第百二十話 港町での奇妙なお話
丘を越え、谷を越え、なかなか起伏に富んだ行程をこなすこと、早数日。
「海だーーー!!」
雄大な大海原が、眼前に広がる。
こりゃ、絶景だ。
だいぶ荒れた波ではあるがな。
ようやく、北の果ての果て、北端の海岸線へと到達したのだ。
後はこの海岸線を辿って行けば、港町オルタへと至るはずだ。
逃げるようにハクドウの街を出てから、ここまではかなり順調に来ることが出来た。
それもカムイ店主にもらったコレのお陰だろう。
霊験あらたかなそのアイテムこそ────
コンパスーーー!!
某猫型ロボットの如く、小さなそれを懐から掲げ出す。
赤い針は、ピタリと北を指し示していて、壊れているのかと思うくらい微動だにしない。
何で今まで気付かなかったかなぁ。
持っているだけで方角がわかっちゃう超便利グッズなのに……
この世界とて、帆船や航路がある以上、大型のコンパス、つまり羅針盤くらい存在しているはずなんだよな。
そこまで思い至らなかった、己のアホさ加減に涙がちょちょぎれらぁ。
ともかく、地図とコンパスの無敵コンビを得た俺たちは、今後遭難する確率が激減したと言っていいだろう。
もうお爺ちゃんみたいになるのは嫌だもんな。
「えー、海とかもう見飽きたよー」
「ですね、散々船に乗ったじゃないですか」
「…わたしはちょっと嬉しい…」
「わたしも海は好きですなの」
意見も対照的な年長組と幼女組。
しかも寒さのせいか、全員馬車のドアから首を出しているだけだ。
せめてこっちに来い。
「フラン、ヤヨイ。幼女組を見習え。感動やロマンは豊かな感性を育むんだぞ」
「えー、だるいー。それよりお腹すいたー」
「ホモの方が、余程感性のためになりますよ」
「なるかっ!」
「ヤヨイー、寒いからもうドア閉めてー」
フランの声に、バタムと閉められるドア。
ああ、無情。
吹きさらしの御者台に、一人取り残される俺。
い、いいんだ。
別に寂しくなんてないんだからねっ。
それから更に数日が過ぎた頃、まだ遠方ではあるものの、港町の外観が見えて来た。
海風のせいか意外と降雪量や積雪が少なく、至極スムーズに辿り着いたのは幸いだろう。
おー、大きい港だなぁー。
でっけぇ船がたくさん並んでるぞ。
中には、俺たちが乗った帆船、エリィ号より巨大なものもあった。
あれなら世界一周だろうと余裕で出来そうだ。
七つの海を股に掛ける、とか格好良いよな。
こっちの世界に七つの海があるのかは知らないけど。
さて、街もだいぶ近付いてきた。
そろそろ愛しき四人娘に到着を告げてやるか。
「おーい、お前たちー」
「なぁ~にぃ~」
ドアが開き、ずにゅるんとスライム状の四人が這い出して来る。
溶けてるよ!
いくらなんでも、だらけすぎだろ!
「そろそろ街に着くから準備しといてくれよ」
「「「「はぁ~い」」」」
ずるりずるりと戻っていく四人のアホたち。
腐ってやがる。
早すぎたんだ。
一旦馬車を止め、車輪に取り付けていたソリ板を五人がかりで外す。
ソリモードから馬車モードへの変形だっ。
実際はとんでもなく地味な作業を終え、再度馬車は動き出す。
雪の少ない場所では、ソリ板が摩擦の抵抗で馬に多大な負担をかけてしまうからな。
俺もこう見えて色々考え、周りに気遣いもしてるんだぞ。
それを悪トとかアホト呼ばわりはなかろう。
噂した連中は、後でぜってーシバく、全員シバき倒す。
脳内で誰にともなく、愚痴をこぼした。
俺のアホな妄想を余所に、二頭の馬は自らの意思で街への門を潜って行く。
位置と方角からして、東門だろう。
南側の彼方に超巨山も見えているし、間違いないと思う。
「あれっ?」
小さな驚きが口をついた。
想像よりも、かなり閑散としているのだ。
勿論、人がいない訳ではない。
石畳の大通りには通行人もいるし、レンガ造りの商店街にも客がいる。
だけど、なんだろう、この違和感。
「なんだか、活気がありませんね」
いつの間にか俺の横にいたヤヨイの言葉で、ハッとした。
そうなのだ。
活気が無いのだ。
あの、やたらと賑わっていたハクドウの街の後だけに、余計そう見える。
住民たちも、疲れたような、何かに怯えているような顔つきをしていた。
「何かあったの?」
いつになく真面目な顔でやってきたフランも、俺の隣へ腰を下ろす。
こいつなりに、何かを感じ取っているのだろうか。
「フラン、もしかして何かを感じているのか?」
「うん……でも」
「何でもいい、言ってみてくれ」
「あのね……」
「「うんうん」」
俺とヤヨイは興味津々。
「お腹空いたなーって」
ズッコケる俺たち。
「くらぁ! この食いしん坊め!」
「いひゃい! いひゃい! ほっへをひっふぁんないへー!!」
限界までフランの頬を引っ張ってやった。
全くこいつは、間を外す天才だな。
「アキトさん、どうしましょうか」
「うーん、取り敢えず日が落ちる前に宿を確保したいところだな」
「そうですね。あ、アルルさんに良い宿を教えてもらってありますから」
