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第百三十一話 酒は飲んでも呑まれるな


 炎帝竜マールの背に乗って、空の旅を開始した俺たち。

 寒風がこれでもかと顔を叩くが、高揚感でいっぱいの俺には、むしろそれが心地いい。


 大海嘯戦の時にも搭乗したが、無我夢中だったからな。

 落ち着いて空を楽しむ余裕すらなかったわ。


 雲海を下に眺め、天へ突き立つ超巨山の威容を望む。

 眼下を大きな鳥が、編隊を組んで飛行していた。


 うむ、素晴らしき絶景だ。

 そしてこの世界も、向こう側に負けじと美しい。


「うわ~! 綺麗~! すっごいねアキト! ……うっぷ……」


 輝いていた顔を一瞬で青ざめさせるフラン。

 吐きそうなのか、口元を手で覆っている。

 昨夜の大宴会で、マールにしこたま飲まされたツケだ。

 仕方なく背中をさすってやる。


「アキトさん……」

「はいアキトだよ」

「景色は素晴らしいのですが、結構揺れますよね……うぼぇぇ」


 うつ伏せでぐったりしているヤヨイ。

 自業自得過ぎて、言葉をかけてやる気も起きない。

 これに懲りたら自制することだ。

 こちらの背中もさすってやった。


 ちなみに、シャニィとティナも真っ青な顔で近くに転がっている。

 二人は会話すら出来ないほどだ。


 その時、強風に煽られたのか、マールの巨体が左へ傾いだ。

 途端に、アホ娘たちが涙目で口をおさえた。


「ヌシラ、頼ムユエ、妾ノ頭ニ吐クデナイゾ」


 マールのくぐもった声が聞こえた。


「ごめん、無理かも……」

「わ、私も、限界……です」

「チョ、ヤメヨ! 待ッテクリャレ! オ願イ!」


 マールの儚き願いは、どこにも届かなかった。


「うおぇぇぇー……エレエレエレエレエレ」


 フランを皮切りに、全員が……

 あぁ、なんてことだ。

 飛び散ったアレが、高空の冷気で瞬時に凍り、陽光を反射して美しい虹へと……


「ヤメ、ヤメテェ! ギャーーーー!」


 アレを頭部にぶっかけられたマールの凄まじい咆哮。

 そもそも、みんなに飲ませたお前が悪いんだろ。


 待てマール!

 きりもみ急降下はやめて!

 おーちーるー!!



「ほら、フラン。水だぞ」

「あ、ありがとう……うっぷ」

「ヤヨイも飲めるか?」

「はい……ありが……うぼぇっ」

「シャニィとティナはどうだ?」

「…あぁん、自分じゃ飲めないから……アキト、口移しで……おえっぷ…」

「やだよ! せめて口をゆすいでから言え!」

「アキトさん、わたしはゆすぎましたなの……だから口移しを……うぇっ」

「だったら自分で飲めるじゃねぇか!」


 マールが強制的に雪山へ不時着したため、俺は現在その後始末に追われている。

 汚れたマールを掃除してやり、アホっ子たちのケアまで……


 かつて、これほどまでに情けない勇者が存在しただろうか。

 いや、いるはずもあるまい。


 地味な探索の旅をする勇者はいたかもしれないが、二日酔いの少女たちが吐いたゲロの処理をする勇者ってさぁ……

 そういや、小便の世話をしたこともあったよなぁ。

 ……情けなさに拍車がかかるし、これ以上深く考えるのは止めにしよう。


 可愛い嫁たちのためだと思えば、大したことないよな!

 つ、強がりじゃないもん!


 ……さてと、ゲロインたちの面倒を見るか……

 

「すまんなマール。アホたちが回復するまでしばらく休んでくれ」

「ひどい目に合った……」

「埋め合わせはするからさ」

「本当かえ?」

「ああ」

「ふっふーん、じゃあ主様が妾だけに一日尽くしてくれるというのはどうかえ」

「うわ、無茶振りもいいとこだ!」

「なら、許さぬもーん」

「く……わかったよ、お姫様」

「やったぁ! ほほほ、どうしてくれようかのー」


 人型へ戻ったマールが、嬉しそうに俺への仕打ちを思案している。

 いたずらっぽい笑顔の中に、八重歯がキラリと光った。

 いや、あれはもう犬歯と言うか、牙だな。

 嫌な予感しかしねぇぞ、おい。


「ま、街に着くまでゆっくり考えておこうーっと。主様よ、楽しみにしていてくりゃれ」


 頭の後ろに手を組んでスタスタと歩き去るマール。

 その背に俺は声を掛けた。


「マール、小便に行くなら怪物に気を付けろよ。なんなら俺の目の前でしてもいいんだからな?」

「あ、主様の変態っ! 助平! 出来るわけなかろうに!」


 頭から湯気を吹き出し、真っ赤な顔で走って行くマール。

 マジで小便だったようだ。

 はっはっは、ようやく一矢報いたな。


 俺がアホ娘たちの世話に戻ろうと思った時、本日二度目になるマールの絶叫が耳をつんざいた。

 ぐんにょりと転がっていた四人娘も、何事かと頭を上げる。


「いーーーやーーーー! パンツ返してくりゃれぇぇーーー!」


 フードつきの外套だけを羽織り、サイバースーツを手に、ほぼ全裸のマールが茂みから駆け出してくる。

 その前方には、ピンク色の布がヒラヒラと浮遊していた。

 むほっ、これはエロい。


 俺はマールの身体を脳裏に焼き付けようとしたが、フランの手によって目を塞がれてしまった。

 そんな目玉は潰れろ、とばかりに全力で力を入れるフラン。


「っぎゃー! アホ! マジで潰れるわ!」

「だって、他の子を見てほしくないんだもん!」


 理由は可愛いのに、行為が過激すぎるわ!

