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第百十三話 少女に鎚を持たせたら


「うーん、お腹いっぱーい!」


 とても満足そうな笑顔で、大の字に寝転がるフラン。

 妊婦みたいに腹が膨らんでいる。

 これでは漫画だ。


 俺たちは集会所で朝食を摂っていた。

 よく食べるフランのためにと、バンビ老が気を利かせて山ほど用意してくれたのだ。

 そしてフランは、それをペロリと平らげた。


 確かに美味いもんな。

 山奥の小さな村だから、なんて馬鹿にすることはとてもできない。

 男女ともに手先が器用な酒樽族が作る料理だぞ?

 特に女性は味覚が発達しているらしく、彼女らが作る料理は繊細にして味わい深い。


 そっち方面を売りにすれば、もっとこの村は発展しそうな気もする。

 俺の勝手な思惑だから、口に出したりはしないけれどな。


「ねー、デザートはまだー?」

「まだ食う気かっ! それに食ってすぐ横になると牛に……いや、豚になるぞ」

「それは嫌ぁ!」


 俺の脚色された忠告に、ガバリと起き上がるフラン。

 だが、出すぎた腹がつかえて、結局ゴロリと後ろへ転がった。

 どんだけ丸いんだよ。


 周りを見渡せば、ヤヨイもシャニィもティナも、モリモリ食べている。

 言うに及ばず、俺もだ。

 常習性のある麻薬でも入っているのではないか。

 そう思ってしまうほどに、食べものを口に運ぶ手は休みなく動く。


 気のせいかもしれないが、ここ数日の間に腹が出てきた気がする。

 いかん、いつまでもこの村に滞在していては太る一方だ。

 早々に暇を告げねばなるまい。

 俺たちはハングリーなくらいで丁度良いのだ。


 村の主だった連中も一緒に食事をしているのだが、彼らも食うわ食うわ。

 酒樽族の体形の秘密は、間違いなく暴飲暴食によるものだろう。

 女性たちは何故か細身なのに。


 そして集会所の隅では、俺が強引に連れて来たトンビが居心地悪そうにしている。

 村人たちも、彼を不審の目でチラチラと窺っているようだ。

 無理も無い。

 村で知らぬ者はいないほどの悪ガキだもんな。

 だが、これからは違うってところを教えてやらんと。


「トンビ、こっちへ来てくれ」


 俺の呼びかけに、ざわつく村人。

 ヒソヒソと耳打ちし合っている。


 ギクシャクした動きで俺の隣へ立つトンビ。

 ガラにも無く緊張しているようだ。

 俺は軽く背中を押してやった。


「ほれ、みんなに言う事があるんだろう?」

「はい……皆さん、聞いてください」


 父親のバンビ族長どころか全員が、初めて聞くであろう、トンビの敬語に固唾を飲んだ。

 トンビよ、言ってやれ、言ってやれ。


「今までの愚行、本当に申し訳ありませんでした! いきなり信じてくれとか、許してくれとは言いません! 心を入れ替え、真面目にやって行くことで証明します! だから、せめて、どうか、俺がこれからどう成長して行くのかを見守っていただけないでしょうか!」


 深々と頭を下げるトンビの姿に、どよめき始める村人たち。

 バンビ老などは、既に大粒の涙を流している。

 感無量なのだろう。


 もうひと押しかな。

 満腹で重たい身体を引き上げる俺。

 俺が立ち上がったことで、ざわめきは更に広がった。


「トンビは改心しました。この勇者アキトが保証します。わだかまりを捨てろとは言いませんが、少しずつ彼に歩み寄っていただけませんか。何かあれば、私が飛んで来てコイツを懲らしめますので安心してください」


 オオオオオォォォォ


 俺の言葉に湧き上がる歓声と、万雷の拍手。

 真っ赤な顔で涙をこぼす、トンビと族長が抱き合っている。

 これで丸く収まると良いな。


「ぷぷー、アキトが『私』とか言っちゃってる! あはははは! 似合わなーい!」


 俺は、寝転がったまま笑っているフランの鼻と口に、デザートの団子を入るだけ詰め込んで黙らせた。

 フランは真っ青な顔でもがいている。

 こっちは真剣にやってるってのに、全くこのアホ娘ときたら。


 なんにせよ、これで一件落着と行きたいもんだな。


 あとは、なんだっけ。

 何か片付いていない事柄があった気がする。

 うーむ、そのうち思い出すだろ。


 めでたいめでたいと、村人が酒を持ち出し、ほとんど宴会となってしまった朝食もお開きとなり、俺は出発の準備をするべく動き出した。

 食料や水のチェックをするために、皆で一度馬車へ向かう。

 馬車は広場に置きっぱなしなのだ。


「……またか」


 その馬車を囲うような注連縄を見て、俺は溜息をついた。

 酒樽族はどんだけ祀り上げるのが好きなんだ。

 シャトルも御神体扱いだったしな。


 そこで思い出した。

 当初の目的は、そのシャトルじゃないか!

