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第百七話 酒は魔物と申します


 険しい山を越え、酒樽族の村へと到着した俺たち。


 だが、盗人騒ぎもどこへやら。

 族長バンビに、村の女たちを怪物から取り戻してくれと泣きつかれたのだ。


「何卒! 何卒! 勇者様!」

「どうか! どうか! 勇者様!」


「取り敢えずうるさいんで、このバカ騒ぎを止めてくれませんかね?」

「はっ! はいぃぃ! お前たち! 黙れ! 黙らんかぁっ! さっさと散れぇぃ!!」


 窓へ突進して怒鳴るバンビ老。

 波が引くようにコールは収まっていく。


 ほう、それなりに統率はとれているんだな。

 やるじゃん、族長。

 だけど、盗人すら止められないんじゃ、思ったほど求心力は無いのかも。


「引き受けるかどうかは保留として、もうちょっと詳しい話を聞かせてくれませんか?」

「そ、そうでしたな。先走ってしまい申し訳ありませぬ」


 盗人たちも先走ったって話だし、こりゃもうお国柄というか種族柄と思って諦めるしかなさそうだな。

 話を聞いてもらえるとわかったからか、今度は丁寧にお茶を淹れ始めるバンビ族長。

 あまり嗅いだことのない香りが広がる。


「わぁー、良い香りー! こんなの初めてかも」

「本当ですね。でもこれは茶葉と言うよりもハーブティーっぽいです」


 鼻をクンクンさせているフランとヤヨイ。


「おお、お嬢さん方は素敵な感性をしておられるのう。これはこのあたりの高地でしか採れない香草で作ったお茶ですぞ」


 さっきまでの動転ぶりはどこへ行ったのか。

 いきなりご機嫌になった族長は、白髭をモコモコさせながら笑っている。

 根は気の良い爺さんなんだろう。


「少し酸味はあるが、慣れれば病みつきになりますぞ。ささ、召し上がれ」

「いただきます」


 む、確かに酸味はあるな。

 だが、鼻腔をくすぐる香気が、なんだか心地良い。

 ジャスミンティーとも、ちょっと違うか。

 よくわからんが、これはこれで美味い。


「美味しいー!」

「ですね。ほんのりとした苦みがまた良いアクセントで」


 グルメリポーターみたいになってんぞヤヨイ。


「「…………」」


 対して、幼女組二人は無言。

 しかめっ面なのは、苦みに負けたからだろう。

 まだまだ子供だな。


「ふぉっふぉっふぉ、お子さんたちには苦かったですかのう。ならば、この隠し味をいれましょう」


 小瓶から琥珀色の液体を二人のカップに注ぐバンビ爺さん。

 銀のスプーンで軽くかき混ぜてから、シャニィとティナへ差し出した。

 恐る恐る口をつける二人。


「「!!」」


 驚きに目を見開いている。


「…美味しい…」

「甘くてとっても美味しいですなの!」


 おお?

 何を入れたんだろう。

 フランとヤヨイも興味津々で幼女組を見守っている。


「これは楓の樹液です。皆さんもお試しくだされ」


 カエデってなんだっけ。

 ああ、思い出した。

 要はメープルシロップか。

 なるほど、そりゃ美味そうだわ。


「んんー! 最高!」

「甘さと優しい香りが堪りませんね!」


 ご満悦のフランとヤヨイ。

 うむ、確かに美味い。


「勇者様とワシのには更なる隠し味を……」


 そう言いながら、バンビ爺さんが何やら液体を入れた。

 立ち昇るこの匂いは……


「ささ、身体も温まりますぞ」

「はぁ」


 勧められるがままに一口。

 こ、これは!


「美味い! くっはー! こりゃ最高だ!」

「でしょう? 気に入ってもらえてなによりですのう」


「なになに!? 私にも飲ませてよ!」

「あ、私も飲みたいです!」

「…わたしもー…」

「わたしも飲みたいですなのー」


 途端に食いついてくる女性陣。

 テーブルに手をついてぴょんぴょんしている幼女組。


「だめだめ! お前らにはまだ早い! ぷっはー! こいつは効くぜぇ!」


 突き出してきたフランの顔を押し返しながらグビリと飲む。

 うひょー、五臓六腑に染み渡らぁ!


「あれっ? この匂いはもしかしてお酒ですか?」


 ちぃっ、鼻の利くヤヨイにはもうバレたか。


「そう、蒸留酒です。これがないと酒樽族は冬を越せませぬ。まぁ、年中飲んでおりますがのう」


 ふぉっふぉっふぉと、丸い腹を揺らせて豪快に笑う族長。

 酒樽族とは良く言ったもんだ。


「飲みたい飲みたい! アキトのケチー!」

「うっせぇなぁー、ほらよ」

「……うわぁ、美味しいー!……ごっくごっく」


 あっ、フランめ、半分以上飲みやがった!

 ヤヨイもフランからひったくってカップをあおる。


「これは、おいひぃれすねぇー」

「えぇ!? もう酔ったの!?」


 一瞬で酩酊状態に陥ったヤヨイ。

 真っ赤な顔を左右に揺らしている。


「…わたしも飲むー…」

「わたしもー」

「もう無いぞ。ヤヨイが一気に飲みやがった」

「「がーん」」


「お子ちゃまは甘いので我慢しなさい」

「…もう子供じゃないもん…」

「わたしも大人ですなのよ」

「嘘こけ!」


 なんだか意味深なセリフにも聞こえる。

 どこら辺が子供じゃなくなったのか、後で確認してやろう。

 うへへへ。


「さて、勇者様。そろそろ本題をお話し致したいのですが」

「あ、そうでしたね」

「ねぇ~、アキト~、むちゅ~」

「アキトさぁ~ん、んちゅぅ~~」


 話を聞こうと居住まいを正した途端に、絡みついてくるフランとヤヨイ。

 えっ、なにこの酔っ払いたち。

 うわっ、酒臭っ!


