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第百十一話 馬鹿息子には鉄拳を!


「寝てたぁ!!??」


 数十人は入れるほどの広間に、俺の声が木霊する。

 ここは酒樽族の村の集会場だ。

 何者かの手によって破壊されたバンビ族長の家では寒さもしのげないってことで、こっちへ案内されたのである。


 俺が叫んだ理由。

 それは、シャニィとティナにあった。

 族長の家が襲撃された時、何と彼女たちは別室で普通に寝ていたと言うのだ。

 いや、確かにバンビ老が寝所を用意してくれたのは知っていたけどな。


「…あまりにもお酒臭くて、耐えられなかったから…」

「シャニィちゃんの言う通りですなの。とてもひどかったですなのよ」


 シャニィもティナも、口を三角にして文句を言った。

 余程の臭気だったのだろう。

 不覚にもあの時の俺は慌てすぎていて、あんまり覚えていないんだけどな。


「まっこと、申し開きも出来ませぬ。全てはワシの不徳ですゆえ」


 申し訳なさそうに頭を下げながら謝っている族長。

 彼に落ち度はないし、結果的にはうまくいったわけだから不問とするべきだろう。


「いえ、族長は悪くないですよ。早合点した俺が間抜けだっただけです。二人もこうして無事でしたし、頭を上げてください」

「いやいや、ワシが謝罪したいのは、襲撃者の件なのです」

「は?」

「申し訳ありませぬ勇者様! 盗人も襲撃者も、ワシの浅はかな愚息の仕業なのです!」

「はぁぁぁ!?」


 聞けば、族長の息子であるトンビと、その仲間数名による謀略だったと言うのだ。

 謀略と言うには、随分お粗末だけどな。

 だが、どうやら普段から悪さばかりしているらしい。


 なんでも、種族を問わず、女性にセクハラや破廉恥な行為をして回ったり、気に入らない人や物は、殴り、破壊する。

 成人しているそうだが、中身はとんでもない悪ガキのようであった。


 自分の実家を襲撃したのも、単に皆からもてはやされる俺たちが気に食わなかっただけだとさ。

 なんにせよ、人を舐め腐った野郎なのは間違いなかろう。


「うわぁ……アキトよりも変態なんているんだー……」

「アキトさん以下のクズですか……最悪ですね」

「…ティナも気を付けて、アキトはすぐにペロペロしてくるから…」

「え? え? アキトさんはそんな人じゃないですなのよ」


「うおぉぉぉぉ! 俺をわかってくれる天使はティナだけだー!」

「きゃぁぁぁ! 苦しいですなのー!」


 俺はギュッとティナを抱きしめながら思う。


 なるほどね。

 トンビとか言う野郎は、族長の息子だってのもあるし、甘やかされてわがまま放題に育ったんだな。

 将来はこの村の未来を担う族長になるんだろうから、ここで誰かが矯正してやらんと最悪の村になっちまうぞ。

 いっちょ、お灸を据えてやるか。


「バンビ族長、すみませんが、息子さんたちを呼んでもらってもいいですか?」

「承知しましたぞ。あやつにはワシもほとほと手を焼いております。早くに母を亡くし、ついつい甘やかしてしまいましたわい。死なない程度に、しごいてやってくだされ」


 息子を半殺しにしてくれとまで言うあたり、族長も本気で困ってたんだろうな。

 族長自ら迎えに行き、待つことおよそ十分。


 ふてぶてしい面構えの三人組が、不貞腐れた顔で入って来た。

 真ん中のガタイの良い男が、トンビのようだ。

 酒樽族の男性としては珍しく、三人とも髭を生やしていないのは、反骨心からなのか、それとも単なる天邪鬼なのか。


 身長も俺の胸まであるだろう。

 二人の子分を見てもわかる通り、平均的な酒樽族は俺の腹くらいしかないのだ。

 そして、がっしりとした筋肉質の身体を持っている。


 ふむ、こんだけ恵まれた肉体を持ってたら、そりゃ調子に乗るわけだわな。


「あー、気に入らねぇー、気に入らねぇー! なぁにが勇者だ、クソザコが。このトンビさまに敵うわきゃねぇだろうバーーーーカ!」

「そーだ、そーだ」

「ぶぁーか」


 明後日の方向を向きながら、罵詈雑言を吐くトンビと子分たち。

 おやおや、随分と威勢が良いな。

 俺は笑顔を維持しているが、良く見れば額には青筋が浮かんでいることだろう。

 

