第百十八話 パワーワードまみれの情報
俺たちは、ハクドウの街でも指折りの武具店へ買い物にきたはずだったんだが、そこの店主カムイのせいで妙なことになっていた。
彼も当選者で、元勇者だと言うのだ。
「当選者なのは本当だよ。ただ、既に脱落した身なんだ」
少しだけ寂しそうな笑みになる、カムイ店主。
それだけで、彼の苦悩が伝わってくる。
何を思い悩んでいるのかまでは窺い知れないがな。
「そうだね、僕のいきさつを話してもいいかい? いや、君たちに聞いてほしいだけで他意はないんだ。ロートルのつまらない昔話と思ってくれないかな」
「いえ、是非とも聞かせてください。興味本位で申し訳ありませんが」
「いいんだ、その方がお互いに気楽だと思う。現役の君たちからすれば、僕の体験なんて大したことはないと思うんだけれど」
彼はそう前置きしてから、訥々と語りだした。
「僕は、数年前までサラリーマンだったんだ。ある日、仕事で大きなミスを犯した。巨額の損失を出してしまったんだ。本気で首を吊るか、飛び降りるか迷っていた時、僕の頭に大きなオレンジ色の水晶がぶつかったんだよ。で、当選したのが」
「わたくし、ですの。お待たせいたしました、お茶の用意ができましたわよ」
お盆に茶器を乗せたアルルが戻って来たのだ。
紅葉のように小さな手で、優雅にカップを並べて行く。
口調と言い、仕草と言い、やたら大人びているのが非常に不思議であった。
「彼女はSRアルル、ほんの少しだけど、先を見通す力を持っている。それと、隠密行動が得意だ」
「それはすごいですね……道理で俺も気配を察知できなかったわけです」
素直に感心してしまった。
先が見られるってことは、未来予知の類なのだろうか。
だとしたら、とんでもないことだ。
使い方によっては、無敵の力だぞ。
「とは言っても、的中率が高めの占い程度なんだけれどね。それでも、彼女はそんな力のせいで年齢とは裏腹に達観してしまったんだ。だからこんなにオバサン臭いのさ」
カムイは苦笑まじりに言う。
「まぁっ、あなたったら失礼だわ!」
アルルはプンスカしながら、香り高いお茶を注いでいる。
くっ、この子、可愛いな。
幼な妻ってレベルじゃないが、これはこれで悪くない気がする。
名付けて、幼女妻。
うわぁ、すっげぇ背徳感出ちゃった。
字面だけでも淫靡さがヤバい。
元の世界なら、即座に事案となっちゃうぞ。
「浮気レーダーに反応あり。アキトを制裁します。フランビーム!」
「いでぇ! いきなりつねるなフラン! 全然ビームじゃねぇし! しかもそのレーダー、感度良すぎない!?」
「ついでに私からもアキトさんへご褒美をあげましょう」
「ひぎぃ!」
フランとヤヨイ、ダブルで両耳をつねられ、悶絶する俺。
「あっはっはっは、君たちも良いパーティーだね。現役時代を思い出すよ」
「本当、懐かしいわ。もう、眩い思い出となってしまったけれど」
「そうだね、少し前に僕たちのパーティーが壊滅するまでは」
カムイとアルル、それに他のSRやその当選者たちとパーティーを組んでいたのだそうだ。
総数は八名。
こちらの世界へ渡った後、彼らは始まりの街でパーティーを組み、順調に旅を続けていた。
世界中を回っていた彼らは、ある日、災厄の力を身に纏った強敵と出会ってしまったのだ。
抗することも出来ず、次々と倒れていく仲間たち。
そして、残された二人。
標的となったアルルを助けたくとも、カムイの身体は全く動いてくれなかった。
「自分が情けなかったよ」
自責の念にかられ、涙を浮かべながらそう述懐するカムイ。
強圧的なまでの恐怖と、それによって消えかかった憤怒が交錯する中、彼の黒髪は一瞬で真っ白になってしまったと言う。
いよいよアルルが敵の手にかかろうとしたその時だ。
希望が蒼き光となって現れた。
そう、リッカの父親にして、蒼の騎士の橘博士である。
あのオッサン、噂話には良く出てきやがるなぁ。
彼は瞬く間に敵を倒し、カムイとアルルを救った。
だが、敵に倒された仲間たちは、既に手遅れだった。
「僕は愚かなことに、悔しさと情けなさから、彼の力を欲してしまったんだ」
蒼の騎士が、傍らに置いた蒼剣を奪おうとした。
彼の力の源は、この剣にこそ有る、これさえあれば人類を災厄から守ることが出来るはずだ、と考えたのだ。
「結果は、さっき君の剣を触った時と同じだね、ハハハ」
未遂に終わったカムイは、蒼の騎士から諭された。
本当に守りたいのは人類なのか、と。
カムイが答えを見出せぬまま、蒼の騎士は去って行った。
見送った勇者の背中、そして自分の傍らに寄り添うアルルを見た時、答えはもうとっくに出ていたのだと気付いたのだ。
「僕はこれから、彼女を守って生きていく、ってね。それからはもう、すっぱり冒険は諦めてご覧の通りの生活さ。ただ、こんな僕だけれど、諦めていないことがひとつある」
カムイはお茶を含み、唇を湿らせた。
それに倣って、俺も茶に口を付ける。
「それは、真なる勇者に情報を与えること。つまり、君だよアキト君」
「ブッ、ゴホッゲヘッ、いえいえ、俺なんてまだまだですよ」
いきなりで、茶が鼻に入った。
苦しいし、痛いんだよなこれ。
「何人もの自称勇者を見て来た僕だからわかる。その装備からもね」
「俺もある意味自称勇者ですよ。何となくって言うか、流れのままって言うか。 ……なぁ? そうだろフラン」
どう答えたものか窮した俺は、隣のフランに救けを求めたのだが。
「寝てるーーーー!!」
よくこんな状況で寝られるな!
