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第百四話 悲願を果たすは我にあり


 おっ、あったあった、これだ。


 荷袋を引っ掻き回して、底の方から無線機を引っ張り出した。

 黒光りするプラスチックの光沢。

 ゴツく、無骨なデザイン。


 うーむ、俺の世界の物品だと言うのに、なんとも凄まじい違和感よ。

 この世界には全くそぐわない。

 やっぱ、余計な物はなるべく持ち込まない方がいいんだろうなぁ。

 これからその恩恵にあずかるわけだが、一応戒めとして胸に仕舞っておこう。


「さーて、電源スイッチは、と…………どこだ?」


 はい。

 こんなもん、触ったこともございません。

 見た目とアンテナで無線機とはわかるが、操作方法まではさっぱりだ。

 あちこちひねくり回してみる。


「あの、良かったら教えますなのよ」


 ちっちゃな手を少しだけ挙手したティナが、おずおずと申し出た。

 そうか、ティナはマキスマムと共に過ごしていたんだもんな。

 これの操作くらいはお手の物だろう。

 俺のヘタレぶりを、見るに見かねたのかもしれないが。


「うん、頼むよティナ」

「はいなの」


 ティナの手では持て余しそうなほどにデカい無線機を渡す。

 なんだかコントの小道具みたいだな。


 ティナは慣れた手つきで、ポチポチクルクルと操作している。

 ほどなくして、無線機からザーザーと砂嵐のような音が漏れだした。


「おぉー、動いた。流石だなティナ」

「てへへ」


 小さく照れ笑いしたティナが、周波数の調整を始める。

 うお、忘れてた。

 マキシマムから、出がけにメモを貰ったんだった。

 確かそこに周波数やら書かれていた気がするんだが、どこに行ったんだっけ。

 慌てて荷袋を再度漁る。


「なになに? その袋にあったお菓子なら食べちゃったよ?」

「違う違う、メモを探してるだけだ。ってお前! 食ったのか! 楽しみに取っておいたのに!?」

「いだぁ! いだいいだい! うわーーーん!」


 食い意地の張ったフランのこめかみを、拳でグリングリンしてやる。

 なんて奴だ。

 あの菓子は、最後のひとつだったんだぞ。


「…代わりにわたしをペロペロしてもいいのよ…」


 横たわったシャニィは、本人だけが艶めかしいと思っているポーズで俺を見ていた。

 確かに下着も見えているし、それなりにそそられるんだけど、どうしても可愛らしさの方が先に立ってしまう。

 とても妖艶とは言い難い。


「そーか、そーか。シャニィにはこいつをあげよう」

「…え、ちょっと、ちょ、や、ひゃ、ひゃはははは、くす、くすぐったいから、きゃーはははは」


 全力で繰り出す、くすぐり攻撃。

 どさくさに紛れて色々触りつつ、くすぐり続ける。

 しかし、こんなに笑うシャニィも珍しいな。

 へっへっへ、腋の下が弱点らしいぞ。


「…ぜぃぜぃ、アキト、ひどい……わ、わたし、犯されちゃった…」

「人聞き悪いからね!?」


 笑い疲れしたシャニィが、肩で息をしていた。

 面白いから今後も時々くすぐってやろう。


「ちょっとぉン、随分と楽しそうじゃないのン」

「!?」


 少しくぐもったマキシマムの声が聞こえて来た。

 どうやら上手く繋がったらしい。

 俺は無線機をティナから受け取りつつ、彼女の小さな頭を撫でた。

 満足そうに微笑むティナ。

 やべぇ、チューしてやりたい。


「アキト様、聞いてるのぉ?」

「ああ、聞いてるよ。それと、様はやめろって言っただろ」

「別にいいじゃないのぉン。それよりも、何か事件なのぉン?」


 く、ねちっこい口調で耳が腐りそうだ。


「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なんでもどうぞン。あ、いけなぁい、スリーサイズだけはぁ、ひ・み・つ・よぉン」

「死んでも聞くかっっっ!!!」


 吐き気がするほどキモい!