 ピシリ、と空気が変わったのを察知した四人娘と子分たち。

 大きな窓ガラスにも亀裂が入る。


 おっと、怒りが漏れ出していたか。

 自重、自重。


「その勇者は俺だ。アキトと言う。よろしくな」

「はぁん? テメェみてぇなヒョロガキが勇者ぁ? 笑わせんな…………って、おい! この子は誰だ!?」

「へ? 私?」


 ビシッとフランを指さすトンビ。

 自分の顔を不思議そうに指さすフラン。


「惚れたぁぁぁぁ!! おい、女! 俺と今すぐ結婚しろ!! 親父ィ! 祝言の準備をしてくれ!!」

「はぁぁ!? 何を言っとるんじゃ、このバカ息子めが!」

「ちょっ、えっ、なに!? いやぁぁぁ! こっちにこないでぇぇぇ! アキト、助けてよぉぉ!」


 フランへキスしようと迫るトンビ。

 必死に顔を背けるフラン。

 なんとか息子を引き剥がそうとするバンビ老。

 

 なにこれ。

 殺してもいいの?


 俺は無言でトンビの首根っこを捕まえ、問答無用で引き倒す。


 もうダメだ。

 とてもじゃないが、許せそうにない。


 俺の怒気で子分の二人は既に失禁している。

 集会所全体が小刻みに振動しているのは、地震でも気のせいでもなかった。


「アキトさん、こんなバカは容赦なくやっちゃってください」

「…わたしが始末してやりたいくらい…」

「女の敵ですなの」


 フランを保護した女性陣が、小声で俺を焚きつける。 

 おう、任せておけ。


「なにしやがるんでぇ! 俺の恋路を邪魔する奴はブッ殺すぞぉ!」


 パキャッ


 乾いた音と共に、白い物が飛んで行く。

 言うまでもない、コイツの奥歯だ。


「ハヒャ……俺は、族長の息子だぞぉ、絶対にブッ殺し……あぎょっ!」


 二撃目で前歯が消え去った。

 きっと顎も粉々だろう。


「バンビ族長。もっと殴りますけど、いいですよね?」

「勿論ですとも! このバカに世界は広いと言うことを教えてやってくだされ!」

「だとよ」

「そ、そんにゃ……」


 しばらくお待ちください。

 現在、ボッコボコにしております。


 おっと、俺の脳内に妙なテロップが流れたぞ。


「うわーん! アキトー! 怖かったよー!」  

「よしよし、もう大丈夫だからな」


 俺はフランを抱き、その背中を落ち着かせるようにポンポンと叩いた。


 トンビ?

 知らね。

 そこで肉塊みたいになってるのがそうじゃねぇの?


 バンビ老に言われた通り、紙一重までボコっちまった。

 半年以上は動くことすらできまい。

 こう言う手合いには、圧倒的な力量差を見せつけるのが一番効くのだ。


 ついでに、なにもされていないはずの子分たちまで、バカの後を追うように失神している。


「すみません族長。ついカッとなってやりすぎちゃいました」

「何をおっしゃいますか! これでも足りないくらいですぞ! ですが、よくぞ懲らしめてくだすった!」


 何気にひどい親父だな。

 俺ですら、少しは良心の呵責が疼いていると言うのに。

 族長のお墨付きを貰ったとは言え、このまま放置してはそれこそバカが死んでしまう。


「フラン、嫌だろうけど、コイツを少し癒してくれ。あ、生かさず殺さず程度でいいからな」

「うん、アキトがそう言うなら……」


 フランの癒しで、少なくとも出血は止まったようだ。

 これなら、数か月もすれば歩けるようになるだろう。


 ドォオオオオと建物の外から、またもや村人たちの歓声が。

 あ、さては窓から覗いていたな?

