第百二十七話 剣聖 三分で墜つ
「お師匠様!!」
ハクドウちゃんの素っ頓狂な声。
師匠!?
宿屋の爺ちゃんが!?
「ハクドウちゃんや、お主もまだまだ甘いのう。ふぉっふぉっふぉ」
かんらかんらと笑う爺ちゃんの姿は、まるで風の谷に現れて姫の窮地を救う、あの剣豪にしか見えなかった。
くっそ、無茶苦茶格好良いな。
「爺ちゃん、あなたはいったい何者なんですか……?」
俺の問いに答えたのは、上ずった声のハクドウであった。
「あの御方は、剣聖オルランドゥ様で御座る! かつては聖騎士団の団長も務められて御座った。お師匠様の剣技はそりゃもう、すっごいので御座るぞー!」
「それより名前名前! その名前はヤバいって! 最強確定じゃねぇか!! チート級だぞ!?」
「ちぃと? とは、何で御座るか?」
ええい!
俺が焦ってる理由なんぞ、解る人だけ解れば良いんだ!
「ハクドウちゃんはどうやら足を痛めたようじゃの。アキト様、彼女を頼みますぞ」
白い歯を見せ、ウィンクをかますオルランドゥ爺ちゃん。
これほどの人物に様付けで呼ばれるのは、正直言って面映ゆい。
しかして、彼はフードを被り直すと、そのまま触腕柱へと疾走した。
その速さときたら。
とてもじゃないが老人とは思えない。
「はいぃ!」
一気に詰め寄り、気合一閃。
彼の身長よりも長い剣が、美しい軌跡だけを残して煌めいた。
ズドォォォォ
ちょ、嘘だぁ!?
いくら俺たちがダメージを稼いでいたとは言え、あのぶっとい柱を真一文字に両断しただとぉ!?
冗談みたいな強さじゃねぇか!
痛みからか、めったやたらと暴れまくる触腕、だった柱。
ざっぱんざっぱんと、盛大に海水や柱から噴き出す体液が降りかかる。
「やーん! 炎が消えちゃうー!」
湿気たマッチと化したフランの悲鳴。
俺は、そのフランとハクドウを両脇に抱えて、マールたち四人の元へ戻った。
「あの人、宿屋のお爺さんですよね? 何者なんです?」
「…わたしたちの出番も活躍も、終わり…?」
「はぁはぁ、疲れましたなのー」
「うわーん、ビショ濡れー!」
「主様、手拭いを」
「おう、ありがとう。そこの濡れ透けでエロいフラン、ハクドウちゃんの足を診てやってくれないか」
「はぁ~い……アキト? 今なんて?」
って、のんびりまったりしてる場合じゃなかった。
いくらなんでも爺ちゃん一人じゃ厳しいだろうに。
と思ったんだが。
まさに獅子奮迅の爺ちゃん。
群がるミニ触手もなんのその。
全てを斬り払い、柱本体へ駆けあがり、先端も斬り落としていた。
ついでに敵の猛打も全て回避。
おいおい、マジでチートじゃんよ。
こりゃ、俺の出る幕はもうなさそうだぞ。
あんだけ強かったら全部任せてもいいくらいだな。
ゴキリ
「っっぎゃーーー!! 持病のギックリ腰がぁぁぁ!!」
「じ、爺ちゃーーーーーん!!」
爺ちゃんと俺の絶叫。
弱点の露呈が早すぎない!?
あんたは三分間しか戦えない宇宙人か!!
やばっ、オルランドゥ爺ちゃんが腰を押さえてその場にうずくまってしまった。
すっげぇ痛そうに脂汗を流している。
「くそっ!!」
罵声よりも先に足が走り出していた。
老体がいたぶられるのなんて、見たくもないからな。
俺の後ろを、黙ってマールが付いてくる。
ナイスだ、爺ちゃんのことは任せたぞ。
俺は先程オルランドゥ爺ちゃんがハクドウにやって見せたように、柱の前へ立ちはだかった。
振り下ろされる触手を剣で受け止める。
ぐおっ重いぃぃぃ!
チラリと後ろを振り返ると、マールが爺ちゃんを担いで走り去るところだった。
彼女もチラリと俺へ振り返り、小さく頷いた。
いいぞ、流石はドラゴン、力持ちだ!
だが、露骨に置いて行かれると孤独だよな。
ちょっと寂しいぞ。
バチコーン
油断大敵。
もう一本の柱が、横殴りに攻撃を仕掛けて来たのだ。
堪らず吹き飛ばされる俺。
うげ、剣が。
俺の剣は上空にあった。
柱の攻撃は何とか防いだものの、弾かれてしまったようだ。
黒き剣は物凄い速度で回転しながら、フランの真後ろに突き立った。
衝撃でフランの衣服が全て飛び散る。
「いやぁぁぁぁぁ! アキトのバカー! 変態ー!! 鬼畜ー!!」
「俺のせいじゃねぇぇぇぇ!!」
一瞬で見事な真っ裸だ。
ムホホ、これは眼福。
もう少しフランの艶めかしい肢体を眺めていたかったが、そうはさせてもらえなかった。
触腕を失った残りの三本が、同時に攻撃を────
これは連携攻撃だ!
