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第百十五話 これっていわゆる遭難ですか?


 どこだ。


 どうすればいいんだ。


 くそっ!

 全然わからねぇ!


「アキト! だめ、ティナの意識が戻らないの!」

「チィッ! このままじゃ全滅するぞ!」


 フランの叫びが、絶望をひしひしと感じさせる。

 俺は舌打ちで答えるしかなかった。


「…アキト、ごめんなさい……わたしも…」

「バカ野郎! 頑張れシャニィ! ヤヨイ! シャニィを頼むぞ!」

「はいっ! シャニィ! 死んだら承知しませんよ!」


 ヤヨイがシャニィの頬を叩いている。

 そうだ、多少強引でもいい。

 意識を保たせてやるのだ。


 早くなんとかしなければ。


「くっそ! 全然見えねぇじゃねぇか!」

「ねぇ、アキト。こうなったらもう……」

「アホ! 諦めるんじゃねぇ!」

「じゃなくて! 下手に動かない方がいいと思うんですけど!」

「む、そうかもしれんな……」


 俺はフランの意見に従い、一度馬車を止めた。

 うひー、見渡す限りの銀世界だ。

 現在地どころか、方角すらも見失ってしまった。


 あ、別に怪物に襲われていたとかじゃないんです。

 突然の大雪に見舞われ、街道がどこかすらもわからなくなってしまっただけなんです。

 道を踏み外すとはよく言ったもんですな、はっはっはっは。


 え?

 ティナとシャニィ?

 ああ、あいつらは、イタズラで酒を飲みやがってブッ倒れただけだ。


 辟易したのは、唯一この北地方に詳しいティナが、酔っ払って意識不明になってしまったことだな。

 だってさぁ、これって、とどのつまりは、遭難だよ?

 雪は止んだものの、全方位が真っ白。

 微妙な地形の変化など、俺が見たところで何の情報も得られない訳で。

 それなのに、頼りのティナがグースカ寝てるんだぞ?


 このままじゃ全滅するってのは、冗談に思えないんだよな。

 暖を取るにも、薪すらない。

 食料はまだあるが、これも無くなってしまえば飢え死にだ。

 いや、その前に凍死するか。


 そんな中でも、僥倖だったことがひとつだけあった。

 それは、馬車用のソリ板を酒樽族が積んでくれていたのだ。

 これを車輪に固定すれば、ソリのように移動できるって寸法さ。

 気分はサンタクロースだわな。

 引っ張っているのはトナカイならぬ、馬だけど。


 しかし、雪国ってのは凄まじいものよ。

 数時間降っただけで、あっと言う間に何十センチも積もるんだもんなぁ。

 こりゃもう、笑うしかないよな。

 はははのはーだ、チキショウめ。


「なに笑ってんの、アキト。これからどうするの」


 俺の隣へ、ドカッと腰を下ろすフラン。

 お前は総理大臣か、それとも大統領か。


「どうするって言われてもな。お前、何かすごいパワーで方角とかわかんねぇのか?」

「すごいパワーってなに!? そんなのあるならとっくに使ってるもん」

「ですよねー」

「あーあ、雪が降り始めた時、素直に止まっておけばよかったんだけどねー」

「返す言葉もございません」


 うーむ、どうしたもんか。

 期待は薄いけれど、誰かが通りかかるのを待つか。

 せめて街への連絡手段があればなぁ。

 そこらに公衆電話でもあればいいのに。

 電話……そういや無線機があるじゃねぇか!


 あ、駄目か。

 マキシマムと通信できたとしても、俺たちが今どの辺りにいるのかすらわかんねーわ。

 説明のしようがないもんな。

 なんせ雪しか見えん。


 目印と言えば、左手側にある超巨山だが、これは山を下りて街道へ出て以降、ずっと左方に見えている。

 距離も姿形も、それほど変化があったようには感じない。


 俺は御者台から降りて、周囲の様子を見て回った。

 うお、思った以上に雪が深い。

 こんなところで戦闘にでもなったら、満足に動くことも出来ねぇぞ。


「アキトー! なにか来るよ!」

「ほら見ろ! やっぱりな!」

「やっぱりってどう言うことー!?」


 あまりにもお約束の展開すぎるだろうが!

 怪物も空気読めよ!


 俺は仕方なく抜剣し、フランの指さす方に向かった。

 ズボズボと足が沈んでうまく走れない。


「なにあれ!? モグラみたい!」


 フランの言う通り、何者かが雪の下を土竜の如くこちらに向かって来ていた。

 その数、五体。

 それらは、馬車の数メートル手前で止まり、雪上へと姿を現した。


「「キモッ!」」


 俺とフランの声がシンクロする。

 いや、これはいくらなんでも酷すぎるだろ。


「何事ですか!? キモッ!!」


 馬車から顔を出したヤヨイも、どうやら同意見のようだ。

 だってこいつら、グーなんだぞ?

 グッドのグーじゃない。

 ジャンケンのグー、つまり拳だ!


 でかい拳に長い腕部。

 親指の位置からして、右腕だ。


 長さは二メートルもあろうか。

 肌の質感と言い、関節の位置と言い、まぎれもなく人間の腕なのだ。

 うわ、微妙に産毛まで生えてる!

 無駄にリアル!!