しかも、すぴーすぴーと、とっても気持ち良さそうに!
「結構前から寝てましたよ?」
「なんちゅうアホだ!」
呆れるしかないわ。
「ははは、話が長かったからね。それよりも、アキト君。それと、紫の鎧を着た子は……」
「あ、申し遅れました、ヤヨイです」
「アキト君、ヤヨイ君。ここからが本題だよ。カラーリング装備を纏った君たち勇者への情報だ」
俺とヤヨイは、固唾を飲んだ。
いったいどんな言葉がカムイの口から出てくるのだろう。
「今のままでは災厄を倒すことが出来ない」
「「……!!」」
予想もしていなかった言葉だ。
それ故に、ショックも一際大きい。
「いや、いけるかな?」
「「どっち!?」」
ズッコケる俺とヤヨイ。
なんなんだこのおっさんは。
「はははは、すまない、君たちが羨ましくて少しからかってしまったよ」
「あなた、その辺にしておいてくださいな。彼らが困っているでしょう?」
「うん、そうだね。いいかい? 君たちが成すべきことは、帝竜の力を借りることだ」
おっと、なんか凄そうなワードが出て来たぞ。
「この世界の五大陸それぞれに帝竜がいる。北極圏には天帝竜が、南極圏には冥帝竜が、ってな具合にね。だけど、四体の帝竜は未だ休眠期にある。その中で、一体だけ活動期に入った帝竜こそ────」
「あっ、超巨山の……」
「そう、炎帝だ」
マジか。
確かにそんな噂はあったけど、俺には全く関係ない話だと思って聞き逃してたなぁ。
「君たちはどうにかして炎帝の加護を得て欲しい」
「どうにかって……?」
「方法は任せるよ」
「「雑っ!!」」
こんなの、突っ込むしかなかろう?
「でも、その帝竜と会う理由がわかりませんね」
お、いいぞヤヨイ。
もっと言ってやれ、言ってやれ。
「うん、僕もよくわからないんだ」
ガタタッ
何度コケさせる気だ。
「でもね、根拠が全くないわけじゃないんだよ。古い文献や伝説に神話、口伝などを調べていると、必ず出てくるフレーズがあるんだ。『神々、聖き鎧と、古より生きし竜の加護を用いて、災厄を退けたり』みたいな感じでね」
「「へー」」
お話としては面白いんだが、信憑性に欠けるんだよなぁ。
ってか、パワーワードが多すぎないか?
取り敢えずその炎帝と運良く出会えたとして、そもそも何て説明しろって言うんだろう。
災厄を倒すから協力して、ってか?
そんな事を言ったら、問答無用で燃やされそうだ。
俺ですら意味がわからねぇものを、説得のしようがないじゃないか。
「超巨山の頂上へ続く登山道は、港町オルタの近くにあるんだ。だからまずはそこを目指して欲しい」
俺があれこれ考えてるってのに、カムイさんはさっさと話を進めちゃってる。
まだ、行くとも行かないとも言ってないんだがなぁ。
「ただ、その港町に、最近化物が出るって噂があってね。ここの兵士たちも大半がそっちへ出向している」
あぁー、道理で。
兵の駐屯地が、やたら閑散としていたわけはそれかぁ。
「ところで、アキト君」
「なんでしょう?」
「その黒い武具なんだけれど、君が装備していれば僕が触っても拒否反応は出ないんだろう?」
「はぁ、そうみたいですね」
「是非、じっくりと見せてくれないかな!? 僕は元々武具が大好きでね! 趣味が高じてこんな商売を始めちゃったくらいなんだよ!」
「わかりました。情報料の代わりとしてお見せしましょう」
「うひょう!!」
飛び跳ねる程喜んだカムイ店主が、なんと半日も装備を眺めることになるのを、この時の俺たちはまだ知らなかったのであった。