「一応、王都へ渡る船の手配も考えないとならんか」
「はい。後はカムイさんの言っていた件もありますし、そちらも聞き込んでみないと。明日にでも回ってみますね」
「あー、それもあったな……忘れてたよ」
「? ……どうかしましたか?」
俺がジッと見ていることに気が付いたヤヨイ。
不思議そうに大きな瞳が俺を見上げている。
「いや、頼りになるなと思ってさ。」
「えっ? ……そんな、真顔で言われると照れますってば……嬉しいですけど」
「ヤヨイ……」
「アキトさん……」
見つめ合う二人の距離が自然と近付き───
「…どーん!…」
「どーんですなのー!」
上空から俺の頭に振ってきた幼女組。
まともに頭部へ直撃を受け、俺の視界が斜めになる。
「アキト! 首! 首! いやぁぁぁ!」
「なんだなんだ!? なんでお前ら斜めになってんだ!?」
「首が、お、折れてますよ! ヒィィ!!」
「なにぃ!? フラン! 癒し! 癒して!!」
「待って、待って! 焦らせないで! 今やるから!」
「死ぬーーーー!!」
すったもんだの中、馬車はのんびりと通りを進んで行った。
ヤヨイの案内で、アルルに聞いたと言う宿屋へ向かう。
そこは、かなりの老舗らしく、建物にもかなり年季が入っていた。
別にボロっちいわけではない。
造りはしっかりしているし、きちんと補修も施されている。
ただ、長い年月、多くの旅人たちを迎え、そして送り出したのであろうことを窺えるのだ。
うむ、確かに良い宿だ。
豪華さはないが、安心して宿泊できそうだな。
俺が中へ声を掛けると、二人の老人が出て来た。
ヒョロ長い爺さんと、やたら小さい婆さん。
どうやらこの老夫婦で宿を営んでいるらしい。
うう、老人には弱いんだよ俺。
人当たりの良い爺ちゃんに馬車を預け、腰の曲がりかけた婆ちゃんの案内で部屋へ通された。
温かみのある部屋に、老夫婦の人柄も滲み出ているようだ。
「んにゃんにゃ、夕飯の時間になったら、お呼び致しますでのう。もうしばらくお待ちくだしゃれ」
「ありがとうございます」
「んにゃんにゃ、お風呂と食堂は下にありますでの」
んにゃんにゃ言うのはどうやら口癖のようだ。
歯が少ないせいもあるのだろう。
「それと、暗くなったら、外には出ないことですじゃ」
「? それはどういうことでしょう?」
なんだかいきなり不穏になってきたぞ。
「んにゃんにゃ、それは……」
「そこらはワシが話そうかのう。婆さんは食事の支度を頼むぞい」
「んにゃんにゃ、任せたよ爺さんや」
婆ちゃんと入れ替わりに爺ちゃんが入って来た。
確かに爺ちゃんの方が喋りは達者そうだ。
「皆さんは、街を見て来ましたかのう?」
「はい、どことなく活気がないですね」
「そうじゃろう。この街の連中は、あるものに悩まされておるのじゃよ」
「あるもの?」
「……幽霊じゃ」
突然低くなった爺ちゃんの声色に、フランと幼女組が震えあがった。
俺とヤヨイは顔を見合わせている。
ここの住民は、ゴースト如きを恐れているのか。
腕の良い司祭にでも頼んで祈祷してもらえばよかろうに。
「昼に無く、夜に無く現れては、出会った人物に迫った死期を告げて消えるのじゃよ……この街の連中はそやつに遭遇することを極端に恐れておる。なんせ、幽霊を見てしまったものは確実に死ぬということじゃからのう。みんな家へ閉じこもっておるわい。勿論何度も司祭様にお祓いをしてもらったんじゃが、全く効果が無くての」
「へぇー、そりゃ怖いですね」
「変な噂もあっての、その幽霊は誰かを探しておるようなんじゃ。その誰かが自分でないようにと、余計にみんな引きこもってしまう始末なのじゃ。そういうわけだから、夜は気を付けておくれよ」
「はい、わかりました」
「いきなり変な話をして悪かったのう。では、ごゆっくり」
言うだけ言って立ち去って行く爺ちゃん。
それよりも、この怯えるアホ三人をなんとかしてくれ。
シャニィとティナはともかく、フランはなんなの。
不死王と双子幽霊の時は何ともなかったのに。
奴らのほうが、よっぽど怖いだろ。
「だ、だって、会ったら確実に死んじゃうんでしょ……? 死んだら美味しいご飯が食べられなくなっちゃうもん!」
そっち!?
心配するのそっち!?
アホらしい、ほっとこう。
俺たちは長旅の汚れを風呂で流し、婆ちゃんの振舞ってくれた郷土料理に舌鼓を打った。
素朴ではあるが、なんだか懐かしい味だ。
俺の脳裏に祖母の笑顔が浮かぶ。
お婆ちゃん、俺は元気です。
隣では、何の感慨もなさそうに、フランがガツガツモリモリ食べている。
俺の感傷と郷愁を返して!
その後、疲れもあるし、早めに寝ようと言うことになった。
時間も既に深夜と言っていい。
雪がパラついているせいか、窓の外もやたらと静かだ。
うろつく酔っ払いさえいないとは。
住民たちは死期を告げる幽霊を恐れ、家の中で震えているのだろうか。
俺も何だか背中に寒気を感じ、さっさと毛布を被って眠りにつくのであった。