「いやぁー! 掌に口が付いてるよ! キモいキモいーー!」


 フランの前にいる一匹が、グーからパーに変形していた。

 うへぇ、掌の真ん中に、猛獣じみた鋭い牙まみれの口が。


 しかもその口は、明らかに笑いの形だ。

 まるで、食料を見つけた喜びに満ちているかのようである。


 あまりの気味の悪さに俺が攻撃をためらっていると、ヤヨイが何かに気付いたようだ。


「あれ? どこかで見たような気がしますね……えーと、そうですそうです。あの怪物はマッシュと言う名前です! 男の人たちがあの怪物と色々する文献に挿絵が載ってましたよ!」

「何が文献だ! どうせホモの本だろう!? この腐女子!」

「失敬な! 貴重な資料ですから!」


 そんなもん、ちっとも貴重じゃねぇわ!


「んで、その資料様にはコイツの弱点とか書いてなかったんですかねぇ!?」

「私が見た限りですが、記載はなかったですね。ただ、腕の付け根を良く見てください」


 ヤヨイに言われるがまま、視界にすら入れたくもないが、ヤツらを見る。

 うわぁ、付け根に目が二つある……しかも睫毛が超長い!

 ひぃぃぃぃ、末端部分には、ちっちゃな足が二本生えてるじゃないか!!

 キモいキモいキモい!!


 その小さな足で雪を蹴ると、滑るように俺へ向かって来た。

 どうやら、手で雪を掘り、足で前進する仕組みらしい。

 こんな怪物を作り出した輩は、きっと頭がおかしいに違いない。


「おえぇ!」


 吐き気と共に、剣を振り下ろす俺。

 いかん、雪に足を取られて剣筋がヨレヨレだ。

 俺の黒剣は、雪を飛び散らせるだけにとどまった。

 だが、マッシュの群れは、矛先を俺に集中させたようだ。

 五匹全てが俺の方を向いたのだ。


 女の子たちが襲われるよりは、ずっと良い。

 こちらには、寝込んでいるティナとシャニィもいるのだから。

 俺はコイツらを、馬車から引き離すように移動した。


 しかし、実際に迫られると、マジで気色悪いな。

 人体の一部ってのは、分離するとここまでひどいもんなのか。

 ともかく、出来るだけ馬車から離れよう。


 と、思った途端、ヤツらは腕を縮め、次の瞬間には宙を舞っていた。

 バネのように跳んだのだ。

 意外とアクティブ!


「うえぇぇぇぇ!?」


 俺は悲鳴を上げながら、ドッポドッポと雪の中を駆けた。

 四匹はなんとか回避したが、残った一匹が俺の腕に噛み付いて来やがった。

 指の部分が俺を掴み、掌の口が鎧を齧っている。


「きめぇぇぇぇ!」


 ブンブンと自分の腕を振り回すものの、マッシュは剥がれない。

 なんと言う握力だ。


「「斬って! 斬って!」」


 ヤヨイとフランの声で我に返る。

 そうだよ、俺は剣を持ってるんだよ。

 でも、どこを斬ればいいの!?

 目? 口? 足?

 クエスチョンマークを山ほど浮かばせ、オロオロと斬る位置を迷っていると。


「「どこでもいいから!」」


 実に微妙なアドバイスが二人から飛んできた。

 適当すぎない!?

 ええい、ままよ!


 視界を奪えば何とかなるだろうと、俺は目を狙った。


 ギヒィィィィー


 口から絶叫を漏らし、俺の腕から剥がれ落ちるマッシュ。

 効いた!?


「アキトー! 後ろー!」

「アキトさん! 後ろ、後ろですよ!」


 ドリフのコントみたいなセリフが聞こえ、俺は咄嗟に前へ飛んだ。

 俺がいた場所に、ドカドカドカッと四匹が落ちて来たのだ。

 間一髪。


 俺はそのまま、全力で逃走に移った。

 思い付きを実行するために。


「フラン! 奴らに術を撃ち込んでくれ! くれぐれも俺に当てるなよ!」

「はーい! ……保証は出来ないけど」

「聞こえたぞ! アホっ子め!」


 さて、フランの詠唱時間を稼がないとな。

 って、おい!

 跳ねるぶんだけ、奴らの方が速いじゃないか!

 いやぁぁぁ、すぐ後ろまで来てるぅぅぅ!


 俺は必死に剣を振り回しながら、雪に捕らわれそうになる足を動かす。

 だが、身体が急に重くなった気がする。

 そっと振り返ると、一匹が俺のマントに食らいついていた。


「うおぉぉぉ!」


 俺は全力でそれを踏みつけた。

 このっ、クソ腕がっ、放せっ。

 蹴りが綺麗に付け根へ入り、マントの一部を噛み千切りながら、マッシュは吹っ飛んでいった。

 そいつが他の三匹に激突して止まったところへ。


 ドゴォォオン


 フランの火球が炸裂した。

 ヒューッ! ナイスタイミング!

 ……あ、あれ?

 なんか炎が大きすぎない?


「……ちょ、ま……あっづぅぅぅぅぅ!!」


 火球の余波が、俺の髪と顔を丹念に焼いていた。

 異臭が俺の周囲に漂う。

 四匹しかいないのに、なんて火力を出しちゃったの!


 ともあれ、マッシュの群れは綺麗に消し炭と化したようだ。


「ごっ、ごめんねアキト! そんなに大きくしたつもりはなかったんだけど……」


 慌てて駆け寄って来たフランの手が、俺の頬に触れる。

 ひんやりしてて、気持ちいいー。

 堪能している俺の耳へ、ヤヨイの声がガツンと響いた。


「アキトさん! 焼け跡を見てくださいよ! これって、街道じゃないですか……?」


 ガバリと起き上がって確認する。

 フランの火球で溶けた雪の下から、石畳で舗装された街道が現れていた。


「間違いなく街道だ……俺の苦労と苦悩はいったい何だったんだー!」


 呆れ顔のフランとヤヨイを残し、泣きながら馬車へと走り出す俺であった。


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