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第百二十六話 相対するは大海嘯


 半透明の柱が、海面から天へ届かんばかりに屹立している。


 あまりの太さ、あまりの高さ。

 バベルの塔が実在するとすらならば、まさしくこれこそ相応しい。


 おいおい、先端が見えねぇぞ。

 まさか宇宙まで行ってんじゃねぇだろうな。

 大海嘯ってのは、すげぇんだなぁ。


 首が痛くなるほど見上げたが、雲もあるせいか、どう足掻いても全容は掴めなかった。


 自称、百戦錬磨の我がパーティーメンバーも、口をあんぐりと開けて呆然しきりである。

 無理も無い。

 俺ですらアレを見ているだけで、魂がざわついてくるのだ。


 触れてはいけない禁忌のような、精神を蝕もうとする病魔のような。

 とにかく、長く関わってはいけないと言う焦燥感が胸を突くのであった。


 そんな中、なんでかマールだけが、少しむくれた顔をしていた。

 声を掛けようかと思った時、柱の付近から怒号と絶叫が響く。


 離れろとか、逃げろとか騒いでいるようだ。

 実際、蜘蛛の子を散らすように兵士たちが駆け出している。


 うげ。

 よく見れば柱が傾いているじゃないか。

 あんなもんが倒れたら、防衛線どころか港ごと一発で消え去るぞ。


「ちょっと、アキト!? 行くの!?」


 えっ?

 うわ、俺の脚が勝手に動いてる。

 行きたいわけがないだろう。


「ああ、見捨てるわけにもいかないだろう?」


 思考とは裏腹の言葉が口から出る。

 それほどまでに俺は切羽詰まっているんだろうか。

 それとも、あの柱の怪物がそうさせているんだろうか。


「うん! 私も一緒に行くよ!」

「仕方ありませんね」

「…ブッ潰す…」

「やってやるですなの!」

「……主様と共に」


 力強く頷く嫁たち。

 なんて頼もしい。


 いつも死地に付き合わせちまって、すまんな。

 ありがとう。


「私も参ろう」


 腰に剣を刺しながら申し出たのはハクドウ領主。

 小柄な身体に不釣り合いなほどの長剣。

 マジ? 扱えるの?


「総司令が前に出ちゃっていいのか?」

「私が出れば、兵士たちの士気も上がる道理。それに、剣にはいささか自信があるで御座る」

「ははは、いいね。そう言うの好きだよ」

「すっ!? ……こほん、アキト殿、覚悟はよろしいで御座るか」

「とんでもない敵なのはわかってるさ」

「いえ、そちらではなく……私と……」


「はいはい、ほらさっさといくよー!」

「いきましょういきましょう!」


 話の途中だってのに、フランとヤヨイにグイグイ押されて、仕方なく歩き出した。

 そして、誰からともなく走り出す。

 こちらへ逃げてくる怯え切った兵士の間を抜けて。


 柱の目前まで来ると、その威容に圧倒されそうになる。

 とにかく太い。

 とにかくデカい。

 まるで立ちはだかる壁だ。


 あれ?

 よく見ると、半透明の柱にびっしりと吸盤みたいなものがあるような……

 冗談だろ?

 これってもしかして、柱じゃなくて触手、とか……?


 俺の思考を肯定するように、柱がグニャリとうねった。


「やべぇ! みんな散開しろ!!」


 俺も叫ぶなりその場を離れた。


 ビシャァッ


 危ねぇ。

 あのまま固まっていたら全滅してたな。


 俺たちがいた場所に、いつの間に降って来たのか先端部分が叩き付けられたのだ。

 護岸が粉々になっちまったじゃねぇか。


 だが、これで間違いない。

 こいつは、何者かの触手なのだ。

 しかし、これほどまでに巨大な触手を持つ怪物ってのは……

 俺たちの世界だったら、アイツを想像してしまうな。

 あの異形の邪神クトゥ……


「アキト! 前!!」


 フランの声で咄嗟に飛ぶ。

 一歩遅かった。

 柱から、更に無数の細い触手が伸び、俺の脚を絡め捕ったのだ。


 それが俺を振り上げ、そのまま地面へ真っ逆さま。


「ぶっ!」


 まともに顔面から激突した。

 鼻から熱い液体が垂れる感触。


「いってぇな! 鼻血が出ちゃっただろうが!!」


 俺は怒りに任せて黒剣を振るった。

 気持ち良いくらいにスッパリ触手を切り裂く。

 それでも全く怯む様子もないのは癪にさわるがな。


「くっ! はぁっ!」

「…うっ! うぅー…」


 打撃は効果が薄いのか、ヤヨイとシャニィが苦戦している。

 そして回避しきれず、ついに二人はつかまった。

 多数の群れに、全身を締め上げられている。

 ヤヨイは鎧のお陰で幾分かましだろうが、シャニィはつらそうだ。


「あぁっ!」

「…くぅぅっ!…」


 こんな時になんですけど、非常にエロいです。

 触手さんも、どうしてあんな亀甲縛りみたいな形になってんだよ。

 持ち主は変態なんだろうな、きっと。


 それにしても、二人の小さな胸や尻が、やたらと強調されて……

 その上、粘液まみれに……

 いいぞ、もっとやれ!

