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第百十九話 街からとっとと逃げるのだ


 結局、俺たちがカムイ武具店を辞したのは、完全に日が落ちた頃だった。

 遠慮したのだが、結局昼食まで相伴してしまったのだ。

 無下に断るのも何か気が引けるしな。


 同じ国から来た当選者と会うのは、カムイ店主も久々だったらしく、向こうの世界の話題に花が咲いた。

 ただ、あっちでは世界大戦規模の戦争が起きていると知って、彼は少し肩を落としていた。

 無理も無かろう。

 実際に惨状を目の当たりにしてきた俺たちでさえ、とても現実とは思えないくらいだったのだ。


 冗談ならどんなに良かったろう。

 あのまま何でもない日常を過ごせたら、どれだけ幸福だったろう。


 今が不幸だと言っているわけではない。

 愛すべき愉快な仲間たちと出会えない人生があったとすれば、俺は大いに嘆いたと思う。


 うむ、我ながら矛盾しているな。


 俺は負ぶったフランを背負い直す。

 彼女の温もりが、俺のくだらない妄想を打ち消してくれるようだ。


「アキトさん、フランさんが重いなら、私が背負いましょうか?」

「ん? ああ、大丈夫だよ。重そうにしてたかな?」

「いや、さっきからこっそりフランさんのお尻をまさぐっているように見えたもので」

「なっなななにバカなことを! 俺がそんなことするわけないだろう?」

「……普通にしますよね?」

「……はい。すみませんでした」


 眠ったフランを背負いながら、俺は宿への残った道のりをトボトボと歩く。

 監視役のヤヨイに隙はない。

 これ以上、フランの女体を堪能するのは無理だろう。


 それにしても、昼間と同等の人の群れが大通りを歩いているみたいだ。

 確かに夜はまだまだこれからの時間ではあるが、人いきれが凄まじい。

 この熱気のお陰で街には雪が積もらないのかもしれない。

 だとしたら、そこらの結界よりも良い性能だな。


 結界と言えば、北の街々は災厄避けの結界を張っている様子が無いんだが、その辺りはどうなってるんだろう。

 怪物たちも、あの黒い靄に覆われていなかった。

 元の素体が強いと災厄の浸食から免れられるとか?

 それとも、カムイが言っていた帝竜、炎帝の加護なのだろうか。

 はたまた……


 俺が思考の海で溺れかかっていると、ヤヨイがツンツンと手甲をつついてきた。

 少し恥ずかしそうな顔で、俺をチラチラ見上げている。


「どうした?」

「あの、夜でもやたらと混雑してますよね……」


 ああ、わかった。

 俺はフランを片手で背負い直すと、まだモゴモゴ言ってるヤヨイの手を握った。

 途端にパッと顔を輝かせるヤヨイ。


「え、えへへ……わかってもらえて嬉しいです」

「さぁ? なんのことやら」

「意地悪ですね。 ……まぁ、そんなところも好きなんですけど……」

「はぁん? なんて言ったんですかぁー?」


 羞恥で語尾が小さくなるヤヨイに、すっとぼけて聞いてやった。

 俺の手がメキメキと音を立てている。


 いてぇ!

 これが答えかよ!?


「それよりも、アキトさん。宿に戻ったら私たち……」

「……ああ。殺されるかもしれんな」


 丸一日ほったらかしにされた、シャニィとティナの激怒が目に浮かぶ。

 下手したら、あの巨大なハンマーで頭を潰されかねない。

 くわばらくわばら。


 俺たちの歩みは恐怖で小さくなって行ったが、時間とは無情なもので、さっくりと到着してしまった。

 にぎにぎしく温泉宿キタキタと書かれた看板を見上げ、ひとつ溜息をついて中へ入る。

 階段を上り、部屋の前でもう一度溜息をついた。

 ヤヨイなど、隣でゴクリと生唾を飲み込んでいる。

 俺は意を決して扉を開けた。


「ただいまー! ……ぎゃーーー!!」


 ドドドォォ


 部屋の中から雪崩のようにゴミが溢れたのだ。

 それに反対側の壁まで流される俺たち。

 フランの頭がゴンと壁に激突して止まった。

 恐ろしいことに、フランは起きる気配が無い。

 割と激しくぶつかったんだがな。

 いや、今はこのゴミの原因元だ。


「なんじゃこりゃあ!?」


 よくよく見れば、それは全て食べ物のカスやお菓子の箱だった。

 そして、ゴミを掻き分けながらシャニィとティナが顔を出したのだ。

 夕食前だってのに、二人の腹はポッコリと膨らんでいる。

 まさか、これ全部食べたのか?


