第百二十五話 準備期間は有効に
私はフラン。
ちょっぴりドジなSSRの女の子。
花も恥じらうお年頃よ。
ウフフ。
今日も変なことを言って、愛するアキトに笑われちゃった。
いつもひどいことを言われたり、意地悪されたりするけれど、そんなアキトがとっても大好きなの。
キャッ。
わぁー、美味しそうなお菓子ー!
こっそり食べちゃおうかなー……
えいっ、食べちゃえー!
とっても甘いねー!
うーん、幸せー!
あら?
アキトが私を見つめているわ。
すごく情熱的な目。
そんなに見つめちゃいやーん。
でも、愛してるから嬉しいの!
「……もぐもぐ……アキト? ……むぐむぐ、私の顔に何かついてる?」
頬袋にお菓子を詰め込んだフランが、不思議そうな顔で俺に問いかけた。
「いや、フランが可愛いから見惚れてただけだ」
「もぐもぐ、ほんと!? やーん、照れちゃう~! もぐもぐ、えへへー、もぐもぐ、アキト大好きー、もぐもぐ」
うむ、今日もチョロい。
どうでもいいが、食うか喋るかどっちかにしろよ。
すまん。
さっきのフランは、全部俺の脳内モノローグだ。
余りにも暇すぎてな。
フランの動きに合わせ、勝手にセリフをつけて遊んでいたんだよ。
このやたらと食いまくってる物体が、本物のフランだ。
現状を有り体に言っちまえば、俺たちは待機中ってことになる。
北方第三の街領主、ハクドウからの依頼によってな。
半ば、なし崩し的に大海嘯を倒すために共闘する形となっちまったのだ。
かなり強引に押し切られた感もあるが、ロリババァとは言え、あんな俺好みの子からの懇願を無碍にできるほど鬼畜ではない。
で、今はハクドウさんの別邸にて、大海嘯の襲来待ちをしてるってわけだ。
つーか、いつ来るかもわからん敵を待つのって、俺たちの性分に合わないんだよなぁ。
なんだかんだ言って、俺たちはこれまでずっと走り続けてきたんだ。
向こうの世界で自堕落学生をしていた頃が、今では信じられないほどにな。
最終目標は、その自堕落学生に戻る事なんだが、冒険者生活の方が板につきつつある。
目的があると人間はここまで変われるものなんだな、などと自嘲的な笑いがでてしまった。
「なにをニヤニヤしているんですか。またエッチなことでも考えているんですか?」
長椅子に寝そべって本を読んでいるヤヨイが、こちらも見ずに仏頂面でそんなことを言った。
「失礼な。俺たちが辿った軌跡を思い返していただけだぞ」
「数々のエッチなシーンをですね? 変態」
「マジで失敬だからね!?」
俺を何だと思っているんだ。
たまには真面目な思考もするんだぞ。
「シャニィとティナとマールをはべらせて言っても、全然説得力がないですよ」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出なかった。
俺はマールを膝に乗せ、シャニィとティナを両脇に抱いているのだ。
決して俺のせいじゃないぞ。
こいつらが勝手に絡みついてきただけだからな。
三人とも菓子をボリボリ食べているせいか、咀嚼音がやたらとうるさい。
まるで草加せんべいでも齧っているようだ。
どんな菓子だよ。
ともあれ、一見すると非常にのんびりとした午後のひと時を、俺たちは優雅に過ごしているのだ。
「…ああん…」
「いやん、ですなの」
「主様、そこは……!」
手持ち無沙汰すぎて、時々三人の身体を触り、小さな悲鳴を上げさせるしか楽しみが無い。
ハクドウちゃんとも、もっと絡みたかったのだが、防衛線の準備があるとかで不在なのが残念だった。
あんなにちっちゃくて可愛いのに、ちゃんと領主をしてるのは凄いな。
何が凄いって、誰も彼女をバカにしたり軽く扱ったりしないことだ。
きっと何か秘密があるに違いない。
そのうちベッドの中で暴いてやるさ。
それにしても、だ。
だいぶ大掛かりな防衛線になりそうだけど、大海嘯ってどんな怪物なんだろう。
たいして気にも留めなかったが、姿形くらいは聞いておくべきだったな。
海神とも称されるってことは、でっかいポセイドンみたいな人型だったりして。
三つ又の銛を持った、髭モジャの巨人を想像してしまう。
やだなぁ、そんなおっさんと闘いたくないぞ。
ま、彼女が戻って来てから聞けばいいか。
「アキト殿! アキト殿ー!」
叫びながらスキンヘッドのおっさんが居間へ駆け込んでくる。
ついに出たのか!?
「面会です」
身構えた俺は、思い切りズッコケた。
面会かよ!
部屋へ通されてきたのは、宿屋の爺ちゃんだった。
何事かあったのだろうか、かなり息を切らせている。
白髭に覆われた口元が、何かを伝えようと大きく開いた。
「どうしたんですか?」
「ハァハァ……ば、婆さんが……」
「婆ちゃんになにかあったんですか!?」
俺たちに緊張が走った。
病気か?
事故か?
それとも怪物か?
「……アキト様たちが、夕食に何を食べたいか聞いて来いって……ぜぃぜぃ」
ズベシャ
全員が綺麗に床へ突っ伏した。
スキンヘッドのおっさんまで顔面からダイブしている。
晩飯の話かい!!
