第百三十七話 トホホの徒歩で旅に出よう
プシーーーッ
聖鎧のあちこちから排気音がする。
全身の各所を示すパネルも、いくつか赤く光っていた。
故障、もしくは不具合が出ているのかもしれない。
いつの間にかシートベルトは引っ込み、全天視界モニターも消えていた。
色々とパネルには表示されてるんだが、読む気力すらない。
言っておくが読めないからじゃないぞ。
解読に多少のお時間をいただくだけ!
しかし、かなり派手にやらかしたもんだなぁ。
全員がなんとか無事だっただけでも良しとしようじゃないの。
「全機構強制再起動、自己診断機能作動、修復装置作動、機能一部遮断、再起動完了まで九十万六千五百八十秒、だって。アキト、意味わかる? 私、言葉の意味はわかるんだけど、内容はちんぷんかんぷんなの」
「えぇぇ!? えーと、一日って確か九万秒くらいだったな……つまり再起動に十日以上かかるってことか!? マジでつかえねーポンコツだな! こいつの演算能力はファミコン以下だ!」
「私に言わないでよー! だいたい、ファミコンってなに!?」
「ごめん。いや、フランに怒ってるわけじゃないん……」
「主様……み、水を……くりゃれ……」
「うわぁ!? どうしたんだマール!」
マールがしおしおになってる!
エネルギーを吸い取られすぎて干からびちゃったのか!?
道理で抱きしめる感触がやたらと細く感じたはずだ。
「水だな!? あれ、水はどのボタンだっけ」
色々ありすぎて薄くなりかけた記憶を頼りにスイッチを入れる。
ウィーンと言う音と共に、給水用のチューブが降りて来た。
おっ、正解じゃないか。
俺の記憶力も捨てたもんじゃないな。
俺はチューブをマールに咥えさせた。
だが、一向に水の出る気配は無い。
不思議に思い、俺はチューブを咥えて思い切り吸い込んでみた。
ドリュンと溢れ出す水。
一瞬で俺の頬が最大まで膨らんだ。
「んぶっ! んんんんんんんん、んんんんんん?」
「なになに? フランは今日も可愛いよ? いやーん!」
「マールはいつ結婚してくれるんだ? とな? 今日でも構わぬと言っておるゆえー」
水は出たものの、どうしたもんかな、と言ったつもりだったが、二人には全く伝わらなかったようだ。
しかも、超身勝手な解釈しやがって。
このアホっ子たちめ。
「んーん、んんんんん、んんんんんんんん」
「???」
マール、取り敢えず口を開けてくれ、と言ったのだ。
手もパクパクさせて、口を開けろとジェスチャーしたのだが、マールはバカを見るような目付きをしただけだった。
こんにゃろう!
「んぐぅ!? んっ、んっ、んっ!」
頭に来た俺は、マールの口を強引に手で開け、唇を押し付けて水を流し込んだ。
マールの喉が動いているのは、嚥下している証拠だろう。
「んんんーっ!? んっ、んんっ、はぁっ……」
ついでに罰として舌を差し込み、口内を思うさま蹂躙してやった。
マールの青ざめていた頬に朱が差す。
呼吸も、もはや桃色吐息だ。
「アキトさん、いえ、ダーリン。なにをしていらっしゃるのかしら?」
「ハッ!?」
俺の背後から怒気が襲いかかり、背筋を極寒の地に変えた。
薄暗いコクピット内に、フランの青い瞳だけがギラギラと輝いている。
怖ぇよ!
