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第百二十八話 死ぬ気が無くても死んじゃった


「ふわ~! 大きいねぇー!」


 俺たちはドラゴンと化した、いや、ドラゴンの姿に戻ったマールの背後にいる。

 そのマールの尻尾をツンツンしているのは、我らがアホ娘筆頭のフランちゃんさまだ。


「コ、コレ、フラン! 尻尾ヲ触ルデナイ!」


 敏感な部分だったのか、マールがブンブンと尾部を振り回した。

 突風と衝撃波が俺たちを襲う。

 図体がデカい分、巻き起こす風も強い。


「ぎゃー! こら、マール! 手加減しろ!」

「申シ訳アリマセヌ主様……オ願イデスカラ離レテクリャレ……」


 俺たちゃ何メートルも吹っ飛ばされたんだぞ。

 これ以上離れる必要がどこにあるってんだ。

 でも俺はともかく、皆はもっと離れた方が良いかな。


「みんな、建物の陰にでも隠れた方がいい。多分、ここら一帯は蒸発するからな」

「はい!? それは困るで御座るよ!」


 抗議の声の主は、勿論領主のハクドウちゃん。

 彼女の立場からしてみれば、そりゃ黙っちゃいられないよな。


 街が消し飛びますよー。

 はい、そうですかーどうぞどうぞー。

 ……こんな領主だったら嫌すぎるもんなぁ。


「大丈夫。俺がなんとかするよ」

「なんとかって言われても納得できないで御座る!」


 ちょっとむくれた顔のハクドウちゃん。

 威圧感よりも、可愛らしさの方が際立っている。


「ハクドウちゃんや、アキト様を信じるのじゃ。彼の目を見なさい。ほら、こんなにも澄んで……邪に濁っておるのう」

「ひどい!!」


 オルランドゥ爺ちゃん、それ全然フォローになってないからね!

 悲しみが増すだけ!


「大丈夫だよハクドウちゃん。アキトはやる時はやる……かもしれないから。……ごめん、やらないかも」

「普段は鬼畜で変態なんですけど……時々、いや滅多にないですが、極まれに格好良く見せかけるんですよ、この人は」

「…アキトに任せておけば、すぐにエッチなことをしてくれる…」

「ペロペロの刑はすごかったですなのー」

「エッチ!? ペロペロの刑!? アキト殿! 破廉恥に御座る!」


 みんなやめて!

 俺をこれ以上貶めるのはやめて!

 意外と傷つくんだから!!


 くそぅ!

 今に見とけよ!


「と、ともかく、離れておくんだ! いいな!?」


 畜生!

 俺は涙を拭いながら走り出した。

 マールの尻尾に飛び乗り、背を駆け登る。

 目的地は頭部だ。


 俺は心の中でパイルダーオーンと叫びながら、マールのでっかい頭にしがみついた。

 それにしてもマジでデカいな。

 十人くらいは乗れそうなほどの大きさだ。

 頭だけでこれだもんなぁ。


「ア、主様? ナニヲ……?」

「なるべく街に被害を出さないためさ、俺はお前と共にある。だから頼むぞマール」


 そう言いながら、マールのざらついた皮膚にキスをした。

 人間の状態なら、多分おでこあたりだろう。


「主様ァン!」


 歓喜の声と共に身をよじるマール。

 振り落とされまいと、必死に頭部のトゲに掴まる俺。

 コントか!


「よーし! 行くぞマール!」

「オオオオォォォ!」


 ドラゴンらしく咆哮すると、マールは背中の巨大な黒い翼を羽ばたかせた。

 数度の準備運動後、ふわりと巨体が浮く。

 凄まじい風圧が起こっているのだろう。

 建物の窓ガラスが、あちこちで割れる音。


「ブレスヲ撃ツユエ、シッカリ掴マッテクリャレ」

「おう! かましてやれ! 照準はヤツらの根元辺りだ!」

「承知」


 ガパンと大きく開口し、吸気するマール。


 ゴォォォォォオオオ


 吐き出される灼熱の劫火。

 熱気が、俺をも焼き尽くさんと暴れ回る。


 うぁっちちちちち!


 焼ける髪の臭いが鼻につく。

 だが、ブレスの効果は絶大であった。


 六本の柱、全ての根元が真っ白に変色している。

 それに伴って、先端の方の動きが鈍った。


 ついでに、海水も、周囲の岩礁もが溶けて蒸発していく。

 なんつー火力だ。


 もうもうと立ち込める水蒸気。

 視界が完全に奪われるのはまずい。


 マールに指示を出そうとおもった途端、白煙の中から半透明の触手が飛び出して来た。

 鈍った動きはフェイクかよ、くそったれめ!


「マール! 上へ飛んでくれ!」


 ブワッと大きく羽ばたき、帝竜の巨躯が一気に舞い上がる。


「いーーやーーー!」


 マールを捉えられずに空を切った触手が、フランたちのいる辺りをブッ叩いた。

 悲鳴をあげながら逃げ回るフランたちが小さく見える。


 うわ、ごめん!

 いや待てよ、さっき罵倒されたお返しだ!

 うわーっはっはっは!