 元ガチムチおっさんのボディに、どこの誰が興味を持つと言うのか。

 いかん、話がまるで進まない。

 さっさと用件だけ済ませて通話を切ろう。


「今、俺たちはウノスの街にいるんだ。それで、盗人は酒樽族らしいんだよ。そいつらは、どうも自分たちの村に向かったようなんだが、場所がわからなくて困っているところでな」

「あはぁン、な・る・ほ・どねぇン」


 要点だけ言えばいいのに、いちいち気持ち悪い含みを持たせるなよ。


「ちょっとわかりにくい場所にあるからねぇン。ティナならすぐに理解できるから、あの子に説明するわぁン」

「わかった」


 俺はティナに無線機を渡し、まだメソメソしているフランの後ろへ、そそくさと隠れた。

 あの不愉快な声が、なるべく聞こえないようにだ。

 ま、フランを慰める目的もあるんだけど。

 体育座りで、膝に顔を埋めているフランの背中を抱きしめた。


「痛かったか? よしよし」

「もう平気……えへへ、アキト優しいー」


 フランはくるりとこちらを向き、そのまま抱き着いてきた。

 おっと、今日も立派なチョロさだな。


「そう来ましたか。ならば、アキトさんの右腕は私がもらいます!」

「…じゃあ、わたしは背中をいただく…」


 ヤヨイが俺の右腕の中へ納まり、シャニィが背中に飛びついてきた。

 ふっ、このくらいじゃ俺はビクともせんぞ。


「あの、マキシマムとのお話、終わりましたなの」


 遠慮がちなティナの声。

 俺は空いている左手で、ティナを手招きした。

 素直に従い、俺の左腕に包まれるティナ。


 これぞ俺の時代!

 そう、この世の春が来たのだ!


 外は氷点下ですけどね。



 明けて翌朝。

 朝食と支払いを済ませ、宿を後にする。


 うひー、今日も寒いぞー。

 早朝なこともあり、吐く息は真っ白だ。


「ホワイトブレスー、はぁ~~」


 技名を言いながら、フランは俺に白い息を吐きかけてくる。

 無邪気ですね、フランさん。

 寒いなら馬車に入っていればいいものを、わざわざ御者台まで来てこんなことをしているんだぞ?

 しかも、しつこく何度もだ。


「ほらほら、すごいでしょ? ねぇ、見てよー……はぷっ!?」


 あまりにもうるさいから、唇で塞いでやった。


「んー! んっ、んん……」


 途端にクニャリと大人しくなる。

 はっはっは、他愛も無い。


「ほー、朝から随分と良いことをしていますねぇー」

「ギクゥ!」


 すぐ近くからヤヨイの声がする。

 馬鹿な!

 この俺に気配を悟らせないだと!?

 いつの間にそんな奥義を身に着けたんだ……


 フランは陶酔した顔のまま、ヤヨイとシャニィの手によって馬車内へと連れ去られた。

 代わりにティナが俺の隣へ座る。


「道案内するなのよ」

「おお、助かるよティナ」

「えへ」


 昨日、マキシマムから詳しい村の位置を聞いたと言う。

 説明されても俺にはちんぷんかんぷんだったが、何となく山肌にあると言うことはわかった。

 察したティナは、自らナビゲーション役を買って出てくれたわけだ。


「なんだか、ティナに頼ってばかりだな」

「?」

「無線機のこととか、この道案内もそうだしさ」

「ううん、とっても嬉しいなの。マキシマムはああ見えて、何でも自分でやっちゃう人だったから」

「そうか」

「何のためにわたしはいるのかなーって、ずっと考えてたなの。そんなわたしの狭い世界を壊してくれたのがアキトさんなの」


 ティナの目はまっすぐ前を向いている。


「この人なら、わたしを見たことのない世界へ連れて行ってくれんじゃないかなって思って、あ、そこは右へ進んでくださいなの」

「あいよ」


 そうか、ティナが見ているのは前じゃなく、未来か。


 馬車はティナの指示通り、山の中を進む。

 葉を落とした木々の合間を縫うように。


「そう思ったら、急にアキトさんのことが……す……す……」

「す?」

「…………好きになっちゃって……め、迷惑だとはわかってますなの」

「俺が迷惑って言ったっけ?」

「いいえ、なの、でもっ」


 寒さと羞恥で真っ赤になったティナの頬を、手で挟む。

 冷たいが、もちもちとしていた。


「俺の方こそ聞くが、小姑がいっぱいいるけどそれでもいいのか?」

「は、はいなの!」

「じゃ、改めてよろしくな」

「はい! んっ」


 挨拶代わりに軽ーくキス。

 我、ついに念願叶ったり!!


 その瞬間、ドバーンとドアから現れる三人娘。


「うわーん! 手遅れだったー!」

「フランさんのせいですよ!」

「…ぐぬぬ、わたしとしたことが…」


 危ねぇ!

 フランたちに見つかる寸前だったか!


 途端に始まる大騒ぎ。

 ぎゃーぎゃーと揉めながらも、馬車は山道を進んで行くのであった。


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