 じゃなくて。


「フラン、根元のヤツらに術を! 二人には当てるなよ!」

「はぁーい! お任せー!」


 ここら辺は、既に阿吽の呼吸の領域まで来ている。

 俺とフランに宿る絆の力だねっ。

 おう、我ながら嘘臭ぇな。


 ゴォッ


 お? お?

 フランの放った火球が、触手を真っ白に変色させたぞ。

 しかも、かなり痛がってるように見える。

 落ちてきたヌルヌルの二人を回収して、俺は一旦退いた。


 周囲に香ばしい臭いが漂う。

 やべ、なんでか脳裏に夏祭りの屋台が浮かんだわ。


 そうか!

 イカ焼きの匂いだこれ!

 腹減った!


 てか、あいつはイカなの!?

 とにかく、あんだけ痛がってんだから、弱点は熱なんだろうな。


「フラン! 良いぞ! 撃ちまくれ!」

「はいはーい! 私、今日は調子がいいみたい!」


 ヤヨイとシャニィをマールに預け、俺たち刃物組が前に出る。

 フランの援護をするためだ。


 そのフランだが、まさに言葉通りだった。

 次々と撃ち込む火球全てが命中し、ぶっとい柱が徐々に白く染まって行く。

 俺とティナ、ハクドウで、苦し紛れにフランを襲うミニ触手の群れを斬り刻んだ。


 いいぞ、押してる。

 白く濁った部分は、明らかに鈍った動作しか出来ていない。


 無闇に振り下ろされる先端部分が、俺たちを捉えきれずに虚しく地面を叩いていた。

 食らいはしないものの、殴打された港が見るも無残な姿に。

 停泊していた船舶も、大半が沈められ、あるいはフランの術が飛び火したものか、焼け落ちたりしていた。


 なんてこった。

 後で損害賠償とか求められたりしないだろうな?

 そんな金ないぞ。


 詮無きことを考えながら、動きの鈍った柱本体に斬りつける。

 硬いゴムのような手応え。

 なるほど、これじゃ打撃による衝撃は吸収されちまうわけだ。


 だが、なんとか斬れる!


 俺の黒剣は、柱へ深々と埋まった。

 しかし元が太すぎる故に、どこまで効果を上げているのかすら、さっぱり不明だ。


 それでもめげずに斬りまくる。

 このままなら行けるぞ!


 俺はそう判断し、一気呵成に斬りこもうと思ったその時。


 ズバァー、ザバァーと海中から次々に柱がそびえ立ったのだ。

 うっそだろ!

 反則だぞこんなの!


 誰も柱は一本だけです、などとは言っていないのだが、つい頭に来てしまう。

 新たな柱は三本。

 そいつらはやる気満々でウネウネしていた。


 こいつがイカだとするならば、後六本もこんなのがいるわけか。

 イカと言うのは足が八本、触腕が二本で合計十本なのである。


 最初の一本目は、どうやら触腕だったようだ。

 俺たちを捉えたことからも、それが窺える。

 触腕と言うものは、獲物を捕まえるためにあるのだから。

 って、俺らはエサか!


 そもそもこいつの目的はなんだ。

 本気で餌を求めるなら、海中にいくらでも居るだろうに。

 何かここでなければならない理由でもあるのか。


「アキトさん、私とシャニィで攪乱します」

「…やられっぱなしは性に合わない…」

「……わかった。くれぐれも気を付けてくれよ」

「勿論です」

「…うん…」


 ヤヨイとシャニィが左右に散った。

 頼もしい後ろ姿を見せてくれるじゃないか。

 SSRと、その当選者は伊達じゃないな。


「きゃぁぁぁ!」

「…不覚…」


 伊達だった!!

 突進してすぐに捕まってやがる!

 早すぎない!?

 もしかして、わざとなの!?


「ちぇぇぇ!」


 ハクドウちゃんが気合と共に、触手をスパスパ斬り裂いている。

 なんちゅう切れ味だ。

 日本刀も、かくやだな。


 助け出されたシャニィが、ほうほうの体でこちらへ逃げて来た。

 愛らしいが、アホだ。


 俺はヤヨイに絡んだ方を斬りつけ、落ちて来たヌルヌルのヤヨイをまさぐりながら、またもや下がった。


「お前らは、後方援護だ!」

「えぇー!」

「…ブーブー…」

「ヌルヌルだし、二人ともイカ臭いだろ」

「時々アキトさんもイカ臭いじゃないですか!」

「待って! それはそっとしておいて! 男の子のデリケートな話だからね!?」


 俺たちがくだらないことで揉めていると、悲鳴が耳をつんざいた。


「きゃぁぁぁ!」


 ハクドウの声だった。

 彼女の頭上に迫りくる、新たな柱の先端。

 ああ……間に合わない!


 目の前で起こるであろう惨劇を想像してしまう。


「やめろおおぉぉぉ!!」


 ザシュッ


 見事に両断された先端部分が、地面でピチピチと跳ね回った。

 丸くうずくまったハクドウの前に立つ、フード付きコートの人影。

 携えた長剣は、その人物の身長ほどもある。


 その人は、フードを外してこちらへ笑いかけた。

 白髪、白い髭、ヒョロい長身。


「爺ちゃん!!??」


 そう、それは宿屋の爺さんであった。


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