 ……マジで、ごめん。


 などと思っている間に、五本の触手が俺たち目がけてきた。

 その先端部分が、異様なほど鋭利に尖っている。


 まさか、マールを貫く気か?

 帝竜を舐めやがって。


「マール、奴らの真上へ行ってくれ」

「……ナルホド、承知」

「任せたぞ」


 俺は、鎧の脚部分、そこの隙間にマールのトゲを通して固定した。

 そして、そのまま立ち上がる。


 うお、受ける風圧が段違いだ。

 油断するな、腹筋に力を入れろ。


 黒剣を抜剣し、正眼に構える。

 呼吸は深く、静かに。


 触手は容赦なく追ってくる。

 しかし、マールはひょいひょいと躱しながら更に上空へ。


 ああ、水平線が丸く見える。

 災厄から漏れ出す薄黒い靄に包まれていなければ、どんなに美しかったことだろう。


 伸びきった触手が眼下にあった。

 俺が言わずとも、マールは下へ反転し、急降下を開始する。

 わかってるじゃねぇか、俺の考えをよ。


 マールは再度、奴らへブレス攻撃を仕掛けた。

 奴らの先端が、半透明から白く変わる。

 このイカ野郎め、食べごろだぞ!


「うぉぉぉぉぉりゃぁぁ!!」


 触手の間を通り抜け様に、俺は剣を薙いだ。

 斬撃が二本の柱を両断する。

 後、四本!


 マールは尚も降下していく。

 今度こそ動きの鈍くなった触手の周りを、螺旋状にマールが飛翔する。


「おらおらおらぁぁぁ!」


 俺が剣を振るう度、柱は削ぎ落されて行った。

 後、一本!


 残るは一際デカい触腕だけだ。

 先端部分の吸盤が妖しく蠢き、俺たちを捕らえるべく奔走する。


 マールの灼炎。

 柱の声なき悲鳴。


 今一度上空へ。

 尚も追いすがる触腕。


 反転。

 真っ逆さまに急降下。


 炎を纏った黒剣が、先端に突き刺さる。

 そのまま一気に下へ! 下へ!


「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」

「オオオオオォォォォォ!!」


 俺とマールの雄叫び。


 触腕は、竹を割ったように上から下まで真っ二つ。

 人々の歓声が遠くから聞こえる。


 ドォォォォォォン


 勢い余って俺たちは海中へ没した。


「ぎゃーーー! がぼがぼごぼごぼ……!」


 俺の絶叫までもが泡となって────


 何もかもが闇に飲まれた。




「アキト! グスッ、アキトぉ! 目を開けてよ! 嫌だよこんなの! うわーーーん!!」

「駄目です、呼吸も脈も……! アキトさん! しっかりしてください! また私を置いていくんですか!?」

「…戻って来てアキト…! …死ぬなんてわたしがゆるさないんだから…!」

「アキトさぁん! お願いだから息をしてなの!」

「アキト殿! 永遠の別れにはまだ早いで御座るぞ!」



 うるせぇなぁ、ちゃんと聞こえてるよ。

 ただ、ひどく疲れてるんだ。

 このまま寝かせてくれや。


 俺はもう、充分頑張ったじゃねぇか。

 なぁ、少しくらい休んでもいいだろ?


 ちょっと寝たら、また旅だぞお前ら。

 じゃあな、おやすみ。



「……アキト様は既に亡くなられておる……残念じゃが……」


「やだぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁ! アキトーーー!!」

「嘘、ですよね……こんなのって、ないですよ……嘘、嘘……!」

「…うえーん! うえーん! アキトーー…!」

「ああーん! あーん! 嫌なのーー!!」

「うくっ……アキト殿……ううっ、うぅぅぅー!」



「ぬしらは阿呆かえ? 主様を舐めとりゃせんかえ? 妾の主様がこんなことで死ぬはずもなかろうに」


 ドゴン!


「ぐえぇっ!? ゲーッホッゲッホ!! おえぇぇぇ!! 痛ぇぇぇ!! 何しやがる!!」


 胸骨がへし折れたかと思うほどの衝撃に、俺は飛び起きた。

 鎧が無かったらそれこそ即死だぞ!

 下手人は誰だ!?


「ほっほっほ。ほれ見よ。このしぶとさこそが主様ゆえ」

「犯人はお前かマール! この野郎!」


「アキトーーー! 良かったぁーーー! うわーーーーん!!」

「ぐはっ! フラン、なんで泣いてんだよ、ちょ、首絞まってる、ギブ、ギブ……!」

「アキトさん!」

「…アキトぉー…!」

「アキトさぁん!」

「アキト殿ぉぉぉぉ!」

「ぎゃーーーーー! 死ぬ! マジで死ぬぅぅぅ!」


「おぉい、皆の衆! 勇者アキト様が息を吹き返したぞー! 今夜は宴じゃあ!」


 ウォォォォオオオオオオォォ!!


 街中が歓声に包まれている。

 辺りは宵闇。

 大海嘯の姿は、もう無い。


 そうか、何とかなったんだな。

 俺は大の字になったまま、泣きじゃくるフランたちの頭を撫でるのであった。


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