「…お帰りアキト、ゲフッ…」

「お帰りなさいアキトさん、みなさん、なの、ケプッ」


 得意気にゲップすんなよ。


「お前ら何やってたんだ!?」

「…見ての通り、この街の食べ物屋さんとお菓子屋さんを制覇して来た…」

「どれも美味しかったですなの」

「アホかー! 見ての通り、じゃねぇよ!!」


 満足そうに腹を撫でまわす二人。

 その笑顔は食べかすだらけだ。


「シャニィ、ティナ。あなたたち、お金は持ってたんですか?」


 そうだ、そうだよ。

 この二人にはそれほど金を渡していなかったはず。


「…楽勝。全部勇者アキトの名前でツケにしてきたから…」

「なんてことしてくれたの!?」


 俺の目の前が真っ暗になる。

 これは悪夢だ。


「勇者様の連れならって、みんな快くツケてくれましたなのよ」


 俺のティナまで、シャニィの悪事に加担するなんて……


「…これは何も言わずにわたしたちを置いて行ったアキトへの報復のプレリュード…」

「まだ序章!? もうフィナーレと同レベルだぞこれ!」


 だめだ、また頭が痛くなってきた。


「ヤヨイ、すまんがフランとゴミをなんとかしてくれ!」

「ええっ!?」

「俺はこのアホ二人と、金を払いに行ってくる!」

「わ、わかりました。こっちは任せてください」


 俺は言うなり、シャニィとティナを両肩に担いで走り出した。

 帰って来たばかりなのに、またもや寒空へと飛び出してゆく。


 二人に聞きながら店を探して歩き回り、全ての支払いを終えて帰って来たのは、日付も変わる頃だった。

 たった二人で、トンデモない金額を食っていやがったのだ。

 マジで全店制覇しているとは思わなかったぞ。


 既に就寝中のフランとヤヨイを起こさぬように、シャニィとティナを寝かせ、俺も倒れこむようにベッドへダイブ。

 クタクタの心身は、わずか数秒で奈落へと落ちた。


 翌朝。


 だるさの残る身体に鞭打ち、出立の準備を始めた俺。

 朝食時に、カムイ武具店での出来事は皆に話してある。


 カムイ店主の言いなりになるわけではないが、どの道当初からの目的地も港町だし、取り敢えず行ってみようと言うことになったのだ。

 毎度行き当たりばったりなのは、なんとも俺たちらしいではないか。


 そんなわけで、今は馬車の用意をしているわけだ。

 馬番の腕が良いのか、二頭の駿馬はすっかり回復し、毛艶も美しく仕上がっていた。

 また一緒に旅へ出るんだ、よろしくな。


「ただいまー、アキトー! クッ、クフフ」

「アキトさーん! ぷっ、ぷぷぷぷ」


 お、食料調達係の御帰還かな。

 フランとヤヨイに頼んでおいたのだ。

 だが、二人が笑いをこらえているように見えるのはなんでだろう。


「ぷぷぷ、アキトのことが、街中で噂になってたよー」

「は? なんて?」

「幼女たちに食事も与えないクズで鬼畜な勇者がいるって噂でしたね……プークスクス」

「勇者アホトとかアクトとか言われてて……あっははははははははは! お腹痛いー!」

「あいつらぁぁぁぁ! 何を吹き込んで回ってたんだコラぁぁぁぁ!! フランもヤヨイも腹抱えて笑ってんじゃねぇぇぇ!!」


 俺は血眼になって隠れるシャニィとティナを探し出し、全身ペロペロくすぐりの刑に処してやった。

 全く、なんて奴らだ。

 これじゃ完全に悪評だけが残っちまうだろうが。


 買い出しに行かなかったのは、せめてもの救いか。

 絶対白い目で見られるわ。


 こうなった以上、もうこの街にはいられない。

 善良な市民とやらに通報でもされたら、それこそたまったものではないのだ。

 噂は人を殺すこともあるってのを、忘れない方が良い。


 この街の立派な御仁だと言う領主にも会って見たかったのが心残りだけど、ハクドウって名前からして、どうせガチムチのお堅いおっさんだろうからどうでもいいよな。


 急いで荷物をチェックしよう。

 水、良し。

 食料、良し。

 武具類、オーケー。

 雑貨類、これも良し。


 オールオッケー!

 さぁ、逃げるぞ!!


 俺は強引に四人娘を馬車へ押し込め、まるで家族を連れて夜逃げする父親のような形相で、二頭の馬に鞭を入れまくるのであった。


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