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第百二十二話 鬼畜な俺に喝采を


 赤黒い外皮の、途轍もなく巨大なドラゴンが、対峙した俺をねめつけている。


 わずか数メートルの距離でドラゴンを見上げることなど、普段あるはずも無い。

 まるで精巧なフィギュアを鑑賞しているような気分に捕らわれた。

 俺はだらしなく口を開け、しばらくの間、呆けてしまう。


 いやぁ、非常にリアルですなぁ。

 皮膚やトゲの質感といい、赤と黒が織り成す色彩のグラデーションといい。

 こりゃ匠の技ですわ。


 勿論、フィギュアでもないし、3DCGでもない。

 炎帝の息遣いだけでも、焼かれそうなほどに熱いのだ。


 おっと、いかんいかん、見惚れてる場合じゃねぇ。

 こいつをどうやって攻略するかだ。


 つってもなぁ、やたらと硬そうだぞ。

 そもそも、この剣で斬れるの?


「ドウシタノカエ? 何ヲ呆ケテオル」

「ああ、いや、立派な竜だなーと思ってよ」

「エッ!? ソ、ソウカエ? 何ヤラ褒メラレルト、照レテシマウノ……」


 あれぇ!?

 こいつもしかして、チョロいんじゃね!?


 これじゃフランと同レベルのチョロさだぞ。

 ククク、こいつぁ良い弱点を見つけたもんだ。


「本来の姿も、人を畏怖させるような威厳に満ちてるな。うんうん、流石は帝竜だ」

「ヤ、ヤメヨ。ソンナ戯言ニ……」

「でも、やっぱり女の子の姿だな。あれはすっげぇ可愛かったなぁー、俺の好みでさぁ。出来ればお嫁さんにして、一生可愛がってあげたいなぁ」

「本気、カエ……? 妾ヲ、オ嫁ニ貰ッテクレルノカエ?」

「ああ、勿論さ」


 俺は言いながらジリジリと近付く。

 もうちょい距離を詰めたい。


「斯様ナ事ヲ言ワレタノハ、長キ生涯デモ初メテユエ……ハ、恥ズカシイ~!!」

「うおっ!?」


 突然、炎帝が身悶えし、その振動は大地震の如く大地を揺さぶった。

 立っているのもままならない。


 女の子みたいな動きは、せめて少女の姿でやってくれよ。

 デカい竜がどったんばったん大騒ぎしても、全然可愛くないわ。

 だけど、これは千載一遇の好機ってヤツじゃないですかね。


 みすみすこのチャンスを逃す手はあるまい。

 俺は、黒剣を振りかぶり、熱気を払いのけながら間合いを詰めた。


 近付くだけでも火ダルマになりそうなほどの熱量を放出している。

 炎帝の名は伊達ではないようだ。


 俺は竜の左足に斬りかかった。

 カィンと綺麗な音がして弾かれたが、これは想定内。

 二撃、三撃と同じ場所を斬りつける。

 いや、これはもう斬ってないな、叩き付ける、って感じだ。


 七度目でようやく表皮に傷がついた。

 悶えていた炎帝も流石に正気へと戻り、前脚で俺を薙いだ。


 甘い。

 それも想定内さ。


 俺はそれを逆手にとって、前脚に飛び乗る。

 腕、肩を経て、頭部まで一気に駆けた。


 これが本命だ!


 炎帝の額を目がけて、剣を突き立てた。

 ザリリと剣が滑る。 


「痛イ! 妾ノ顔ニ傷ヲ……! 最早許サヌ!」


 傷ったって、かすり傷だろ!

 血も、ほんのちょっとしか出てないじゃないか!


 痛みからか、顔を無闇に振る炎帝。

 当然ながら、俺は抗うことも出来ずに落とされた。

 着地に手間取ったところに、横から尻尾が迫る。


 速い!!