 俺はフランを抱きしめて行動不能にした。

 元々弱っていただけに、すぐ大人しくなる。

 頼むから俺に吐くなよ。


「この! このぉぉ!」


 己のサイバースーツを振り回しながら、自分の下着を追いかけるマール。

 なんとシュールな光景よ。

 てか、なんでパンツがふよふよと浮かんでるんだ?

 まるで意思があるかのように、回避行動をしているようにも見えるが。


「え? これってマールの自作自演?」

「主様はアホかえ!? 妾がそんなことをして何になる!」

「俺に裸を見せたいのかな、と」

「アホーーーー!」


 ついに涙目でアホ呼ばわりされた。

 失敬な。

 アホ担当はフランだ。


 だが、少し興味の出た俺は、ピンク色の可愛らしいフリフリな下着を捕まえるべく手を伸ばした。

 一応言っておくが、クンカクンカするためじゃないぞ?

 ってか、やたらと少女趣味なパンツだな……


「主様は見るなぁーっ!」

「まぁまぁ、嫁たちがどんな下着を着けているか確認するのも、俺の大事な仕事だ」

「変態ーっ!!」

「よっと」


 俺の手をスイッと躱すおパンツ様。

 ひらめくフリル。


 あれっ?

 目測を誤ったか。

 もう一丁。


 ヒラリ


「なにこれ? このパンツ、生きてるの?」

「んなわけあるかえーっ! 良く見てくりゃれ! あ、やっぱり見ないでくりゃれ~!」


 どっちだよ。

 複雑な乙女心だな。

 どれどれ。


 俺が下着の周囲をよく観察すると、何やら白い綿毛のようなものが見え隠れしていた。

 雪と同化するような純白だ。

 なるほど、こりゃあ見つけにくいわな。


「なんだこりゃ? もっこもこの綿毛にしか見えんぞ」

「そやつは、いたずら妖精のレプラコーンよ!」

「これが!? 俺たちの世界じゃ髭モジャの小人ってことになってるのに……いや、むしろこっちの方が可愛げはあるか」

「何を言っておるのかえ! そやつは意外と狂暴ゆえ!」

「えええ!?」


 レプラコーンは立ち止まり、黒い棒のような二本の腕を出して、自らの綿毛を掻き分ける。

 するとそこには、ニヤニヤといやらしく笑うオッサンの顔が現れた。


「キッモぉぉぉぉぉ!! 顔だけがオッサンなのかよ! これはダメだ! ブッ殺そう!」

「であろ?」


 あまりのキモさに即断してしまう。

 怪物の一種だろうし遠慮はいるまい。

 黒剣を抜き、身構える。


 俺とマール、二人がかりで攻めた。

 なのに、ひょいひょい、チョロチョロと躱す躱す。


 俺も剣を振るうが、その風圧でふわりと浮き上がってしまうほどだ。

 まるで本物の綿毛である。

 かと言って、ゆっくり攻めては、無駄に軽快な動きで避けられてしまう。


 なんてやりづらい相手なんだ。

 そもそもが雪と同化してて見えにくいってのに。


「あっ、クソ! この野郎! 逃げんな!」

「主様、左へ! ああ! 右! 右ぃ!」


 俺たちに苛立ちが募る。

 こんなことをやってる場合じゃねぇんだよ。


 レプラコーンは、バカにするかのように、俺の剣の上でオッサンの顔を出した。

 そして、下着の臭いを嗅ぐように鼻をスンスン鳴らす。

 うらやま、じゃねぇ、なんてことしやがる!


 ブチン


「は、は、は、破廉恥なぁぁぁぁぁ!!」


 マールのキレる音だった。

 凄まじい怒気が、周囲の雪を昇華させていく。

 水蒸気が陽炎の如く揺らめいた。

 怒りと羞恥でマールの全身は真っ赤だ。


 こりゃやべぇ!


 マールが大きく息を吸い込んだのを見るや、俺も行動を開始した。

 剣を高速で引き、レプラコーンが宙に浮く。

 そこへ、神速の一突き!


 流石の綿毛もこれは躱せなかった。

 黒剣は、ニヤニヤ笑いの口内へ突き刺さる。

 俺はそのまま剣を離し、全力で横へ転がった。


 そこへ───


 ゴォォォォォォ


 マールの猛火が、剣ごと怪物を焼き尽くした。

 人型でもブレスを出せるのかよ!

 おっかねぇ!!


 余りの大炎に、下着まで引火している。


「ぎゃぁぁーーー! 妾のパンツがぁぁぁぁぁ!!」


 マールの本日三度目となった切なる絶叫が、雪深い山々に木霊するのであった。


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