そんな話をするためにここまで走って来たの!?
「爺ちゃん、申し訳ないんですけど、しばらくここへ詰めることになっちゃって……部屋はそのままでお願いします。代金もきちんと払うんで」
「はぁ、そりゃ構いませんが、残念ですなぁ。婆さんも皆さんと過ごすのを楽しみにしてたんじゃが」
「すみません」
「いやいや、こちらこそですじゃ」
ちょっぴり寂しそうな足取りで帰って行く爺ちゃん。
その背中に、ごめんなさいと頭を下げた。
ん?
護身用かな?
爺ちゃんは珍しく長剣を背負っているようだ。
大海嘯が来るってんで、自衛のためかもな。
それからの数日間は、特に何事もなく過ぎた。
俺たちは身体がなまらないように、防衛線建造の手伝いをしたり、みんなで稽古代わりの組み手をしたりと、暇つぶしに余念がない。
北の怪物たちと渡り合ってきたお陰か、かなり洗練された動きを見せているアホ娘たち。
ヤヨイの拳は、速度と重みを増していた。
シャニィの大槌は大地を穿つ。
ティナの二刀流は、流れるような剣舞。
フランの火球は鉄をも溶かす。
みんな、やるじゃないか。
中でもマールは流石であった。
長い年月で培われた経験と知識。
俺の作戦など、軽く読み切る戦術眼。
何度かきりきり舞いさせられた。
屈辱の二文字が脳裏に浮かぶ。
幼女モードのままでも強いとは、反則すぎないか。
だが、俺を舐めて貰っちゃ困る。
嫁の方が強いだなんて、俺の情けなさに拍車がかかるだろう?
見返してやらんとな。
マールの素早さに、目と身体が付いて行けるようになった頃合いに、俺はある作戦を敢行したのだ。
「愛してる」
「くぅっ!」
「可愛いよマール」
「うううーっ!」
攻撃の瞬間に、愛を囁くこと。
これが俺の策略よ。
卑怯と言うなかれ。
幼女の姿とは言え、相手は強大な帝竜だ。
何の策も無しに突っ込むのは猪武者がすることよ。
言わば、死にたがりの蛮勇である。
結果を見ろ。
お陰様で連戦連勝だぞ。
悔しそうながらも嬉しそうなマールの顔に、なんとも胸がすく。
嗚呼、関白宣言。
これで尻に敷かれることもなかろう。
勝てば官軍、と言うだろう?
「ほんに、卑劣な主様……妾は惚れる男を間違ったのかえ……かしら」
「はっはっはっは、誰しも弱点はあるってこったな」
更に数日が過ぎ去り、あまりの平穏さに大海嘯はもう来ないんじゃないかと、巷では専らの噂だ。
だが、俺は忙しい。
組み手も連日続け、嫁たちとチュッチュもする。
時には宿屋へ顔も出し、老夫婦と食事を楽しむ。
それなりに充実した日々を送っていたのだよ。
そして、防衛線も完成し、目に見えて兵士たちの顔がゆるんだ頃、とうとうそいつは現れる。
「来たぞー!! 戦闘準備! 戦闘準備ー!!」
悲鳴にも似た絶叫が、港の方から聞こえてくる。
街中の半鐘が、ジャンガジャンガとけたたましく鳴り響いた。
途端に逃げ惑う住民たち。
気の抜けてしまった兵隊たちの慌てぶり。
さながら怪獣映画のワンシーンのようだ。
我がパーティーは屋敷を飛び出し、全力で港へと向かう。
ズドーン
途轍もなく巨大な水柱が、桟橋付近に立った。
商船の一隻が、木の葉のように宙へ舞っているじゃないか。
やたらとスローモーに落ちて来た船は、海面に叩き付けられ木っ端微塵。
そのまま海の藻屑と化した。
ひええぇ、おっかねぇー。
水柱の立った付近へ、弩が次々に撃ち込まれる。
軽く二メートルはある矢が、海面に突き立った。
命中はしなかったのだろう、その矢は全て海中に消えて行ったようだ。
その間に俺たちは、作戦本部となっている高い建物の屋上へ到達した。
ここは元々海運局である。
「歩兵はまだ出すな!」
「弩隊に伝えろ! 無闇に撃つなと!」
「伝令! 伝令ー!」
うーむ、こちらもけたたましい。
ちょっとした体育館くらいの広さがある屋上は、むさい野郎どもの怒声で溢れかえっていた。
その中に咲く、可憐な一輪の花を見つける。
「ハクドウちゃん!」
「アキト殿! 来てくれたで御座るか!」
少しだけ顔をほころばせるハクドウちゃん。
こんな状況だけど、やっぱり可愛いなぁ。
「ハクドウちゃんのためならどこでも行くさ」
「そ、そんな嬉しいことを……」
俺は華奢な身体を抱きしめてあげようかと思ったが、後ろから一斉にわざとらしい咳払いが聞こえては、渋々諦めるしかなかろうと言うものだ。
だって、アホ娘たちの背後に、般若の形をしたオーラが見えるんだぜ?
俺はまだ死にたくないぞ。
「そんで、大海嘯ってのは、どこにいるんだ?」
「アレ、で御座る」
ハクドウちゃんが指さした方向。
びっしりと柵が設けられた桟橋の先。
なにあれ!?
そこには、半透明の太すぎる何かが、天高くまで海面から屹立していたのであった。