 俺は咄嗟に後方へ何度かバク転。

 コンマ何秒か前に居た場所を、轟音と共に尻尾が通り過ぎて行った。


 危ねぇ、今のはヤバかったぞ。


 ホッとしたのも束の間、炎帝が大きく息を吸い込んだ。


「くっ!!」


 ブレスだ、と思った時には、無意識に防御態勢を取っていた。

 前傾姿勢になり、顔の前に盾をかざす。


 ブオォォォォォ 


 膨大な熱量が俺を包み込んだ。

 だが、俺は怯むことなく前進する。

 巨大な炎の奔流を掻き分け、なおも近付いて行く。


 周囲の岩が溶け出すほどの熱。

 それでも俺は前へ出る。


 何度も何度も、ブレスやらフランの炎術やらを食らってきた俺を舐めるなよ!


 ちょっとばかり情けない心の叫び。

 言うな、情けないって自覚はあるんだからよ。


 充分に接近したのを確認し、俺は宙へ舞った。

 ブレスを吐くために顔を下げたのが災いしたな!


 俺は先程の額の傷へ、渾身の力を込めて黒光りする剣を叩き付けた。


「ギァァァ! 痛ィィィ!」


 悲鳴と共に強烈なビンタを放つ炎帝。

 トゲだらけの前脚と爪が、俺を上から引っ叩いた。


 俺は蠅か!


 まさに蠅叩きのごとし、であった。

 ビッターンと地面に叩き付けられたのだ。

 全身がかなりの深さまでめり込む感触。


「ぐっはっ!!」


 流石に効いた。

 グワングワンと頭の中で音がする。

 いかん、脳震盪でも起こしたか。


 それでも、俺は割れた岩盤の中から身を起こす。

 立ってはみたものの、どうしたもんかな。


 あんぎゃーあんぎゃーと額の傷を抑えながら、地面を転がる炎帝。

 かなり大量に出血していた。


 今が攻め時ではあるんだが、如何せん身体が満足に動かない。


 ギロリと炎帝の目が俺を捉える。

 痛みと恨みに満ちた目だ。

 俺じゃなかったら失禁は免れまい。


 だが俺は俺なのだ。


 自分でも朦朧としているのがわかる。

 思考すら意味不明だ。


 俺、か。

 そうだよ。

 何も倒す必要はないよな。

 俺は俺らしく勝てばいいんだ。


 そう思い至った時には、既に俺の脚が動き出していた。

 無防備に炎帝目がけて歩く。


「イヨイヨ観念シタノカエ?」


 炎帝の声が轟くが、気にもとめない。

 振り回される両腕を、紙一重でかいくぐりながら接近する。


 俺の真剣な眼差しに、炎帝も少し戸惑っているようだ。

 巨大な顔の前で、俺は立ち止まった。


 怪訝な表情を隠しきれない様子の巨竜。

 動揺が手に取るようにわかるぞ。

 炎帝の代わりに、俺が大きく息を吸い込んだ。

 別にブレスを吐くわけじゃない。


 見てろよ、俺の一撃を!


「俺はお前を愛している!!」

「エエッッッ!!??」


 ズッキューーンと炎帝のハートに何かが突き刺さる音。

 完全に硬直している巨大な竜の体躯。


 勝機!!


 俺は更に近付き、棘だらけの赤黒い口元に手を触れた。

 ザラザラしている。


 そしてそのまま、炎帝へ口付けしたのだ。


 その瞬間────


 ボフン


 音と煙が俺の周囲を包み、炎帝は元の少女に戻っていた。

 いや、少女のほうが仮の姿かな?


「んん……んふぅ……んっ、んっ」


 そのまま熱烈なキスへ以降する。

 俺としては願ったり叶ったりなんだが、これでいいのか?