「おや、お嬢さん方には少々強すぎましたかな。何しろきつい酒ですからのう」

「蒸留酒は純度が高くなりますからね……っておい、フラン、ヤヨイ、ちょっとは人目を気にしろ!」


 二人は憚ることなくキスの雨を降らせてくる。

 しまいには、俺の顔をベロベロ舐めまくってきた。

 犬か!


 マジでタチの悪い酔っ払いだな!

 男だったら問答無用で張り倒してるところだぞ。


「そう、あれは三か月ほど前になりますかのう。ずっと休眠していたはずの……」


 ちょっと待てやジジイ!

 この状況で何事も無かったように語り出すなよ!


「…アキト、わたしもまざるー…」

「わたしもなでなでしてほしいなのー」

「お前らまでまざるなっ!」


 出ました。

 収拾不可能タイム!

 こうなってしまっては、もはや時が解決するのを待つのみとなる。



「くかー、くかー」

「すぴー、すぴー」


 暴れるだけ暴れて、今は豪快な寝息を立てているフランとヤヨイ。

 顔中をキスマークだらけにした俺は、深々と溜息をつきながら、ぐったりと椅子に腰かけていた。

 傍から見れば、真っ白に燃え尽きたボクサーのようだろう。


「……という訳で、勇者様には村の女たちを救出していただきたいのです」


 えっ!

 ずっと喋ってたの!?

 しかも、勝手に完結しちゃってるし!


「正直に言って、我々にはたいした御礼も……」

「族長」

「ですが、それでもお願いするしか……」

「バンビ族長!」

「は、はいはい! なんですかのう」

「申し訳ない。もう一度最初から話してください」

「おお、望むところですとも」


 嬉々として語りだすバンビ老。

 望むなよ……


 それはいいんだが、年寄りは話が冗長な上に脚色が多い。

 我慢して聞いた話を要約しておこう。


 事の始まりは数か月前。

 突然、休眠期にあったはずの『巨山の魔竜』が目覚めの咆哮を放った。

 その咆哮は、広大な北地方全土に響き渡る程であったと言う。

 だが、魔竜が活動期に入ったと言っても、人々の生活になんら支障はない。

 知性の高い魔竜が、人を食らうことなどは無いからであった。


 しかし、問題は別のところに有る。

 魔竜の覚醒に呼応するかのごとく、北の強力な怪物たちも一斉に活動期へ入ったと言うのだ。

 この村の女性たちを攫ったのは、その一派である。


 怪物の名はシュガフ。

 酒樽族の古い言葉で、酒樽族に似たる者、と言う意味だ。

 その名の通り、姿形は酒樽族と酷似しており、雪と同化出来るように灰色っぽい色をしているそうだ。

 小賢しいことに、武器も使うと言う。


 バンビ老の話によると、なんでもこのシュガフとやらは、死んだ酒樽族の無念や怨念が、災厄の影響で具現化したものかもしれないらしい。

 奴らが恐ろしいのはここからだ。


 なんと、女性を攫うのは交配するためだと言うのである。

 シュガフにはオスしかおらず、子孫を残すために酒樽族の女性と交わるのだそうだ。

 人間や、他の種族とは交配できない。

 酒樽族の女性限定なことからも、シュガフは酒樽族たちの成れの果てなのではないかと推察される一因だった。

 ただ、滅多にないことではあるものの、快楽を貪るためだけに人間を攫うこともあるらしい。

 実にはた迷惑な怪物である。


「女たちが攫われたのはもう、ひと月ほど前になりますのう」

「それって、手遅れなんじゃ……?」

「いやいや、奴らの交配は春だけなのです。とは言え、ひどい目にあっておるやもしれず、気が気ではありませぬ」

「はぁ、そうですか」


 どうしたもんかねぇ。

 俺たちが男だけのパーティーだったら引き受けてもいいんだが。

 これじゃ、みすみす女性陣を危険に晒すだけになりそうだもんなぁ。


「わたし、ねむくなってきちゃいましたなの……」

「…くー、くー…」


 頑張って聞いていたティナもダウン寸前。

 シャニィに至っては、そのティナに寄り掛かって既に夢の中だ。

 うげ、気が付けば外は真っ暗じゃねぇか。

 どんだけ喋ってんだこのジジイは。


「仲間と相談してから返答します。ところで、この村に宿屋はありますか?」

「いやいやいやいやいや、勇者様を宿屋などと! 是非、この拙宅へお泊り下され!」

「はぁ、じゃあ、ご迷惑でないなら……」


 正直俺も疲れ果てている。

 シラユキと戦闘した後、そのままここに来ちゃったしな。


「迷惑などとはとんでもない! 勇者様を泊めたとなれば、それだけで誉と言うものです! すぐに寝所を用意……」


 なんだかゴチャゴチャとバンビ爺さんが言ってるようだが、俺は無視を決め込んで瞼を閉じるのであった。


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