 てか、族長の息子がフルボッコにされたってのに、この歓声とは恐れ入る。

 どんだけ嫌われてたんだコイツは。


「誰か! このバカ者たちを、ワシの家のベッドに放り投げてきてくれんか! 他の者は宴の準備じゃ!」


 族長の鶴の一声に、またもや凄まじい歓声が巻き起こる。

 入って来た男衆がトンビたちを担いで出て行き、女衆が後片付けと宴会の準備を始めた。


「勇者様。何から何まで救ってくださり、本当にありがとうございます」

「いや、成り行きと言うか、行きがかり上と言うか」

「これは御謙遜を。あのバカ息子にも、良い薬となったでしょう。貴方様の事は、伝説として永遠に語り継いでいくつもりですぞ」

「それはやめて!」


 夜も更けた頃、盛大な宴が催された。

 俺たちは上座に押し込められ、下座には族長以下の村人たちがギッシリと座っている。


 集会所に入り切れなかった連中が、外で盛り上がっていた。

 あちこちで焚火が天を焦がし、大量の酒で寒さ対策も万全と言った様子だ。


 俺たちの前には、とんでもない品数と量の、豪華な食べ物が所狭しと並べられている。

 ここのところバタバタしていて、まともな食事を摂っていない俺たちには、堪らない褒美と言えた。


 族長による乾杯の音頭と共に、俺は早速食べ物にかぶりつく。

 美味い!

 あまり食べたことのない味だが、果てしなく美味い。


「んーーー! 美味しいーーー!!」

「本当ですね。仕立て方がペルー近辺の料理と似ていますよ」


 食ったことあんの!?

 俺なんてそんなの見たことすらないよ!?

 ヤヨイはすげぇな!


「…ティナ、これも美味しいから食べてみて…」

「美味しいですなの! シャニィちゃん、こっちも食べてなの」

「…あ、これも美味しいね…」

「うん!」


 年齢の近さもあってか、二人はすっかり仲良しだな。

 なんとも微笑ましいことよ。


 目の前では、酒樽族の女性たちによるダンスが繰り広げられていた。

 不思議な事に、盆踊りそのものだ。

 まさかとは思うが、俺たちの世界から来た誰かが教えたんじゃあるまいな。

 次々に注がれる酒を飲みながら、手拍子をする俺たち。


 煽情的な腰つきで踊りながら、俺に流し目を送る女衆。

 一際情熱を込めた瞳で俺を見ているのは、助けた姉妹だった。

 俺に惚れると火傷するぜ。


 腹もパンパンに膨れ上がり、たらふく酒も飲んだ。

 宴も終盤に差し掛かっていると言うのに、まだ食べ続けているヤツがいる。

 そう、フランだ。


「お前、まだ食ってんのかよ!」

「なんかねー、最近お腹が空いて空いてもぐもぐ」

「確かにここんところ食ってばっかいるもんな」

「なんでだろうねー? もぐもぐ」

「まさかガチで妊娠してるとかないよな?」

「あははは、アキトの子なら喜んで産むからね」

「ばっ、おま、俺が照れるわ!」


 俺がフランにしてやられるとはな。

 それにしても、食いすぎじゃないか?


「いつからそんな食うようになったんだっけ?」

「うーん、もぐもぐ、ルリアと会った頃、かな?」


 ふむ。

 ってことは、海で変な足と闘った後からか。

 ……海岸での戦闘の時と言えば、フランはレジェンドレアに覚醒してたよな。

 そして、フランシアと名乗る少女が、表層に顕現していた。

 まさかとは思うが、フランは二人分の栄養を摂ろうとしているのではないだろうか。


「いよっ! 族長の十八番! 裸踊りだ!」

「わっはははははは! いいぞ族長!」

「いやぁ! いつ見ても下品で最高だわい!」

「がははははは! もっとやれ!」


 俺の思考は族長のダンスで全て吹き飛んだ。

 駄目だ、これは面白すぎる。


 俺たちは、そのコミカルな踊りで大いに笑うのであった。


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