 なんか色々まずいような気もするんだが。

 いいさ、いいさ、行くところまで行っちまえ。


「んふっ……斯様なことをされるのは初めてゆえ……んっんんっ!」


 まだ唇を離すのは許さない。

 徹底的に堕とすまでは。

 これが、鬼畜のアキトが放つ究極奥義よ。

 あ、自分で鬼畜って言っちゃった。


「ぷはっ、わかった、もうわかった……これほどまでに愛されてしまっては、妾に抗する術などないゆえ……」


 俺の腕の中で、頬を染めて夢見心地の表情を見せる炎帝。

 なんだかその姿が無性に愛おしくなって、まだ血の流れる額の傷にもキスをした。

 

「……先程の言葉はまことかえ? 妾は信じてもいいのかえ?」

「勿論さ!」


 俺はニカッと白い歯を見せて、親指を立てた。


「……なんだかやたらと胡散臭いの……それでも妾の主様かえ」

「あるじさま!?」

「竜族の接吻は婚儀と同様。生涯を添い遂げる契約となるゆえ」

「まーじーでー!?」

「今からそなたは主様。精一杯愛するゆえ、妾のことも愛してたもれ」


 俺の腕にしがみつき、周囲にハートを飛び散らせる炎帝。

 まさかこんな結果になるとは……


 宿で待つ四人娘になんて説明しよう。

 ……普通にブッ殺されそうだな……


 ……ま、まぁ、やっちまったもんはしょうがないよな!

 全ては流れのままにってこった!


 俺は空元気を奮い立たせ、戦闘前に思っていたことを実行に移した。

 すっごい幸せそうな炎帝に、こう告げたのだ。

 

「じゃあ、その主から頼みがある」

「?」

「その口調を現代風に直してくれ」

「えええ!?」

「俺の嫁になるなら、やっぱり可愛くしゃべって欲しいからな。折角の素敵な声も、もったいないだろ?」

「いきなり無茶を言うのかえ!? ……うー、わかった。努力してみるゆえ……みるね」

「お、いいね!」

「そう? ヘヘ」


 にぱーと微笑む炎帝。

 正直言って、抱きしめたい。


「あとは、そうだなぁ。炎帝って言いにくいから名前が欲しいよな」

「ええっ!? で、でも、妾……私の威厳が……」

「そんなちんちくりんの姿に威厳もクソもないだろ」

「ち、ちんちくりんって言うなぁ! ……うぅ、惚れる相手を間違ってしまったかもしれぬ……これほど意地が悪いとは……」

「お? なんならここでお別れするか?」

「いやぁぁぁ! 嘘、嘘だからぁ! 名前でも何でも好きにしてくださぁい!」


 鼻水まみれですがりついてくる。

 ここまで、惚れられるようなことしたっけ?


 俺は炎帝の涙と鼻水と、ついでに血を拭いてやり、向こうの世界から持ち込んでおいた絆創膏を額に張ってやった。

 応急処置が終わると、すかさず抱き着いてくる炎帝。

 なにがそんなに嬉しいのか、またもやハートマークを辺りに撒き散らしていた。


 うーん、名前、名前かぁ。

 いざとなると思いつかないもんだ。


 じゃあ、炎帝で女の子だから……炎子!

 ……だめだ、容赦なく燃やされてしまう。


 こう言うセンスって、俺には備わってないんだよなぁ。


「主様、名前で悩んでおるのかえ?」

「言葉言葉」

「あっ! ……名前で悩んでいるの?」

「そうだよ。可愛い名前をつけてあげたいし」

「それなんだけど、竜族には真名があるの」

「へっ?」

「決して明かされることの無い名前。母上様から授かった大切な名前。……でも、主様には教えておきます」


 炎帝は、一度呼吸を胸に溜め、ゆっくりと言った。


「マールグレーテ・アンドリアヌス・フォン・シュヴァリテーヌ・イング……」

「長いわ!!」

「えー!?」


 思わず遮ってしまう俺。

 延々と続きそうで怖くなったじゃねぇか。


「……ひどい……しくしく」

「いや違うんだ。お母さんから貰った大事な名前だろ? いくら俺にでも、軽々しく教えちゃいけないと思うんだ」

「……うん」

「だから、『マール』にしよう! なんか響きが良いし! なっ、マール!」

「うん、主様がそう言うならそれでいい」

「よしよし、可愛いなぁマールは」

「へへー」


 雑な誤魔化しだったが、チョロくて助かった!


 俺は、今後のことを多少不安に思いつつ、マールの小さな頭を撫で続けるのであった。


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