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第百八話 大事件はトイレの後に


「ねー」


 なんだよ、もー。

 寝かせてくれよ。

 色々疲れてるんだよ。


「ねー、アキトってばー」


 頼むから静かにしてくれフラン。

 こっちは遅くまでバンビ爺さんの話に付き合ってたんだぞ。

 寝ててもバチは当たらんはずだ。


「アキトー、アキトー、ねーねーねー」

「だぁー! うるせぇぞこのアホ娘!」


 うげ。

 まだ外は真っ暗じゃねぇか。


「お前らは酔っ払って散々寝たろ! 俺はさっきまで起きてたんだ」

「あ、そうだったの? それはお疲れ様でしたー」


 く、わざとらしい笑顔しやがって。

 そんなフランの傍若無人を許してしまう自分が、ちょっとだけ悔しい。


「んで、お疲れの俺を起こした理由は?」

「うん、お腹すいちゃってー」

「アホ! 朝まで我慢しろ! 俺は寝る!」


 ごろりと横になると、バンビ老もグースカと床で寝ていた。

 まさか、普段からここで寝てるとかないよな?

 よく見れば、その周りには酒瓶らしきものがゴロゴロ転がっている。

 おいおい、飲みすぎだろ。

 しかもこの酒、俺の味わった感覚だと、ウィスキーかそれ以上のアルコール度数だったぞ。

 死ぬわ普通。


「あーん、冗談だってばー。ちょっと急ぎのお願いがあるから聞いてよー」

「えぇ~」


 フランは跪いて、俺の手を握る。

 そして、涙ぐんだ青い瞳で訴えかけていた。

 ああ、もうわかった。

 アレだろ。


「なんだ小便か。んなの、一人で行ってこい」

「小便って言わないでよ! 暗くて怖いし、場所もわかんないしー。お願い、一緒に来て」

「はいはい、どっこいせっと」


 眠気でだるい身体を強引に引き起こす。


「その掛け声は、おじさん臭いよ」

「黙らっしゃい」


 俺はフランの手を引いてトイレへ向かった。

 夕方に一度借りたので、場所は把握している。

 確かに暗いが、すぐ近くだしな。


「ほれ、ここだ」

「あのぉ~……」

「ん?」

「終わるまで待ってて欲しいなぁーなんて……」

「はぁ? お前は子供か!」

「だって怖いんだもん!」

「わかったわかった。ここにいるからさっさとしてこい」


 俺はトイレのドアの横へ腰を下ろした。

 全く、いい年して何言ってんだろうねコイツは。

 そんなわがままに付き合っちゃう俺も俺だけどな。


「あの、非常に言いにくいのですが……良かったら手を握っててもらえると嬉しいんですけど……」

「アホかっ!」

「お願いお願い! アキト様~! 見捨てないでー!」


 トイレに入ったフランの手が、ドアの隙間からヌッと出ている。

 暗がりのせいか、異様に青白く見えた。


 これのほうがよっぽどホラーみたいで怖いわ。

 仕方なく俺はその手を握ってやった。


「絶対離さないでよ」

「はいはいはい」

「はいは一回!」

「帰る」

「うわーん! 調子に乗ってすみませんでしたぁー!」


 程なくして、ちょろちょろと水音が聞こえて来た。

 ちょっと待て。

 これって、アレの音だよな。

 少女がしている音に聞き耳を立てるとか、いくらなんでも変態すぎないか?

 しかも、なんかちょっと興奮しちゃうのはどうしてなんだ!?

 バカな!

 俺にそんな趣味があるだと!?


 ドンガラガッシャーン


 俺が己と葛藤していたその時、派手な破砕音が聞こえてきた。

 咄嗟に立ち上がって居間へ戻ろうとするが、フランは手を離そうとしない。

 むしろ、力強く握りしめてくる始末。


「待ってー! アキト待って! もうちょっとだから!」

「コラ、それどころじゃねぇだろ! 早くしろ! てか、手を離せ!」

「絶対、離さないもん!!」


 いででで、なんて力だ。

 その間にも、居間の方からはドッタンバッタンと音がする。

 こりゃ、只事じゃねぇぞ。

 だが、その騒音はすぐに止み、後には静寂だけが残された。


「お待たせ!」

「お前、大事になってたら折檻だからな!」

「ひぃぃぃ!」


 俺はフランの尻を叩きながら慌てて戻った。

 はい、折檻確定。


 居間は、見るも無残な状態だった。

 何者かに、窓、と言うか壁ごとブチ破られているではないか。

 散乱する様々な破片。

 床に転がったままのバンビ老。


 俺の全身から、急速に力が抜けていくのがわかった。

 血の気が引くとは良く言ったもんだ。

 ザァッと言う音が体内から聞こえて来る。


 これは大事なんてレベルじゃない。

 大惨事じゃねぇか。


 さっきまで椅子で寝ていたシャニィとティナ、そしてヤヨイの姿までもが綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 いない、いない、どこにもいない!

 嘘だろ?

 冗談だろ?


