第十三話 神秘の世界を垣間見た
夢。夢のはずだ。
夢でなければ───
死ぬ!
「ふひゃああああぁぁぁぁぁ……」
俺はみっともなくも、声にならない悲鳴を上げた。
涙と鼻水と涎が上に飛び散っていく。
俺に解るのは、とんでもない高空から落下しているのだということだけ。
地表が丸く見えるのだから相当な高さだろう。
雲を引きちぎりながら、下へ下へ。
雲海を突き抜け、尚も落ちて行く。
いっそ失神出来れば楽になるのだろうが、それも叶わず真っ逆さま。
うん。
諦めよう。
願わくば来世ではモテモテになりますよう。
金持ちの子に生まれますよう。
ロリっ子の彼女ができますように。
その時、突然視界が開けた。
広大な大地だ。
視界に収まりきらない。
不思議な事に、草原も、雪山も、砂漠も、湿原も、異様に高い岩山も、大海原も、あらゆる地形が目に入る。
なんだここは……
落下の恐怖も忘れ、食い入るように眺める。
地面が近付くにつれて、所々に大きな街や小さな集落のような物があることに気付いた。
遠くには、どこぞの夢の国にあるよりも、何倍も巨大な城のような建造物まである。
そして雷雲の下を巨大な竜が飛んでいた。
目から入ってくる情報の全てが、俺の脳へとなだれ込んでくる。
苦痛に勝る、興奮。
きっと脳内では、ドーパミンやアドレナリンが大量分泌されているはずだ。
すげぇー! ゲームの世界みたいだ!
自分で思っておいて、ハタと気付いた。
まさかここがフランたちの言う「向こう側」か?
地上全体が薄い靄のような物で覆われてはいるものの、素直に美しいと思った。
フランたちが救おうとしている気持ちもなんとなく理解できる。
俺も、もしこの世界に住んでいたなら、間違いなく救おうとしていただろう。
でも俺、どう考えてもこれから死にますよね。
既に地表スレスレだ。
このままだと街に落ちる。
せめて俺のせいで怪我人や死人が出ないことを祈ろう。
そう思いながら目を閉じた。
残してきたフランたちの姿が瞼の裏に浮かぶ。
すまんな。
何もしてやれなかった。
俺が死んだら、もっと立派な人物の所へ行くんだぞ。
そして、そいつが世界を救ってくれることを俺も祈っておくよ。
実り無き人生よ、さらば!
闇。
闇の中から俺を呼ぶ声がする。
息苦しい。
うまく呼吸が出来ない。
「起きてー! アキト起きなさーい!」
フランの声がする。
フッ、短い間だったが世話に……なってないな。
むしろ世話をしたのは俺のほうだ。
それにしても苦しい。
苦しすぎる。
死ぬってやっぱ苦しいんだな。
自殺する奴らはアホだな。
「ブホァ!!」
苦痛のあまり目を開けてみれば、俺の上にまたがったフランが首を両手で絞めていた。
パンツ丸見えじゃないか。
御馳走様、良いオカズが出来ました。
じゃなくて!
「本気で死ぬわ!」
フランをゴロンと転がす。
ゴンと聞こえた音は、壁に頭でも打ち付けたのだろう。
わんわん泣くフランを放置し、絞められていた首をさすりながら、あれは夢だったのかと今更ながらに思った。
今も目に焼き付いている。
何故だろう。
思い出そうとすると、胸が震える。
そして涙が出そうになる。
あの茫漠とした神秘の世界。
こちらとは違う空気、匂い。
初めて訪れたにもかかわらず、この胸を焦がすような、郷愁にも似た憧憬。
「なぁフラン」
まだ泣いてるフランの頭を掴んでこちらに向けさせる。
うおっ、せめて鼻水は拭け。
仕方なく涙と鼻水をちり紙で拭ってやりながら、先程見ていた夢の話をする。
「そう! それが向こうよ! 素敵なところだったでしょう!?」
なんでコイツが得意気なのかは解らないが、俺は大きく頷いた。
美しいところだったのは疑いようもない。
「ゲーム好きにはたまらないな。お前たちが救おうとしているのも解るよ。」
「でしょう!? だから……」
「行かない」
「あれっ!?」




