第百十六話 老人たちの大宴会
北方地区の三番目に位置する都市。
この街は、北壁とも呼ばれるほどの堅固さを備えている。
そして、北地方最大の物流拠点及び、軍事拠点でもあるのだ。
街の名を、ハクドウと言う。
無論、領主の名が由来である。
北の王とさえ称されるその人は、温厚篤実にして質実剛健を地で行くような人柄らしい。
全てティナの受け売りであるが、今の俺たちには心底どうでもいいことだった。
「つ、着いた……」
「し、死ぬかと思ったね……」
「……どこに、ですか……?」
「…わたしはだれ…?」
「ここはどこ……なの」
全身が痩せ細り、骨に皮をへばり付けただけの、ゾンビよりもスケルトンに近い姿となった俺たち。
あれから何度も遭難し、食料は底を尽き、雪を溶かした水だけで生きながらえて来たのだ。
流石にティナでも、雪で覆われた地形を見分けるのは難しかったらしい。
責めるつもりもないけどな。
余りにも間抜けだったのは、第二の街キユを知らず知らずのうちに素通りしていたことだ。
せめてその街を経由出来ていれば、こんな事態にはならなかったはずなんだが。
しかも門を潜るまで、この街をキユだと思っていたのだから、間抜け度合いが増える一方だ。
それよりも、俺たち全員の腹の虫が大合唱していることのほうが問題である。
聴く者にとっては、冥府の亡者が放つ、怨念に満ちた絶叫に思えるだろう。
おびただしい通行人の波が、奇異の目をこちらへ向けつつ過ぎ去ってゆく。
ヨボヨボのお爺ちゃんお婆ちゃんと化した俺たちは、歩行もままならない。
四人娘など、馬車の中で寝たきりの老人状態だ。
もはや四人婆と呼ぶ方が相応しかろう。
俺も背中を曲げて、御者台に座っているのがやっとだ。
顔もシワシワ、手も震えて、どこから眺めても立派なお爺さんにしか見えまい。
「そこのお兄さんや……この近くにご飯が食べられる場所はないですかのぅ……?」
いかん。
口調までお爺ちゃんになっている。
通行人の兄ちゃんは、こんな俺にも快く応じてくれた。
「そうだね、この道を真っ直ぐ行けば、左手に大きな宿屋があるよ。名前は温泉宿キタキタ」
「温泉宿キタキタ……」
なんちゅう名前だ。
ある意味、泊まる気が失せるぞ。
だが、温泉と言う言葉に、ピクリと四人の婆さんが反応した。
ここんとこ、風呂なんて縁遠い存在だったもんな。
「ま、温泉は出ないんだけどな、あはははー」
兄ちゃんの発言に、パタリと動きを止める婆たち。
ついに息の根が止まったのだろうか。
「でも、飯がデカ盛りで有名なんだよ。良かったら行ってみて」
「ありがとう……」
トコトコと歩く馬車。
すっかり二頭の馬も痩せてしまっている。
寒さと雪のせいで、道中に飼葉となるような草もなかったもんなぁ。
しばらく大通りを進むと、やたら巨大な看板が目に付いた。
派手派手しい装飾に、キタキタと書いてある。
周りに海もないのに、魚の絵まで。
大丈夫かこの宿?
宿の前で、ゆっくりと馬車を止めた途端、待ってましたとばかりに馬番の男が駆け寄って来た。
俺は、よろよろと御者台から降り、次いで老婆たちを介助しながら降ろした。
気分は老々介護である。
「いらっしゃいませぇ~! あらあら、お爺ちゃん、お婆ちゃんたち大丈夫ぅ?」
宿へ入ると、豊満な胸も露わなウエイトレスの姉ちゃんが出迎えてくれた。
「ご、五人なんじゃが、席は空いておるかのぅ」
「はーい、五名様ご案内ー! 奥の席へどうぞ~」
だだっ広い店内で、唯一空いている席へ通された。
なかなか賑わっているじゃないか。
兄ちゃんの話も満更嘘ではなさそうだな。
「ご注文はなんにしますぅ?」
無駄に色っぽく俺にメニューを手渡す姉ちゃん。
「そうじゃのう……メニューの品、全部を片っ端からジャンジャン持って来てくれんかのう」
「えぇ~? そんなに食べられるぅ? 今にも死んじゃいそうにしか見えないけど」
なんてこと言うの!?
