
確か四日目あたりで食料が尽きたあたりまでは、なんとなく覚えている。
荒涼とした真冬の荒れ地が続く中に、食材などどこで見つけろと言うのか。
幸か不幸か、水だけは時々見かける残雪のお陰で尽きることはなかった。
だが、最も必要な気力と体力が尽きかけている。
俺たちは三人ともが棒切れを杖代わりに歩いている状態だ。
意識もかなり朦朧としてきた。
いかん。
頭の中に巡るのは餓死、全滅、焼肉と白米などのネガティブな単語ばかりだ。
いや、後半のはただの欲望だな。
あぁー、米食いてぇなぁー。
こっちの世界にも米はあるらしいんだが、見たことねぇんだよな。
真っ白なホカホカご飯。
噛むほどに溢れ出す甘み。
最後の晩餐に選ぶならやっぱり米だよ。
だってお米の国の人だもん。
ゾンビの群れみたいな俺たちは、ようやく荒野を抜け、とんでもなく広大な森林地帯へと突入していた。
針葉樹なのか、それとも寒さに強い植物なのか。
ジャングルと言っても差し支えないくらいに緑の木々で覆われている。
鳥などの声が聞こえるってことは、動物も結構いるようだ。
だが俺にはもう、そいつらを捕らえるだけの体力がない。
トサリ、とマールがうつ伏せに倒れた。
限界が来たのだろう。
それでも体調の良くない中で頑張ったと思うよ。
俺の身体が無意識に動き、マールを肩に担ぐ。
思った以上に軽い。
背負ってでも運んでやるって約束したもんな。
嫌われないためにも、この位の甲斐性は見せないと。
「アキト……ごめんね……」
フランがそう言って倒れたのは、しばらく後のことだった。
ごめんなんて言うなよ。
謝らなければならないのは俺の方だ。
すまんな、フラン。
お前とマールだけは、なんとしても助けるからな。
俺は右肩にフランを担いだ。
畜生、這ってでも進んでやる。
こんなところで死んだら、何にもならねぇだろうが。
俺は愛すべき嫁たちと、平穏でのほほんとした老後を送るんだ。
おっと、その前に結婚式を挙げてやらんとな。
みんなに純白のドレスを着せて、俺はタキシード。
ライスシャワーの雨の中、祝福の声を浴びる俺たち。
くそぅ、また米の話かよ。
米食べたい。
米食べたい。
焼肉のタレがしみ込んだ白米が食べたい。
うぅっ、意識がもう、途切れ途切れだ。
二人が異様に重く感じる。
バカ言うな、絶対離さねぇぞ。
「おい、貴様。ここで何をしている!」
鋭い誰何の声。
まさか俺に言っているんだろうか?
んなバカな。
こんな森の中で?
幻聴だろう、きっと。
「ちょっと、あなた! 大丈夫!?」
世界が途絶する寸前、俺の霞む目には、迫り来る獣の影が見えたのであった。