 心がどんなに否定しても、目の前の事実はちっとも変わりゃしなかった。

 混乱する脳内だったが、とっくに答えは出ている。


 奴らの仕業だと。


 バンビ爺さんも言っていたじゃないか。

 シュガフという怪物は、快楽のためだけに人間の女も攫う、ってな。


「うわー、誰がやったのかな……あれ? こんなところにヤヨイが寝てる」

「なにぃ!?」


 俺がフランの傍へ行くと、ヤヨイは長椅子と壁の間に挟まって寝ていた。

 真っ白な太ももと下着も露わな、大股開きでだ。


 どんな寝相だよ!

 いいぞ! もっとやれ!


 いやいや、論点はそこじゃなかった。

 この狭い隙間にいたお陰で、攫われずに済んだと前向きに考えよう。

 だけど、シャニィとティナは……くそったれどもが!


「フラン、シャニィとティナが攫われた! 詳しくは後で話す! 急いでヤヨイを起こしてくれ!」

「ええっ!? うん、わかった!」


 俺はバンビ老の方だ。

 肝心の、奴らが潜む生息域を聞いていないのだ。


「バンビ爺さん! 起きてください! 族長!」


 ガクンガクンと揺さぶるが、起きる気配は無い。

 酒臭い寝息を、俺の顔に吹きかけているばかりだ。

 なんだか幸せそうなその寝顔に、俺は一瞬で頭に血が上った。

 この、のんき者!


「おい! 起きろジジイ! クソ酔っ払いめ! くそ、ひっぱたくけど許せよ!」


 一言断ってから、猛烈なビンタの嵐を浴びせた。

 バンビ老の顔が左右に吹き飛ぶ。

 老体には酷かもしれないが、俺も余裕が無いのだ。

 背後では、フランもヤヨイにビンタの猛打を放っていた。


「ぐ、む、ぐはっ! ふぁ~あ……おお、勇者様。もう朝ですかいのう」

「いっ、いたっ! 痛いです! アキトさぁん、私、初めてなんですからもっと優しくお願いしますよぉ……」


 駄目だ。

 二人とも寝ぼけている。


「爺さん! 起きてくれ! 頼む!」


 俺は手近にあった鉄瓶の中身を、バンビ老にぶっ掛けた。


「うわじゃじゃじゃー! な、何事ですかな!?」

「爺さん! 俺の仲間が攫われた! たぶん、シュガフだ! あいつらの居場所を教えてくれ!」


 どうやら鉄瓶の中身はお湯だったようだ。

 一発で目を覚ますバンビ老。

 火傷してなきゃいいけど。


「まことですか!? いかん、人間を攫ったとなると、交配期を待たずにすぐ慰みものと……! すぐ追ってくだされ! 広場の奥の山道から行けますぞ! 一本道なので迷うことはないはずですからのう!」

「わかった、ついでにそいつらを全滅させてやるからな!」

「お頼み申す!」


「フラン、ヤヨイ! 聞いての通りだ! 説明は走りながらする! まずは馬車へ向かうぞ!」

「「はい!」」


 俺たちは破られた壁から、そのまま外へ出た。

 寒風吹きすさぶ中を、馬車へと走る。

 夜明けも近いのか、だいぶ足元も見えるようになってきていた。


 俺は速度を落とさぬまま、二人にシュガフの詳細を語って聞かせた。

 二人とも青ざめた顔をしているようだ。


「そのシュガフって怪物もバカですよね。メスがいないならホモになっちゃえばいいのに。むしろそっちのほうが余程建設的な生き方になりますよ」


 前言撤回。

 ヤヨイはアホな妄想で盛り上がっていた。

 しかも建設的どころか、破滅的な見解だ。


 馬車はそのまま広場に残されていた。

 あれ?

 馬車の周りにも注連縄のようなものが張ってあるぞ!?

 勝手に何でも御神体にすんな!

 馬が迷惑そうな顔になっちゃってるだろ!


 邪魔くさい縄を引き千切り、武装を整える俺たち。

 荷物を背負いながら、広場の奥にあると言う山道を見据える。

 その道は、かなりの急斜面に見えた。


 行けるところまでは馬車で進もう。

 後は降りて走るしかあるまい。


「二人とも攫われないように、くれぐれも気を付けてくれよ。奴らはお前たちみたいな可愛い子を狙ってくるらしいからな」


 全くの大嘘である。

 これは二人の気力を鼓舞するための方便だ。


「やん、アキトったら、可愛いだなんて! そんな本当のことを……」

「少し照れますけど、嬉しいです! 私、頑張りますからね!」


 ほら見ろ。

 効くんだよ。


「準備が出来たら馬車に乗ってくれ。ついでに山道を走る覚悟もしておいてくれよ」

「はーい」

「はいっ」


 二人が搭乗したのを確認し、俺は二頭の馬の首を撫でた。

 こんな時間にすまんな。

 お前たちも頑張ってくれ。


「行くぞ!」


 俺は声を上げて馬に鞭を入れた。

 滑らかに馬車は走り出す。


 急げ急げ!

 まだ間に合うはずだ!


 こうして、俺たちはシャニィとティナを救うべく、村を発ったのであった。


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