第百三十二話 パンツのことなら任せなさい
「うぅ……なにやらムズムズする……」
レプラコーンとの死闘で、自ら下着を焼き尽くしたマール。
仕方なく、素肌へ直にサイバースーツを着たようだ。
流石に他人の下着は借りられまい。
こらこら、股間を押さえてモジモジするな。
俺が興奮しちゃうだろうが。
「替えは無いのか?」
「無い……あれは一張羅だったゆえ……」
「パンツに一張羅ってあるの!?」
もしかしたら、勝負下着的なものなのだろうか。
確かにフリフリで可愛らしいパンツだったが。
俺のために穿いて来てくれたのだと考えれば、マールがとても愛おしく思える。
「そうかそうか、俺のためにあんな可愛いパンツを穿いてたのか。よしよし、街に着いたら新しいパンツをいっぱい買ってやるからな」
「主様、そんなにパンツパンツと連呼しないでくりゃれ……恥ずかしいゆえ……」
あー、もう可愛いロリドラゴンだなぁ!
超長生きしてる帝竜なのに、この初心さは貴重すぎる。
しかも、勝負下着の概念を知ってるってことは、どこかで誰かの話を聞きかじったってことじゃね?
『いい? 好きな男性と会う時は、気合を入れた下着を穿かないとダメよ!』みたいな話をな。
純真なマールは、それを聞いて真に受けたのだろう。
ちょっとだけ耳年増とか、余計に萌えるわ。
俺は問答無用でマールを抱きしめた。
小さな頭を、擦り切れるほど撫でまわす。
それを転がって見ていたアホ娘たちが、もぞりとゾンビの如く蠢きだした。
怖ぇよ。
顔も幽鬼みたいになってるし。
それでも動けるようになっただけ、だいぶ復調してきているってことだろう。
さっきまではマグロだったもんな。
てか、怖いから這い寄ってこないでくれ。
俺たちはその場でしばらく休憩し、お茶や軽い食事を摂った。
みんなも吐いてすっきりしたのか、割とモリモリ食べている。
くそぅ、こんなトラブル続きなら、最初から出発を午後にしておくんだった。
そうすればハクドウちゃんとも、もうちょっとイチャイチャ出来たのに。
俺としたことが、しくじったなぁ。
ともあれ、準備を整えた俺たちは、再度空の人となったのである。
今度は至極順調な旅となった。
フランたちが回復したこともあり、多少の揺れもなんのその。
マールが気分も良さそうに加速していく。
光る雲を突き抜けフライアウェイ、だ。
とは言っても、乗っている俺たちに配慮してか、思っていたよりは緩やかな速度だ。
あんまり速いと呼吸すらままならないからな。
実に優しい子だねぇ。
数時間ほど経過しただろうか、あの長旅が嘘であったように北地方を抜けた。
山岳地帯が終わっただけなのだが、もう雪の姿は無い。
空気も冷たいのは冷たいが、北方に比べたら雲泥の差だ。
などと考えているうちに、遠目だが第三の街サドアが視界に入って来た。
別段、街から火の手が上がっているとか、四方を怪物に攻め立てられていると言った様子は無い。
じゃあ、あの緊急コールは何だったんだ。
「ねぇアキト」
「ん?」
「流石にマールが街へ降りたら目立ちすぎるんじゃない?」
「フランにしては良い意見だ。俺もそう思ってたよ」
「フランにしてはってひどくない!?」
「バカだなぁ、褒めてるんだぞ? フランは可愛くて賢いなぁってことだ」
「え? そ、そう? ならいいんだけど、エヘヘ」
なんてチョロいんだ。
そのうち、『いやぁ、実にバカですなぁ!』とか言われても、誉め言葉だと思って喜ぶようになってしまうんじゃなかろうか。
いくら何でもそれは残念な子すぎるので、今後は自重してあげよう。
「街の西は平原ですし、遮蔽物がないとやっぱり目立っちゃいますね。降りるなら東側の森にしませんか?」
「ヤヨイ」
「なんです?」
「賢い子は好きだぞ」
「そうですか、ヘヘヘ。お世辞でもそう言われると嬉しいですね」
黒髪を手で押さえながら、はにかむヤヨイ。
大人っぽい仕草に、少しだけドキッとする。
って、ラブコメかっ。
「…ズルい……わたしも褒められたい…」
「わたしもーわたしもなのー」
シャニィとティナが、ピョンピョン跳ねて猛烈なアピール。
「二人はもう、そこにいるだけで可愛いから良いんだよ。可愛いは正義って言うだろ?」
「…むふーっ、これでアキトの正妻はわたしに決まった…」
「阻止しますなの!」
「阻止するもん!」
「断固阻止します!」
「妾モ阻止ニ一票ヲ投ジルユエ」
投票制じゃないからね!?