「聞いてくださいフランさん、いやハニー。これは人命救助です。崇高な目的のためなんです」
「人命救助ぉー? 私にはただのディープキスにしか見えませんでしたけどぉー?」
「そりゃ、お前の目がおかしいから……って、何でそんな言葉知ってんだよ?」
「アキトが机の三段目に隠してた本からよ! きえぇぇぇ!」
「ぎゃーー! 目を潰そうとするなぁぁぁ! 俺の机も勝手に漁るなぁぁぁ!」
「主様ぁ……もっとぉ……アハァン、もっとくりゃれぇ……アソコが疼くのぉ」
「言いかた!! 欲しいのは水だよな!? アソコって胃袋のことだよな!? な!?」
ひとしきり大騒ぎした後、話題はこれからについてへ移っていた。
聖鎧の再起動に十日もかかるのでは、とても待ってなどいられない。
幸いなことに、多分ここは聖王大陸だと思われる。
なので、聖王都へ行ければなんとかなるはずだ。
いざとなったら、城にいるシャルロット姫へ泣きつけばいい。
彼女なら、きっと喜んで俺たちを迎え入れてくれる。
俺たちは満場一致で王都へ向かうことにした。
貴重品といくらかの物資は持って来ているものの、色々と乏しい。
特に心許ないのは食料だろう。
「なぁ、マール」
「うん? また接吻の時間かえ?」
「そんな時間決めてないよ!?」
「いつでもしていいのに……」
「いいの!? ……じゃなくて、俺たちを乗せて王都まで飛んで欲しいんだ。あんまり食料もないからさ」
「……今の疲弊しきった妾では帝竜の姿になれぬゆえ……己を浮かすことすらままならぬ……主様には申し訳ないが……」
「そうかぁ、いやいいんだ。無理を言ってすまない。歩くのがきつかったら言えよ? すぐに背負ってやるからな」
「……主様ぁ! 今すぐ抱いてくりゃれ!」
「なんでそうなった!? いや、そのうち抱くけども!」
「アキト! まずは正妻の私からでしょ!?」
「お前が正妻だったの!?」
「ひどい! 最初に出会ったのも、最初に告白したのも私なのに!?」
俺たちはそんな会話をしながら、先程散らかした備品の中で使えそうなものを拾い集めた。
はっきり言って、大したものはない。
有難いのは水くらいだ。
そうして準備を整え、開いた操縦席のハッチから外へ出る。
あれぇ?
降りてすぐ地面だ。
ぐるりと周囲を見回すと、着地の衝撃でクレーターとなったド真ん中。
そこに聖鎧は腰まで埋まっていたのだ。
俺たちが乗っていたのは腹部分。
そりゃ、すぐ地面だわな。
やばかったなぁ。
もうちょっと深く埋まってたら、聖鎧からの脱出すら不可能だったぞ。
僥倖、僥倖。
えっほえっほと、すり鉢状になったクレータを登る。
かなりの急斜面に、女子二名は死にそうなほど息切れしていた。
マールはともかく、フランは荷物も担いでないってのに……
俺は二人の手を握って引き上げながら先へ進む。
これなら多少は楽に歩けるはずだ。
平坦な場所まで登り切り、そこで一度休憩を取った。
水を飲みながら下を眺める。
うへぇ、上から見るとすんげぇクレーターだな。
聖鎧を中心に数キロメートルは抉れているぞ。
近くに街や村がないみたいで良かったなぁ。
危うく大量殺戮者になるところだ。
俺は背嚢からコンパスを取り出し、方角を確認した。
これも大事なものは持って歩く癖がついていたお陰である。
「王都はどっちだ?」
「少なくともあっちじゃないと思う。あっちはなにかすごく嫌な感じがするの」
「ほう、フランはなかなかに敏感よの。あちらには災厄の本体があるゆえ」
「二人ともすごいな。じゃあ、そこから導き出される王都の方向は……?」
バッと二人が同時に指をさした。
だが、見事にバラバラの逆方向である。
「息が合わねぇ!」
「だってわかんないんだもん!」
「主様ともあろう者が、妾の勘を信じぬのかえ?」
「勘かよ! もういい、俺が決める!」
上空に飛ばされた時に見た災厄本体の位置や地形と、脳内に思い描く地図を合致させる。
確か聖王大陸の北西側に災厄がいて、聖王都と港町は東南の海沿いにあったはず。
聖鎧で飛び立ったのが第三の街付近だった。
そこから真っ直ぐ西へ移動したとすれば、聖王都よりはだいぶ北にずれているな。
つまり、南、ないしは南東へ進むべきだ。
うむ、決まりだな。
「よし、俺たちはこれから南へ向かう。だけど、距離がどのくらいあるのかさっぱりわからん。なので、かなり歩くことを覚悟して俺についてくるように」
「はぁーい、できるだけがんばるー」
「承知」
気だるげ三人衆は、トホホな徒歩で先の見えない旅を開始するのであった。