真上から来たのは横っ飛びで躱し、横殴りの攻撃を大ジャンプで空中へ逃れる。
しかし、斜め上から降ってくる柱をどうにか躱そうとするが、空中では如何ともし難く。
「ぐあっ!」
何とか盾で受けるが、呆気なく俺は撃墜された。
超高速で地面が迫る。
頭から落ちたら死ぬぞ。
俺は足を振って肉体を反転させ、辛うじて足から着地した。
石畳が割れ、脚が膝までめり込む。
ふー、助かった。
そこへ、またもや真上からの攻撃が。
このままじゃ、地面に打ち込まれる杭になっちまう。
慌てて脚を引き抜こうとした時、かたわらに煌めく銀の長剣に目を奪われた。
オルランドゥ爺ちゃんの剣だ。
俺はそれを掴み、強引に足を引き抜く。
「くぁぁ!!」
サシュッ
苦し紛れに放った一撃は、柱の半ばまでを軽々と両断していた。
何だこの剣は……
使い手の肝すら冷やすような凄まじい切れ味、そして羽毛のような軽さ。
柱が、声にならない悲鳴を上げたように思えた。
ビュービューと体液を撒き散らしながら後退していく。
そして俺の上に輝く、奥義使用可能の文字。
決めてやる!
俺は長い長い銀の剣を、腰溜めに構えた。
上半身を限界までねじる。
体内を駆け巡る、滾った血液とオーラ。
頭に浮かぶ言葉と動作を体現する。
「奥義!!」
身体を高速で横回転させながら、長剣を振るった。
三つの衝撃波が地を割り疾駆する。
シュバァッ!
三本全てに命中した衝撃波は、全ての柱をド真ん中から縦に断ち割った。
一瞬遅れて黒いオーラが、柱を縦横無尽に駆け回る。
「紅大祓!!」
ゾバババババッ!
俺が構えを解いた瞬間、オーラの走った場所を基点に三本の柱は寸断されて行った。
もはや、みじん切りだ。
破片や体液が海へ降り注ぐ中、フラン、ヤヨイ、シャニィ、ティナがすかさず俺の周囲に並ぶと、思い思いにおかしなポーズを取った。
そして四人揃って叫びやがったのだ。
「「「「勝利のポーズ! 決めっ!」」」」
「なにこれ!? いつこんなの考えたの!? ってか、ダサッ! 戦隊モノじゃねぇんだぞ! しかもお前ら闘ってないだろ! なにドヤ顔で『私が倒しました』みたいなツラしてんの!? 後、フラン! お前は服を着ろ!!」
まくしたてすぎて、ドッと疲れが出る。
やれやれ、これで何とかなったかなぁ。
あー、疲れた。
疲労から腰を下ろしてしまう俺。
駆け寄ってくるマールとハクドウ、そしてオルランドゥ爺さん。
おお、フランに癒術を受けたのか、元気一杯の御様子だ。
「主様!」
「アキト殿ー!」
そうかそうか、嬉しいのか。
そんなに必死に走っちゃって。
転ぶなよー。
「主様! 逃げてくりゃれ!!」
「アキト殿! 後ろで御座る!!」
え。
なんでそんなに必死の形相なの?
ズバァァァァァァ!
背後から聞こえる壮大な水音。
俺は首がもげそうになるほど全力で振り向いた。
うげえええええ!!
柱が増えたあああああ!!
六本ってことは、残り全部かよおおおお!!
立ち並ぶ六つの巨大な柱。
どうも、お怒りになられているようである。
大海嘯め、まさかの反撃を食らったもんで、本気を出して来たな。
てか、未だに本体がどこにあるかもわからねぇけど。
さて、どうしたもんでしょう?
俺は爺さんに長剣を返し、自分の黒剣を受け取りながら頭をひねる。
「取り敢えず一度引こうかのう」
オルランドゥ爺ちゃんの意見に従い、少し離れた場所に移動した。
座り込んでいた俺を、ハクドウとマールが引きずって行く。
ドカーンバリバリーと怒り狂った柱たちが、港を手当たり次第に破壊している。
船も桟橋も建物も、一切合切が瓦礫と化していく様は、ある意味で壮観だった。
あのままでは、この港町オルタそのものを消滅させてしまいかねない。
いよいよ、ジリ貧になってきたぞ。
「はぁ~、こうなっては仕方あるまい。主様、皆々ともども、少し妾から離れてくりゃれ。あぁ、気が進まぬ……」
とうとう言葉を直す気すら無くなった様子のマールが、渋々と立ち上がった。
そしてトコトコと柱へ向かって歩き出す。
おい、まさか。
「アキトさん、マールは一人で大丈夫なんですか?」
全裸のフランに、そこらにあった布を被せているヤヨイが言う。
被せる、と言うよりは簀巻きだ!
勿体ない、もっと裸を見ておけば良かった。
「言ったろ。あいつは帝竜だって」
「ですが……」
マールは俺たちから充分離れたことを確認し、フードを外した。
二本の角が、妖しく輝く。
黒い小さな翼がピコピコと羽ばたく。
「なんと……!」
「彼女は何者で御座るか……」
掠れた声になってる、オルランドゥ爺ちゃんとハクドウちゃん。
気持ちはわかるとも、俺も最初はビビったしな。
「はぁっ!!」
マールが気合を込める。
小さな幼女の姿が、瞬時に強大な赤黒きドラゴンへと変化した。
「「「「「「ぎゃーーーーー! 怪獣ぅぅぅぅぅううう!!」」」」」」
俺以外の全員が目を剥いて絶叫していた。
あまりの迫力。
あまりの熱量。
あまりの巨躯。
凶暴さと雄大さを併せ持つ雄々しきその姿は、まさしく超巨山の主に相応しい威風堂々さだ。
俺は改めて感動し、そして満足気に頷くのであった。
 