マールが旋回し、東側に広がる森林地帯へ向かった。
不死王のダンジョンがある辺りまで飛び、帝竜サイズでも着陸できそうな場所を探す。
街からは結構離れてしまったが、念には念を入れておかねば。
もしも、だよ?
街が災厄の手に落ちていたら、の話だが。
いきなりドラゴン姿のマールが現れた場合、敵は極度に警戒するだろ?
俺たちが帝竜の加護を受けているってのは、秘匿していた方がアドバンテージとなるわけよ。
マールには、これからなるべく人型で過ごしてもらうつもりさ。
人型の方が、エッチな事も出来るしなっ。
やめて、それが本音だろって突っ込むのやめて。
多少狭いが、何とか降りられそうな空き地を発見すると、マールは降下を始めた。
木々を何本か倒してしまったものの、着地成功。
俺たちは、急いで背に括りつけた馬車をマールから降ろした。
「あー疲れたー肩凝ったー! 人を乗せて飛ぶのは、やはり気を遣うゆえー! 誰か肩を揉んでくれぬかのー!」
人型に戻ったマールが、これ見よがしに自分の肩をブッ叩いている。
最大の功労者なのは確かだけに、質が悪くて敵わない。
だが、秘策はある。
「いやー、流石は帝竜だよなぁー。雄大に空を駆ける様は、まるで一幅の絵画みたいだったなぁ」
「ほんとほんと、力強くて格好良くて、威厳を感じちゃった!」
「ですね。偉大な炎帝竜マールの名は世界に轟いていますから」
「…ありがとうマール。帝竜ってすごいのね……貴重な体験をさせてもらった…」
「ビューンと速くて、あっと言う間に着いちゃったですなの! マール、ありがとうなの!」
全員から褒め殺しにされて、目を白黒させるマール。
弱点は最大限に活用せよ、ってな。
みんなにマールの弱みを教えたのは俺だけどねっ。
「うぐっ……うぅー……そんなに褒められたら妾は……妾は! 恥ずかしいーっ!!」
マールは真っ赤になって馬車へ駆け込んでいく。
帝竜とは思えない可愛らしさに、俺たちは思わず大爆笑してしまった。
さぁて、久々となる馬車の旅だ。
つっても、数時間だろうけどな。
あんまりのんびりしてると夜になっちまう。
しばらく走った頃、窓から景色を眺めていたマールが声をあげた。
「あれ! あれは!?」
振り返ると、マールが何かを必死に指さしている。
その方向には、丘に転がる白銀の輝き。
巨大な白き人。
俺とフランが燃料切れで放置した、聖鎧の姿が見えていたのだ。
「ああ、ありゃ聖鎧だな」
「聖鎧ちゃん! 久しぶりー!」
「うわー、地下で見た時よりも大きく感じますねー」
「…うぅっ、わたしの中のロボ好き魂が疼く……合体したい…」
「聖鎧……初めて見ましたなの!」
「主様は聖鎧を手に入れていたのかえ!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? まぁ、成り行きでな。今は不死王になっちまったが、初代聖騎士王レオンから託されたって言うか、押し付けられたポンコツ巨大ロボだ」
「なんと……! あ奴め……妾の主様に……」
それきり、何かを考えこむようにマールは黙ってしまった。
何なんだ。
動かねぇガラクタに用は無いぞ。
更にしばらく進むと、今度はシャニィが騒ぎ出した。
「…アキトぉ…」
「はいアキトです」
「…ねぇ、アキトぉ…」
「アキトだよ?」
「…ア゛、ギ、ド…」
「どうした!?」
「…おしっこ漏れちゃう…」
「それをはよ言わんかい!!」
俺は思い切り手綱を引いて、急ブレーキをかける。
驚いた馬が立ち上がって嘶いた。
どうどう、ごめんごめん。
「ほれ! 早く済ませてこい!」
「…アキト、見たい…?」
「ぐぬっ! み、見たいわけあるかっ!」
「…ウフフ…」
うおぉぉぉぉ! 見たいに決まってるだろうがぁぁぁぁ!!
俺の中の俺が、絶叫し、血涙を流す。
俺はサキュバスの淫らな誘惑を振り切るように後ろを向いた。
そうだ、どうせならみんなにも聞いておくか。
「おーい、トイレ休憩だ。今のうちに用を足しておけよー」
「「「「はーい」」」」
ドヤドヤと全員が降りていく。
どんだけ溜めてたんだよ、お前ら。
ま、寒いから仕方ないか。
そんな道中だったが、いよいよ第三の街が近付いてきた。
謎の緊急コール。
繋がらなくなってしまった通信機。
それらが意味する物とは何なのだろうか。
見慣れた街のはずなのに、何故か緊張感が高まるのであった。