 馬鹿だな俺も。


「なぁ、このシャトル、どうする? 一応これを探しにここまで来たわけだけどさ」


 広場の中央に鎮座するシャトルを指さし、俺は四人娘に意見を募った。


「ごっつぁんです。自分にはよくわかりません」


 力士並みに丸々と肥えたフランが、これまた力士のようなかすれた声で言った。

 まだ太ってたの!?

 はよ痩せろ!!


「うーん、そうですねぇ。ぶっちゃけ、私たちじゃ運べませんよねこれ」


 紫色の鎧を身に着けたヤヨイが言う。

 ええ、運べませんし、運ぶ気もございません。


「…捨てて行っちゃえば…?」


 ひどいよシャニィ!

 必死になって見つけたってのに!


「アキトさんの判断にお任せしますなのー」


 うんうん、ティナは俺を立ててくれるんだな。

 とっても良い子!


「って、結局解決策は無しかい!」


 思わず、何もない虚空に左手でツッコミを入れてしまう。


「もういいや。こんなもん、中だけ調べて酒樽族にあげちゃおう!」

「賛成! ごっつぁん!」

「あ、いいですねそれ」

「…問題ナッシング…」

「なっしんぐ? ですなのよ」


 決まったな。


 俺はシャトルに近付き、ハッチの脇にある操作パネルらしきものをいじった。

 ご丁寧に、開閉ボタンとこっちの言葉で書いてある。

 だが、何度押しても開く気配が無い。


 なんだこりゃ、壊れちゃったのかな。


 しつこく押すが無反応。

 業を煮やしてパネルを殴りつけるも反応無し。

 マジで壊れたか、それとも電力切れか。


 このままでも別に構いやしないのだが、もしシャトルを理解できる人物が現れて盗用されるのも困りものだ。

 俺が思案に暮れていると、余程深刻な顔に見えたのか、ヤヨイとシャニィが近付いてきた。


「動かないんですか?」

「…いっそのこと、壊しちゃう…?」

「そうしたいくらいなんだけどな……おっ、そうだ! ヤヨイとシャニィの顔で思い出したぞ」


 そうだよ、うってつけの物があったじゃないか。

 俺は馬車に駆け寄り、中からある物を引っ張り出した。

 これだこれだ。

 俺はそれをシャニィへと手渡した。

 うは、シャニィの二倍はありそうだな。


「…なにこれ…? ゴルディオンハンマーみたいで格好良い…!」

「ブッ! シャニィ、固有名詞を出すな! こらヤヨイ! お前は向こうでシャニィにいったいどんなアニメを見せてたんだ! おい、こっちを向け。目を逸らせるな」


 頑なに顔を背けるヤヨイの肩を揺さぶる俺を余所に、シャニィは嬉しそうに紫色のハンマーを担いでいる。

 小さな身体で、軽々と巨大なハンマーを扱えるのは、流石SSRと言ったところか。

 そう、このハンマーは、シュガフたちの洞窟から持ってきた物である。

 まさかこんな場面で役に立つ時が来るとはな。


「シャニィ、そいつで思い切りシャトルを殴っていいぞ」

「…いいの!? わーい…!」


 嬉しさのあまり、ピョンピョン跳ねるシャニィ。

 うんうん、可愛いなぁ。

 わざわざ持って来た甲斐があったってもんよ。


「シャニィちゃん、いいなーなの」

「…エへへー、後で貸してあげるね…」


 幼女組の、なんとも微笑ましいやり取りの後、シャニィは少し真剣な目付きになった。

 ハンマーを肩に担ぎ、柄を両手で握る。

 鋭さを増した瞳は、シャトルをしっかりと見据えていた。


「…ゴルディオンハンマー、発動、承認…」


 なにやらブツブツと呟いているシャニィ。

 良く聞こえないが、精神統一かなにかだろうか。

 その後も呟きはしばらく続き、それと共にシャニィの身体が輝きに包まれて行く。

 なんか凄そうだぞ。


 気が満ちたのか、シャニィは高々と舞い上がり、そして一気に降下して来た。


「光にぃぃぃ、なぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!」

「ええええ!? 光にしちゃダメだろおおお!」


 謎の雄叫びと同時に振り下ろされるハンマー。


 チュドーン


 眩い光と、立ち昇る土煙。

 村全体が、大地震のように振動している。

 遠くの山肌では、雪崩が起こったようだ。

 衝撃波の煽りをモロに受けたフランが、悲鳴を上げながらボールのように転がって行くのが見えた。

 いくらなんでも丸すぎない!?


 馬は怯え、慌てた村人たちが建物の外へと、這うように逃げ出してきた。

 何事かと遠巻きに俺たちを見ている村人たちの様は、まるで見世物小屋だ。

 こりゃ、こっぱずかしい。


 そして台形だったシャトルは、ハンマーの直撃した部分からへし折れ、U字型に変貌していた。

 広場全体が、シャトルを中心にクレーター状となってしまっている。


 なんちゅう威力だよ。

 俺はシャニィに、とても危険なおもちゃを与えてしまったのかもしれない。


 得意気に戻って来たシャニィの土で煤けた顔を手拭いで拭いてやりながら、俺はそんな思いを巡らせるのであった。


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