「大丈夫じゃよ。こう見えても、ワシは勇者じゃからのう」
「あっははは、お爺ちゃん、面白いこと言うのね~。わかったわ、少々お待ちくださいませ~」
尻をフリフリしながら去って行く姉ちゃん。
クッソエロいな。
しばらく後、様々な料理がテーブルに所狭しと並べられた。
兄ちゃんが言っていた通り、やたらと盛りが良い。
俺はビールのような酒の入ったカップを手に、四人のババアどもへ宣言した。
「お前たち、良くぞ今日まで生き残った。今こそ秘められた食欲を解放する時だ。大いに飲んで、大いに食らい、生ある者の喜びを満たそうではないか! では、乾杯!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
驚異の宴が開幕した。
目を血走らせ、ひたすら口に食べ物を叩き込む。
その貪欲さは、地獄の餓鬼にも負けはしない。
ただただ、飲み、且つ食らい続ける。
瞬く間にテーブルから消える料理。
足りぬ、足りぬぞ!
「姉ちゃん! もっとだ! もっと持ってきて!」
「は、はぁい!」
従業員総出で料理を運んでくる。
置いた端から、一瞬で腹の中へ消える料理。
みるみる、俺たちに生気が戻っていくのを感じる。
筋肉が復活し、内側から鎧をはち切らんばかりに盛り上げた。
四婆も瑞々しく、そして若々しさと可愛らしさを取り戻してゆく。
店内全ての目が、俺たちの饗宴に向けられていた。
フランがまるで吸い込むように一口で大皿を平らげると、大きな歓声が起こる。
俺が巨大な樽から一気に酒をあおると、店をも揺るがすどよめきが。
「見たか! これが勇者アキトの生き様だ!!」
やべぇ、だいぶ酔ってるな俺も。
調子に乗って、盛大にブチかました後に後悔しても手遅れだが、まぁよかろう。
期せずして店中から巻き起こる勇者コール。
「がっはっはっはっは! まだまだ食えるぞ! 次の料理はまだですかぁっ!」
「ひぃぃぃ、もう食材がありませぇ~ん!」
料理人たちが泣き言を吐いた。
なんだもう無いのか。
仕方ねぇな。
腹八分目とも言うし、このくらいで許してやろう。
狂気に満ちた宴も終わり、店内でくつろいでいるのは俺たちだけとなった。
料理の出せない店は、閉めるしかない。
従業員たちは、慌てて食材の買い出しに向かったようだ。
俺が言うのも何だが、夜の営業に間に合うと良いな。
さて、俺たちも今日はこのまま、ここへ泊まろうか。
「ウェイトレスさーん」
「はぁーい、御用事ですか~? 素敵な勇者様ぁ」
ケツを振り、ウィンクをしながらやってくる姉ちゃん。
来た時と随分対応が違うじゃないか。
「俺たちこのまま宿に泊まりたいんだけどさ、部屋は空いてるかな?」
「勿論ですよぉ。邪魔な客がいたら叩き出してでも部屋を空けますからぁ」
「そうか、そいつは助かるよ。えーと」
「カレンと申しますぅ~」
「ありがとうカレン。良い名だね」
「いやぁ~ん、惚れちゃいますよぉ~?」
「はっはっは」
俺はフランとヤヨイにつねられている尻の痛みを我慢しながら笑って見せた。
聞けばカレンはこの宿の娘なのだと言う。
女将修行兼、花嫁修業として店の手伝いをしているそうだ。
年の頃はフランと同じくらいかな。
ウェーブのかかった赤い髪が、なかなかにセクシーな美少女である。
俺たちは食事代と宿代を支払い、カレンの案内で部屋へ向かった。
階段を上る際、カレンの大きな尻が目の毒だったのは言うまでもない。
部屋に荷物を降ろし、特別に準備してくれた風呂へドボン。
全員が綺麗さっぱりしたところで、恒例の会議へ。
とは言っても、特に議題はない。
なので、ここはひとつ。
「夕飯まで自由時間とする。ここで寝るなり、街へ買い物に行くなり、好きにしていいぞ。ただし、くれぐれも気を付けてな」
「「「「はーい」」」」
こんな時だけ息ぴったりの四人娘が、可愛い声をあげた。
「ねぇ、どうしよっか」
「そうですねぇ、買い物もしたいですし」
「…行っちゃう…?」
「わたし、下着が欲しいですなの」
「あ、私もー」
「洗濯もしたいですね」
一応、男の俺もいるってのに、お構いなしな会話を繰り広げている。
やっぱり女の子だねぇ。
てか、さっきまで死にかけてたのに、体力あるなぁ。
まぁいいや。
俺は酒も回って来たし、少し寝るかな。
「アキト、寝るならベッドで寝れば? ……アキト? あはは、もう寝ちゃってる」
「寝顔は子供みたいですよね」
「…ちゅーしたい…」
「シャニィちゃん、だめなのよ。寝かせてあげましょうなの」
何だか好き勝手言われているようだが、俺の意識は急速に闇へと引きずり込まれていくのであった。




